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第8話 フルコースを食べた日

 惨めだ。


 ヘイカーは家に帰ると、注文票を見ながらチーズを作り始めた。

 リゼットがまだロレンツォに未練があるのは、今日の行動から見ても確定的だ。なぜあんな男がいいのか本当に理解しかねるが、リゼットから見ればいい男なのだろう。

 溜息が出る。否、溜息しか出てこない。

 夕方までチーズを作ると、今度は明日の配達の分の準備をする。そして今晩取りに来る客のために、受け取り口のところへと腰を掛けた。

 基本的に北水チーズ店は配達だが、仕事などで留守の家には、夜に取りに来てもらっている。


「今日は誰が取りに来んのかな……っと」


 確認したチーズの中に、ロレンツォ・カルミナーティの文字を見つけた。

 今日、ロレンツォは来るだろうか。クルーゼ家でご飯を食べた後、そのままお泊まりとかいうことになってしまうのではなかろうか。

 ヘイカーはイライラとしながらロレンツォを待った。

 彼がやって来たのは、夜の九時を回ってからである。

 受け取り口の窓がコンコンと鳴り、ヘイカーはその窓を開ける。そこにはロレンツォが立っていた。相変わらず女にモテそうな、胸糞の悪い顔立ちをしている。


「よう、ヘイカー。頼んでた物を頼む」

「……ああ」


 それでも客は客だ。ヘイカーはロレンツォと書いた紙の袋を手に取り、彼に渡した。そして一番気になる人のことを、聞いてみる。


「ロレンツォが帰って来たってことは、リゼットも……?」

「ああ、さっき一緒に帰ってきた。少し用事をしてから帰ると言っていたから、まだ帰ってないかもしれんが」

「ふぅん」


 さっき帰ってきたということは、ロレンツォはクルーゼ家には寄らなかったのだろう。リゼットも冷めてしまった料理を食べさせたくなくて、彼を家に誘えなかったに違いない。

 ロレンツォが北水チーズ店から去っていくと、ヘイカーは立ち上がった。


「父ちゃん、オレちょっと出掛けてくる!」

「構わんが、どこに行くんだ?」

「リゼットんとこ!」


 結局あの料理は誰にも食べられていない。リゼットが作った、渾身の作の料理。それをリゼット一人で食べさせるわけにはいかない。


「リゼット!! 開けてくれ、リゼット!!」


 クルーゼ家に着くと、ヘイカーはドアノッカーをガンガン打ち鳴らしながら叫んだ。


「どうしたの、ヘイカー」


 その聞きなれた美しい声は、家の中からではなく、ヘイカーの後ろから聞こえる。振り向くとそこには、リゼットが驚いた顔をして立っていた。しかしその頬には、涙の跡が見受けられる。


「リゼット……」

「今日は悪かったわね、ヘイカー」

「……いや。何か……あったのか? その、ロレンツォと……」


 ヘイカーの問いをリゼットは無視し、扉の鍵を取り出している。


「リゼット」

「申し訳ないけど、帰ってくれない? 少し疲れちゃって」

「……わかったよ」


 スッとすれ違い、家へと入って行こうとするリゼット。その横顔があまりに悲し過ぎて、ヘイカーは思わずその手を握った。


「ヘイカー?」

「……なにがあったのか、話してくれよ……」

「私は、別に……」

「ウソつくんじゃねーよ! わかんだからな、なんかあったってことくらい!!」

「ヘイカー……」

「言ってくれよ! と、友達だろ!!」


 言ってしまってから大いに照れ、そして焦った。ヘイカーはリゼットを友人として見たことは一度もない。加えてリゼットの方もそんな風に見てはいないだろう。近所の子の友達、くらいの認識しかないかもしれない。なのに友達を強調してしまった自分が恥ずかしかった。


