移住願望(7)
陽一の指示で、凛が二人を応接間へ案内する。
古いが、しっかりした造りの家で、二人は、緊張した。
こういう家は、どこの工務店に頼むんだろう?チラリと頭をかすめた。
「はじめまして。凛の父の小野寺です。マキちゃんや翔くんには、お世話になってます」
ロマンスグレーの小野寺博士が挨拶した。
笹岡の母も片山の母も、唾を呑み込んだ。
第一関門突破だ。やっと、この人に会えたのだ。これからが本番だ。
「笹岡です。真紀子がいつもお世話になっています」
「片山です。翔がお世話になっています」
「早苗さんは、お元気ですか?」
どうして、この人が早苗のことを知っているんだろう?片山の母は、不思議に思ったが、とりあえず、「おかげさまで」とだけ、答えるに留めた。
若い女性がお茶を運んで来た。茶菓子は、栗の渋皮煮だ。
今時、こんなものがあるなんて。二人の夫人は、目を見張った。
「どうぞ、お召し上がり下さい。水野のおばさまに教えていただいて作ってみたのですが、お口に合いますかどうか……」上品に微笑む。
「愛美さん、私にも一つ頼む」
小野寺博士が微笑む。
「愛美さんは、陽一くんの奥さんなんだ」
愛美が嬉しそうに頬を染めた。
「こちらへ合流して正解でしたわ。彼とは、以前、ここで何度か会ってましたの。でも、あんな大変な局面で会うなんて、運命を感じましたわ」
「あんな大変な局面って?」
「内緒なんですが、お二人には良いでしょう。ここが、不良グループを中心とする50人ほどに襲われたんです」
笹岡の母も片山の母も息ができないほど驚いた。
そりゃあ、食料は欲しい。でも、他人を襲ってまでそれを奪うか?
「で、ウチに情報収集のプロがいまして、調べたら、拳銃3丁、改造銃13丁、車が、乗用車、ワゴン車、軽トラックといろいろ取り混ぜて10台で、攻めて来るって計画でした」
「どうなさったのですか?警察へ連絡しましたの?」
「いや、ここが公になるのは困る。内密に撃退しました」
「撃退って、ここって何人いまして?確か20人って聞いるんですけど……」
「ええ、あの時は、まだ、愛美さん達が合流する前でしたから、17人です。でも、女の人は、無理だから、戦えたのは、13人ですね。マキちゃんや翔くんも頑張ってくれて……何しろ、あの場にいれば、関係者じゃないって言っても殺されかねない状況だったんです。
お子さん達を危ない目に遭わせてしまって、申し訳ないことをしました」
「「聞いてません!」」
二人の母親は、声を揃えて叫んだ。
「あの二人らしい」小野寺博士がしみじみ言った。「いいお子さん達ですね。ここの食料が不足しているのに気が付いたんでしょう。ここを出て、あなた方と合流すると言って、自分から出て行きました。
凛が泣いてました」
「それなんです」笹岡の母が身を乗り出した。「ここは、こんなに広いんです。土地の一部を分けていただけませんでしょうか?うちの子もここに住むことになれば喜ぶでしょうし、凛さんにもよろしいんじゃないでしょうか」
「ウチも同じです。ウチは、小中学生はいませんから、翔だけなんです。だから、毎朝、凛さんと一緒に登校できますわ。その方が楽しいでしょうし、第一、凛さんが襲われる心配もなくなりますわ」
小野寺博士は息を吐いた。愛美に目で合図をする。愛美が黙って、退席した。
「はてさて、難しい問題です」小野寺博士が口を開いた。「少し、お待ちいただけますか?」
しばらくして、小林先生が入って来た。
「舜の父の小林です」
短い挨拶に有無を言わせない力強さがあった。
「あなた方は、ここに住みたいと、おっしゃっているそうですな。でも、当方は、あなた方の食料まで面倒みられないんです。
その場合、町まで買い出しに行かなければならないのですが、生憎、こちらには、電気自動車が1台しかないのです。
