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第2話 魔法を覚えた日

「ういーす、北水チーズ店ース」


 それから八年。ヘイカーは十三歳になった。センター地区にある中学に通いながら、父親のチーズ作りの手伝いや配達をしている。


「なんだ、ヘイカー。その腑抜けた挨拶は」


 ヘイカーはしまったと、顔を引きつらせる。この家だけは気合を入れないと、後が怖いというのに。


「ウイッス!! 北水チーズ店ッス!! 本日はご注文頂いたモッツァレラ・ディ・ブッファラのお届けにやって参りましたぁ!!」

「ご苦労だな。代金だ」

「ウイッス! 毎度ありがとうございまぁす!!」

「ヘイカー、時間があるなら上がって行きなさい。ロイドが上で勉強しているから、おやつを持って行ってあげるわ」

「お、マジ!? ラッキー!!」

「……ヘイカー」


 ジロリと睨まれ、ヘイカーは青ざめる。


「ご、ご好意に甘えさせてもらいマスッ! アンナ様ッ」

「さっさと上に行け」

「は、ハイィッ!」


 北水チーズ店のお得意様、アンナに促され、ヘイカーはロイドの部屋へと向かった。

 ロイドとは同じ中学に通う同級生だ。と言っても、彼は飛び級して入学したので、ヘイカーよりも三つも年下の、まだ十歳である。


「はー、なんか疲れたー」

「ヘイカー、ノックくらいしろよ」

「ったく、アンナ様もうるさけりゃ、お前もうるさいのな」

「お前が常識的なことを怠らなきゃ、俺も母さんも怒ったりはしないよ」


 まだ体の小さな少年に呆れられて、ヘイカーはへいへいと聞き流す。


「お前の母ちゃん苦手。いっつも男みたいな言葉で責めてくるしさー」

「ヘイカー相手だと、母さんは大体オンモードだからな」


 聞くところによると、アンナは元騎士だった名残から、怒った時や人を叱責する際には騎士時代の彼女が顔を出すらしい。その状態のアンナをこの家の者は『オンモード』と呼び、普段の彼女を『オフモード』と呼んでいるのだ。

 ちなみに、アンナがヘイカーに対してオフモードであることは、あまりない。

 きっかけは、ヘイカーが『雷の魔術師』になったことにある。


 三年前。ヘイカーが配達の仕事を初めて手伝った十歳の時のこと。


 ヘイカーは、この家にチーズの配達に来たのだが、ドアノッカーを鳴らしても誰も出てこなかったのだ。

 ヘイカーがドアノブに手を掛けると、扉はいとも簡単に開いた。そして中に声を掛けようとした時、ヘイカーはふと妙な気分に襲われた。

 なにかに導かれるような感覚。ヘイカーは気持ちの赴くまま、足を踏み入れた。

 声を掛けることなく進んだ先のテーブルの上には、一冊の本が置かれていた。ヘイカーはなんともなしにそれに手を伸ばす。

 しかし掴もうとした本は、触れる前に吸い込まれるように消えた。あれ? と思った時には、ヘイカーの脳には、雷の詠唱呪文が浮かび上がっていたのだ。




「ロイド、入ってもいい?」

「いいよ、母さん」


 アンナの声がして、ロイドは部屋の扉を開ける。ノックがなかったので、両手が塞がっていると判断したのだろう。案の定、アンナの両手はトレーで塞がっていた。

 美味しそうな焼き菓子がヘイカーの目の前に現れ、ヘイカーは思わず涎を垂らす。


「アンナ様ありがとうございます、いただきます!」

「ええ。あまり遅くならないうちを出るようにね」

「ういっす!」


『アンナ様』は気高い笑みを浮かべながら出ていく。

 ヘイカーが彼女に敬称をつけるのは、当時のことが原因である。不法侵入し、さらには雷の魔術書を盗んだことになっていたヘイカーは、彼女に教育的指導を受けた。

 それは思い出すのも恐ろしい、地獄の折檻である。

 途中で彼女の夫のカールが現れなければ、どうなっていたかわかったもんじゃない。本人は手加減したと言っていたが、ヘイカーは命の危険を感じた。その時からヘイカーは畏敬の念を込めて、様付けで呼んでいるのだ。