「友達……私と、ヘイカーが?」

「な、なんだよ。嫌ならそう言ってくれ」


 リゼットは驚きの顔から一転、目を細めて頷いた。


「嬉しいわ、ヘイカー」


 その微笑にヘイカーは見惚れた。人は治癒師であるリゼットのことを癒しの聖女と呼ぶが、彼女は女神だ。女神のように美しく、気高く、そしてどこか儚く。そんな風に微笑む。


「入って」


 リゼットに促され、ヘイカーは中へと上がった。口をついて出ただけの友達作戦は、うまくいったようだ。こうして中に入れてもらえたのだから。

 歩を進めると、いつもの場所にたどりつく。目の前にはヘイカーが出て行った時のままの、ファレンテイン料理のフルコース。


「食べなかったの?」

「だって、ロレンツォと食べたかったんだろ……オレが食い散らかすの悪ぃしな」

「もうロレンツォには食べさせない。食べさせ……られないの。これは今から私が食べて処分するわ」

「オレも食っていいか?」


 ヘイカーが問うと、リゼットは寂しそうにこくんと頷く。


「温めなおすわね」

「オレがやるよ、リゼットは座ってて。疲れてるだろ?」

「……ありがとう」


 リゼットがすると、折角の料理を焦げ付かせる恐れがある。ヘイカーは手早くすべての料理を温め直した。そして二人はそれを静かに食べ進める。


「……うまいよ、リゼット。こんだけできりゃー、上等だ」

「本当?」

「うん」

「そう……彼に、食べてもらいたかったな……」


 その悲しげな瞳を見ては、こう言わずにはいられなかった。


「呼んできてやろうか?」


 今日、カールに言われた言葉が頭を過る。リゼットの恋路を開かせてどうする、と。しかしリゼットはその言葉に首を細かく左右に振った。


「いえ、いいのよ。私が彼に未練を残しているのが悪い……勝手に希望を持っていた、私が悪いんだから。私から振ってしまったというのに……ロレンツォのことをとやかく言える立場じゃないというのに……」


 リゼットは、まるで自分に言い聞かせるように呟いている。

 ロレンツォとリゼットの間に何があったのか、ヘイカーは知らない。だが今なら聞き出せる気がした。友達という立場を利用すれば。


「その……聞いていいか? どうしてロレンツォと別れたのか。今日は何があったのか……」

「楽しい話じゃないわよ」

「わかってるよ。でも聞きたいんだ。と、友達、だからな」


 その言葉を使うと、リゼットは観念したように頷きを見せる。そして食事が終わった後に、ぽつぽつと今までのことを話してくれた。


 過去にリゼットは、ウェルスとディーナという女性の仲を引き裂いたというところから話は始まった。どうやらウェルスを騎士団に引き入れるのに必要な措置だったようだ。

 しかし恋仲の二人を引き裂いておいて、自分だけがロレンツォと幸せになることに罪悪感を感じたリゼットは、ロレンツォと別れることに決めた。その時、ロレンツォはこう言ったという。


「ウェルスとディーナが幸せになった時、互いに特定の人がいなければやり直してほしいと……そう言われた時は嬉しかったし、私もそうなることを望んでた」


 しかし、である。そのウェルスとディーナが結婚しても、ロレンツォはなにを言うでもなかったらしい。


「『特定の人』がロレンツォにいるんだと思ったわ。だから、私はなにも言えなかった。だけど、諦めきれなくてね。胃袋を掴めばロレンツォも……なんて、浅はかな考えだったわ」


 今ヘイカーが平らげた料理。それだけでなく、今まで一生懸命苦手な料理を作り続けてきたのは、すべてロレンツォのためだったと聞かされて、ヘイカーは項垂れた。

 しかしリゼットの話はまだ続く。

 今日、治癒魔法を必要としている人がいて、アルバンの街に行ったその帰り道。リゼットはロレンツォに、いい人はいるのかと聞いてみたそうだ。ロレンツォはいないと答え、さらにリゼットは聞いた。約束を覚えているかどうかを。


「ロレンツォは……忘れていた。私と交わした約束を。今ロレンツォに特定の人がいないにも関わらず、私との約束を思い出してももらえなかった。……私はロレンツォにとって、その程度の存在だったのよ」


 リゼットがポロリと涙を流す。リゼットの涙など、初めて見た。

 綺麗だな、と思うと同時に怒りに支配される。


(こんなにリゼットを傷付けやがって! 自分から言い出した約束、忘れんなよっ!!)


 ガタンッと席を立つと、無言で玄関に向かった。慌ててリゼットが追ってくる。


「ど、どうしたの、ヘイカー!?」

「……帰るんだよ、ごっそさん!!」

「どうして、いきなり……やっぱりこんな話、聞きたくなかった?」

「ちげーよ!!」


 リゼットの目からはまだ少し、涙が流れている。


「その涙、オレが止めてやる!」

「……え?」


 そう言うとヘイカーは、呆然とするリゼットを置いて、自宅へと走って戻ってきた。


「おい、どうした? ヘイカー」

「父ちゃん、顧客名簿!!」


 父親が手に取った顧客名簿を奪い取り、ロレンツォの住所を確認する。ロレンツォはいつも取りに来るため配達はしたことがなく知らなかったが、ロレンツォの家と北水チーズ店は目と鼻の先のようだ。確かイースト地区にも家を構えていたように思うが、家を二つ持っているのかもしれない。

 ともかくヘイカーは、ずっと昔に登録したままのアパートの住所に、文字通り殴り込んでいった。

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