簡単に言うと、あなた方の足がないのです。どうやって、食べて行かれるおつもりですか?」
「ウチの車を使いますわ。軽四でしたら、十分、通れる道でした」
片山の母がおっとりと言う。
「いやあ、早苗さんのお母さまだ。おっしゃることが同じだ」
小林先生が笑った。
「早苗が何か言いまして?」
「この夏、いらしたんです。
もっとも、ご本人は、覚えておいでじゃない。特殊な薬を使って、忘れていただきましたから。
でも、いらしたんだ。で、言った台詞が奮ってて、どうして、ここでは、ガソリン車を使っちゃいけないの?なんです」
「いけないんですか?」
片山の母が絶句する。笹岡の母も、陸に上がった魚状態だ。
「そうです。この集落では、ガソリン車のように二酸化炭素を排出させるものを使ってはいけないことになっているのです。
ですから、車は、先ほど乗っていただいた電気自動車だけです。
今、陽一くんが、電動バイクを作って、それに乗ってますが、後は、自転車ですな」
小林先生が面白そうに言った。
「あれって、電気自動車でしたの?」
笹岡の母が確認した。どう見ても、普通の車だった。どこが違っていたのだろう?
小林先生も小野寺博士も何も言わずに頷いた。
「あと、原子力もいけない」
小野寺博士が付け加えた。
「そうなんです。化石燃料と原子力を使わないというのが、大小野寺博士――この博士のお父上です――の提唱した地球温暖化から人類を救う方策なのです。世の中の電力会社の電気は、もっぱらそれ等ですから、それも使えないんです。とても不便なところです」
「じゃあ、電気は、どうやって……」
片山の母が喘いだ。
案内された応接間には、蛍光灯がともっているのだ。
「再生可能エネルギーで作った電気です。
いろいろやってるんですが、風力発電が一番多いんです。
今晩お泊まりになられて、明日の朝、ご覧になられるとよろしいでしょう。マキちゃんや翔くんが協力してくれたのですが、杉の木に風車ガーランドという装置をつけて、この集落の周りの杉林で大量に作っています」
「それで、水も海水から作ってらっしゃるとか……」
「マキちゃんに聞きましたか?あなたが、よっぽど、ここに興味を持たれたんでしょうね。他人に言わないって約束でしたし、あの子が積極的に約束を破るとは思えないんですが」
小林先生の話を小野寺博士が笑いながら引き取った。
「ええ、そのとおり。父の発明です。かなり高価な機械ですが、あの装置のおかげで、私達は、この夏、潤沢な水に恵まれました」
「いや、風車ガーランドを発明した凛ちゃんのおかげだ。
凛ちゃんは天才なんです。それまで、電力が足りなくて、その機械を一日3時間しか稼働できなかったんです。それを、あの子が膨大な電力を作ることに成功したので、一日中、稼働させることができるようになったんです」
「それで、潤沢な水に恵まれたのですね。同じことを自分達もしたいと翔が申しておりました」
「ええ、あの子達が帰る時、もし、あの機械を作って同じことをやりたいなら、全面的に協力すると伝えてありますから」
「でも、戦いにまで巻き込んで、帰ると言ったら、簡単に、帰したんですね」
笹岡の母が恨めしそうに言った。
「心苦しいことでした。だから、万一、困ったことがあったら、あの二人は、受け入れる約束をしました。
でも、申し訳ないのですが、ご家族の食料がないのです。いらしても、ご自分で食料を調達するには、町から遠すぎるんです」
小林先生がすまなそうに言う。
「こんなに優秀な方が揃ってらっしゃるのですから、誰かが研究してくださればよろしいのに」
片山の母が溜息をついた。
「凛が頑張っています。ただ、今でも手一杯なんです。マキちゃん達が帰ってから、あの子は、夢中になってその研究に励んでます」




