表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を想って過ごす日々  作者: 長岡更紗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/21

第15話 人を殺した日

 ある日、いつものように朝食のパンを一瞬で平らげたヘイカーは、あくびをしながら伸びをした。


「はー、今日も行ってくっか」


 朝はいつもギリギリまで寝ているが、遅刻をしたことはない。上司であるリゼットに、いい加減な男と思われたくないからだ。

 しかここの日、玄関を出たようとした瞬間にノックが鳴った。ヘイカーは特に何も思わず、扉を開けて絶句する。


「おはよう、ヘイカー」

「っげ。おはようっす、アンナ様……」


 そこにはなぜか、アンナの姿があった。


「ヘイカー、すまないが少し付き合ってくれ」

「え? 嫌ですよ、オレ今から出勤なんすから」

「走ればいい。頼みがあるんだ、早く来い。走りながら説明する」


 人に頼み事をするには高圧的な物言いである。が、言い返せるわけもないので、仕方なくヘイカーはアンナについて走った。アンナは軽く流しているが、ヘイカーは全力疾走だ。街並みがビュンビュン流れる。


「雷の魔術師に、子を堕胎させる力があると聞いたことはあるか?」

「はぁ、はぁ、いや、ないっす」

「お前に、ある女性の手助けをしてもらいたい」

「ぜはー、え? なにするんですか」


 アンナは白いエプロンを着けたまま、ニヤリと笑った。まるで悪魔のように。


「お前に、その女性の胎児を処分してもらう」


 本当に悪魔だ。アンナは、悪魔な発言をいとも簡単にした。いつもは命を重んじる発言ばかりしているアンナがである。実はアンナは悪魔だったに違いない。

 ヘイカーはゾーッとして立ち止まった。


「い、イヤです」

「なに?」

「イヤっす!!」


 その物言いが気に食わなかったのか、アンナはヘイカーの首根っこを捕まえ、強引に移動させてきた。女とは思えぬ力。まさに悪魔の所業である。


「ちょ、本気っすか? オレ、ヤですよ、そんな役目」

「察してやれ。人には事情というものがある。いいから来い」

「いーや~だ~っ」


 アンナはジタバタするヘイカーをズルズルと引っ張ってくる。そして彼女の家に連れて来られてしまった。


「ぎゃーーー、やめて~~~っ」

「聞け。魔法の出力を最小にして、腹に手を当てるだけでいい。それだけで、胎児は死に至る」

「へ? そんなので、本当に?」

「お前は魔法を放ったと言え。お腹の子は死んだと。それだけでいい」

「なんのためにそんなこと……」

「行くぞ」


 部屋に入ると一人の妊婦と思われる女性がいた。アンナはその女性をダニエラと呼んでいる。


「最後に確認しておくけど、後悔しないのね?」


 アンナの問いにダニエラは躊躇しつつも、頷きを見せている。アンナが『やれ』というようにこちらに視線を寄越してきた。ヘイカーは仕方なくダニエラに話し掛ける。


「言っておきますけどオレ、こんなの初めてだから力加減とかわからないんで、そこんとこヨロシク」

「つまり、堕ろせるか堕ろせないか、わからないってこと?」

「そだよ、あんまり強力だとあんたが死んじゃうだろうし、微弱だと胎児にも影響ないだろ?」

「堕ろせたかどうかは、翌月に月の物があるかどうかで判断するしかないということよ」


 とりあえず適当言ってみると、アンナがフォローを入れてくれた。適当なアドリブは適切だったようで、アンナに受け入れられてほっとする。


「わかりました。どんな結果になっても恨んだりしません」

「げぇ、マジかよ。ってか、あんたの相手の男って誰なの? 子ども一人すら面倒見られないほどの甲斐性なしなわけ?」


 世の中には、自分だけ楽しんで責任を取らない男がいることに憤慨する。もし自分であったなら。絶対に相手の女の子をつらい目には遭わせない。もちろん、ヘイカーの脳内相手はリゼットだったが。

 ヘイカーの問いには、ダニエラではなくアンナの口から衝撃の事実が語られる。


「相手はイオスよ」

「へー、イオス様……げげっ」


 イオスというのは、ミハエル騎士団の隊長兼参謀軍師という立場で、実質騎士団のナンバーツーだ。彼は確かに狡猾な男だが、計画性のないことはしない人物である。そのイオスが無計画に子供を作るなんて、信じられない。


「マジ? イオス様、堕ろせって言ったの?」

「同意書よ」

「うっわ、幻滅。カッコイイ人だと思ってたのに。てか、イオス様は奥さんいただろ? 浮気して堕ろさせるなんて、男としてどーなの」

「馬鹿ね、ダニエラがその奥さんなのよ」

「へー。へ? じゃ、何で堕ろすの? 問題なくねーか?」

「別れるそうよ。いいから早くしなさい」

「ちょっと待ってくださいよ、アンナ様。オレ、イオス様といざこざ起こすのは嫌ですよ。辞退させてください」


 あの人に睨まれるのだけは勘弁だ。この先騎士として生きるなら、絶対にプラス要素はない。


「お願いします! 他に頼める人がいなくて……このことを騎士団の誰にも漏らさなければ、何の問題も起きないはずです! だから……」


 お願いします、と呟くように頭を下げられ、ヘイカーは息を吐き出す。仕方ない。ここで逃げたら、今度はアンナになにを言われるかわかったもんじゃない。


「……わかった。どうなっても、オレは知らねーからな」


 そう言って、ヘイカーは無造作にダニエラのお腹に手を当てた。


「やるぞ」

「は、はい……!!」


 ヘイカーは詠唱を始めた。最小の出力というのは逆に難しいものだそうだが、雷の魔法と相性のいいヘイカーは楽に調節することができる。

 詠唱を終え、手をダニエラお腹に押し付けた。ダニエラの体がピクンと痙攣する。

 本当にこんなことで、胎児を殺せたのだろうか。


「……終わったよ」


 ダニエラは自分のお腹を見て不安気に聞いてくる。


「あの…… あまり痛くなかったんだけど、こんなのでいいの?」

「さぁな、オレも初めてだから知らね。けど、オレの雷の魔法は、あんたの子どもは死んだはずだぜ……多分」

「……そう……」


 自分で言いながら、気分が悪くなった。

 生まれる前と言えど、命は命だ。なんの罪も無い胎児の命を、自分の手で摘み取ってしまった。


(初めて、人を殺しちまった……)


 罪悪感を振り切るように、ヘイカーはダニエラから顔を逸らした。


「……オレ行くわ、大遅刻だ。隊長に叱られっちまう」

「ああ、すまなかったな」


 逃げるように玄関に向かうと、扉が勝手に開いた。勢いよく開かれたドアに驚きの声を上げると共に、その人物の顔を確認し、凍りつく。


「イオス様!」

「ダニエラはどこだ!?」


 目の前にいるイオスに物凄い剣幕でそう問われて、ヘイカーは「あっち」と指だけで答える。イオスは遠慮もなく駆け上がっていった。どうしたものかとオロオロしていると、イオスの後から来ていたカールに、「お前はもう行け」と言われ、ヘイカーはそのまま出勤することになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