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第5話 初めてお泊りした日

 最近、くじ運が悪い。

 いや、当たりを引いたから、いいと言い換えてもいいかもしれない。

 今日も当たってしまった。掃除当番の奴が休みで、誰が代わりに掃除をするかで決めたくじ引きで。

 最初に引いても最後に引いても、なぜか必ずと言っていいほどヘイカーが当たりを引いてしまう。だからと言って商品のあるくじに当たるかと言えば、こちらはさっぱりだ。

 ジャンケンも勝ちたくない時には勝ってしまい、負けたくない時には負けてしまう。

 これだけ嫌がらせのように運が悪いと、神様を呪いたくなる。


「代わるよ、ヘイカー。配達があるだろ?」


 ヘイカーの運の悪さをカバーしてくれる人間が声を掛けてくれた。友人のロイドだ。

 二回に一度は、こうしてロイドが代わりにやってくれる。大変申し訳ないが、ありがたい。


「悪ぃ、今度おごる!」

「フェリーチェの、スモークサーモンと二種のチーズパスタな」

「っぐ。わかったよ!」


 フェリーチェでも高額のメニューを要求され、ヘイカーは渋々承諾した。男におごるにはもったいないが、いつも世話になっている礼もあるし、仕方がない。


「くっそ、雨降りそうだな。急ぐか」


 どんよりと曇った空を見て、ヘイカーは配達を急いだ。チーズだけは濡らさないように厳重に袋に詰め、配達先を回る。しかし思った通り雨が降り始め、次第に激しさを増してきた。


「こんな横殴りの雨じゃ、傘意味ねーじゃねーか!!」


 一人愚痴をこぼしながら傘を閉じ、配達を続ける。風が強い。嵐になりそうだ。


「北水!! 北水チーズ店ーーっす!! 開けてくださーーい!!」


 風と雨の音のせいで、中々声が届かない。しばらく呼びかけると、ようやく扉が開いた。


「ヘイカー」

「リゼット、ちょい風凌がせてくれ!」


 ここが本日最後の配達先だ。玄関先に入れてもらい、ヘイカーはようやく一息つく。


「ふう、疲れた」

「びしょ濡れじゃない。うちは今日でなくても構わなかったのに」

「そう言うなよ。マスカルポーネはできたてがウマイんだから」


 そう言いながら先週注文を受けた、マスカルポーネチーズとポン・レヴェックチーズを渡して代金を受け取る。


「今日、クージェンドさんは?」

「嵐になりそうだったから、早めに帰らせたのよ」

「じゃ、飯は?」

「……私が作ったんだけど……」


 そう言いながら、リゼットは横を向く。きっと、仕上がりが最悪だったに違いない。

 ヘイカーは、アンナの家でリゼットの作った料理を食べたことがあるが、これが本当に酷い代物だった。

 彼女はヘイカーの作ったチーズの味の違いはわかってくれているし、味音痴というわけではない。しかし作ることに関しては、最低を通り越して最悪である。


「オレ、作ろっか?」


 リゼットの表情が、一瞬パッと明るくなった。しかしすぐに申し訳なさ気に眉を下げる。


「いえ、そこまでさせるわけには……」

「いいって。この時間だと、もうロイドの家は夕飯を終えてるだろうしな。上がってい?」


 カールの家に行けばなにかを食べさせてもらえるだろうが、この雨だ。隣の家と言えど、この雨の中を行きたくはないのだろう。風呂上がりであろう、その姿で。

 ヘイカーの提案に、リゼットは承諾してくれた。しかし先に通されたのは風呂場だった。


「少し体を温めた方がいいわ。服は父の遺品があるのだけど……それでもいい?」


 遺品。それを聞いてヘイカーは思わず嫌な顔をしてしまった。生きている人ならいいが、なんとなく亡くなった人の物を着るのは気がひける。

 それを見て、リゼットは少し困ったように右手で己の左の腕を握った。胸が強調されて、エロい。


「じゃあ、私の服でも構わない? あなたなら、私の服でも着られそうだし」


 思わずにやけそうになる口元をどうにか沈め、半にやけくらいで「うん」と頼む。

 ヘイカーが風呂に入っている間に着替えは用意された。そのリゼットの香りがする服に手を通すと、妙な気分になってくる。


「やっぱり、少しきついようね」

「や、これくらい大丈夫」


 ゆったりしたパジャマだったので、ウエストもそこまできつくない。確かに少しゆとりの無い部分はあったし着丈も短かったが、苦しくはなかった。

 ヘイカーはリゼットの家の食品庫を確認し、適当に夕飯を作っていく。

 マスカルポーネのパンプキンサラダ、スモークサーモンのマスカルポーネ和え、ポン・レヴェックのグラタン、デザートにはフルーツにマスカルポーネを乗せてシナモンを振りかけた。