 ヘイカーは親指と人差し指の間にビリッと雷を流した。いつの間にか外れてはしないかと毎日確かめているが、使えない日はない。


「まだ外せないのか? 雷の魔法」


 ロイドの言葉にヘイカーは頷いた。

 あの日、雷の魔術書は、ヘイカー手を伸ばした瞬間、勝手に体内に入っていったのだ。

 魔術書は文字通り本であって、普通は誰かに支持して教わることで、才能があれば魔法を身に付けられる。『習得師』という異能持ちに無理やり覚えさせるという荒技もあるが、本来なら魔法を習得する毎に、一ページずつ溶けて体に入っていくものらしい。


「ああ、なんだろうな。まぁもう忘れるつもりもねーけどな」


 身に付けた魔法というのは、『忘れる』ことも実は可能である。習得師の異能持ちは、習得した本を取り出すことも可能で、魔法を忘れさせてもらうことができる。

 魔術というのは一人一系統が基本だ。ごく稀にすべての魔法を使える者もいるらしいが、普通は雷の魔法を覚えると、別の系統……例えば火や風や水の魔法は使えなくなる。

 別の系統の魔法を覚えたいなら、一度『忘れる』必要があるのだ。忘れたからといって、望む系統の魔法の才能が無ければ、覚えることはできないのだが。

 本を取り出して魔法を忘れることを『外す』と言うのだが、ヘイカーは折檻を食らった後、雷の魔法を外すためにアンナに連れられて習得師のところに行った。しかしなぜか、ヘイカーの雷の魔法は外せなかった。

「生得魔法だな」と当時のアンナは言った。


「生得魔法?」


 当時十歳のヘイカーが首を傾げると、アンナは少し渋い顔で教えてくれた。


「世の中にはごく稀に、生まれた時から魔法を使える者がいる。そういう者は、普通の習得師では外せんのだ。お前も後天的とはいえ、その類いなのだろう。どうだ、魔法を覚えてなにか違和感はないか?」


 アンナの問いにヘイカーはこくんと頷く。


「別に……むしろしっくりくるっていうか、今までなかった物がスポッと当て嵌まった感じだ」

「よほど雷の魔法と相性がいいようだな。痛みや苦しみを感じていないなら、それでいい。お前の体内に溶けたなら返せとは言えないしな、それはもうお前にやろう。だがひとつ、注意しておかなければならないことがある」

「注意?」


 アンナは怖い顔を、さらに怖くして言った。


「魔法というのは、なにかしらリスクを負う。小さなリスク、大きなリスク、覚えている間に出る影響、外した後に出る影響。その内容は様々だ」


 アンナは脅すかの如く、次々と礼を挙げてきた。


「風の魔法は、外した時に影響が出る。魔法を覚えて以降の、関わった『人の記憶』を失わせる。思い出はあれども、相手が誰だったかわからなくなるらしい。逆に火の魔法は、外しても人の名前と顔は一致するが、その者との『思い出』を一切無くしてしまう。二つとも、記憶障害に関するリスクだ」


 はあ、とヘイカーは生返事をしたのを覚えている。そんなヘイカーを見て、アンナは理解させようと、さらに続けてくる。


「時空の魔法は使うたびに肉体が衰え老けていく。強化魔法は己の生命を少しずつ削る。弱体魔法は外すと精神を病む。死魔法は周りの者に忌避感を抱かせて、術者を孤独に陥れてしまう」


 徐々にヘイカーは青ざめた。この自分に宿された雷の魔法には、一体どんなリスクがあるというのだろうか。どうにか外せないのかものかと、慌てて右手の掌に描かれた文字を何度もこそぎ落とせないかと掻いた。


「落ち着け、ヘイカー」


 自分が脅しておいて、アンナはそう言った。


「この雷の魔法って、どんなリスクがあんだよっ!?」

「わからん。それを調べようと雷の魔術書を置いていたのだ」


 あっさりとそう言われてしまい、ヘイカーは愕然とする。


「ただ私の知る限り、雷の魔法を覚えていても、特に変わった様子はなかった。もしかしたら火や風の魔法と同じように、外した時に影響が出るタイプなのかもしれん。だからもしも外せる時が来た時、そのリスクを十分に考慮した上で外せ。私が言いたいのはそれだけだ」

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