「こんなもんかな」

「手際がいいわね。感心するわ」

「まあ、母ちゃんが家にいないしな」

「私もいないけれど、こんなにできないわよ」

「そりゃ、リゼットは貴族だもん」


 クージェンドという執事がいるのだから、作る必要などなかっただろう。彼が休みの時は隣に食べに行けばいいだけだし、作る機会など無きに等しかったに違いない。

 ヘイカーは皿に盛りつけた料理をテーブルの上に出していく。そのテーブルの上には、リゼットが作ったであろう奇妙奇天烈な料理がすでに乗っていた。


「あなたは食べていかないの?」


 ヘイカーが用意した料理が一人前なのを不思議に思ったのだろう。だがヘイカーは構わず席に着いた。


「食うよ。リゼットも座って」

「ちょっと……まさか、それを食べるつもり?」

「ああ、悪ぃ?」


 リゼットの席から避けた彼女の料理を、ヘイカーは自分の席の前に移動させる。


「止めなさい、お腹を壊すわよ!」

「別に腐ったもんは使ってねーだろ。大丈夫だよ」


 そう言いながら、ヘイカーはまず一皿目に手をつける。スクランブルエッグの中に野菜や果物まで入っていて、なにを作ろうとしたのか不明瞭な料理だ。味はしょっぱくて、香辛料がきつく、それでいてフルーツの甘さが気持ち悪い。一言でいうと、最高に不味い料理だった。それを一気に平らげ、水で押し流す。


「だ、大丈夫?」

「なにが?」

「その……おいしくないでしょう」

「んなことねーよ」


 さて、二皿目はどれに手をつけようか。手を出すのはちょっと勇気がいる。リゼットを見ると不安そうにこちらを見ているので、彼女にも料理を食べるよう促した。

 リゼットが美味しそうに自分の料理を食べているのを確認してから、ヘイカーは二品目に手を伸ばす。ジャガイモもニンジンも鶏肉も、すべてに火が通ってなくて、これは本当に腹を壊すかもしれないと青ざめながらもなんとか全部食べ切った。


「このグラタンは最高ね。何度でも食べたくなる味だわ」

「そんなのでよけりゃーいつでも作ってやるよ」


 リゼットの賛辞を受けながら、ヘイカーは三品目に手を伸ばした。これで最後だ。今度はなんの味もしない料理を、ヘイカーは平らげる。一品目と二品目よりは随分とマシな代物だった。

 リゼットの料理を食べ切ったヘイカーがリゼットをみると、彼女も食べ終わろうとしていた。最後のデザートに手をつけ、リゼットは幸せそうに舌鼓をうっている。


「ありがとう、ヘイカー。とても美味しかった」

「そりゃよかった」


 ヘイカーは席を立ちながら窓の外を見る。空はビカビカと光り始め、雷鳴が轟いていた。


「帰るつもり?」

「は? もちろん……」

「泊まって行きなさい。部屋ならばいくらでもあるわ」

「っへ!?」


 まさか、お泊まりを誘われるなんて思ってもいなかった。邪な考えが脳裏をよぎり、柔らかなパジャマではバレないようにするのに苦労する。


「えっと、その……いい、のか?」

「ええ、別に構わないわ。それとも寝巻きのまま帰るつもりなの?」


 確かに寝巻きのまま帰るわけにはいかないし、濡れた自分の服を身に纏うのも嫌だ。


「明日になれば、少しはおさまっているでしょう。そうすれば隣に行って、カールかロイドに服を借りて帰ればいいわ」


 リゼットの的確な提案に、コクコクと首を縦に振る。しかし頭の中はすでに今夜のことでいっぱいだ。


(やべ……マジで、今日、オレ、リゼットと? こ、心の準備が……ッ! もっと念入りに洗っとくんだった!!)


「こっちよ、ついてきて」


 リゼットに促され、ヘイカーは彼女の後を追う。

 ミハエル騎士団、隊長リゼット・クルーゼ。その重責を担う肩は、ヘイカーが抱き締めればすっぽりと隠れてしまうような、小さな女の肩である。

 その女が、今夜自分の物になる。とうとう童貞卒業かと思うと、勝手に顔がニヤけた。

 リゼットが部屋の一室を開けて、ヘイカーを通してくれる。ヘイカーはベッドの前まで歩みを進めると、意を決して振り返った。


「リ、リゼット!」

「じゃあね、おやすみ、ヘイカー」


 バタンとドアが閉められる。広い部屋に残るはヘイカーのみ。


「……ですよねー」


 ヘイカーはがっくりと肩を落とし、一人呟いていた。

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