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小説少女の模倣推理

作者: 星野日菜

 御手洗学園高等部、二年二組の教室に彼女はいる。

 黒縁メガネに三つ編み。いつだって本に目を落としている彼女の名は、見垣原 律(ミカキハラリツ)

 推理が得意だと、彼女の住む市でも有名な少女だ。


「へくちゅっ」

 廊下沿い、一番後ろの自分の席で律は軽くくしゃみをした。

 そんな律を心配して声をかけたのは伊藤 奈々恵(イトウナナエ)。様々な事件を持ち込んでくる律の友人である。

「大丈夫?」

「……ええ。これがもし小説なら『誰かが私の噂でもしてるのかしら』とでも思うところだけれど」

 少々古風な喋り方をする律だが、それも持ち味と納得する彼女の周囲の人間はずいぶんと懐が深いだろう。

「ところで、いつも思っていたのだけれど……」

 律が口を開きかけたところで、突然大きな声が割って入ってきた。


「見垣原律さんはいらっしゃいますかっ!!」


 その大きな声に律は自然な動きで耳を塞ぐ。

 ――――近くで大声出さなくたって聞こえるわよ。

 恐らく声を出した張本人は、律がどこにいるかわからなかったのだろうが、それを考慮しても喧しい。

 教室の中に反響したその声が消えると、律は声の主へと目を向けた。

 それは華奢な体格をした男子生徒だった。

 律はその目に彼をみとめると、静かに口を開きりんとした声で応える。

「律は私だけど、なにか用でも?」

 その煩わしそうな声からは面倒だという思いが滲み出ていたが、それに気づかずか、それとも気づいていて目を瞑っているのか、男子生徒は続けた。

「あのっ、見垣原さんは推理がとても得意と聞きました。ですから、あの……その……」

 指を弄りながら言いにくそうに目を逸らす。しかし心を決めたように彼はじっと律を見つめて言った。

「ある事件を解決して頂きたいんです!」

 その言葉に反応したのは律ではなく奈々恵。

「ちょっと、律に依頼をするならまずあたしに話を通してよ」

 まるで芸能人のマネージャーのようなその台詞に面食らう男子生徒。

 言葉を返すこともできずに硬直する。

 暫しの間、沈黙が流れた。

 それを破ったのは律。

「別に、奈々恵の言葉を気にする必要ないわよ。……で、事件って?」

 その言葉に顔を輝かせる男子生徒と、泣きそうな顔になった奈々恵は対照的と言えるだろう。

「解決してくれるんですか!?」

「あたしは律の助手なのに!」

「……解決できるとは限らないわ。

 それと奈々恵、あなたは私の助手じゃなくて友人よ」

 はあ、とため息交じりに応えながらも二人ともに返答する律は律儀としか言いようがない。

「……で、事件って何なの?」

「はっ、はい。

 あれは、今日の朝のことでした……」


 男子生徒――――正田尚人(マサダタカト)が登校したのは、朝一番。彼が入っている野球部の誰よりも早くの登校だった。とは言ってもひどく早く来たと言うことはなく、すぐにチームメイトも教師も学校へ到着した。そして彼らはいつも通り部室の鍵を開けて中へ入った。そう、いつも通り。

 けれどその部室はいつも通りとは言い難かった。

 散乱した硬球。ひび割れた額縁。そして元は楯の形をしていたであろう床に散らばった硝子片。


「鍵は閉まっていました。それは俺も、チームメイトもしっかり確認しています」

「……ふうん」

 毛先をくるくると弄びながら返事をする律。

「ほかに出入り口はないの?」

「窓の鍵が壊れているせいで閉まらなくなっているのですが、そこも通れる広さではないので……」

「そう。何センチくらい?」

「二十五センチ四方……くらいだと思います」

「確かにそれは通れないわね」

 うなずく律の言葉を尚人は固唾をのんで待つ。

 ――――きっと俺たちじゃ想像つかないような推理をするんだろうな。

 けれど律の次の台詞は推理ではなく、再びの問いかけ。

「現場は、保存してある?」

「……えっ、あっ、はい。

 さすがに練習できる状況じゃなかったので……」

「そう。それは良かったわ。

 じゃあまた放課後に来てくれるかしら? そろそろ授業が始まるの」

 あなたもそうでしょう、という意味の含みを持たせたその言葉で尚人は慌てて時計に目を向けた。

 時刻は一時八分。授業開始が一時十分なのでそろそろ教室へ戻った方が良いだろう。

「わかりました。では放課後に」

「ああそうだったわ。あなた、クラスと名前を教えて貰っても良いかしら?」

 律の言葉に尚人は目を瞬かせると、『ああ、名乗っていませんでした。すみません』と言ってから応えた。

「三年一組 正田尚人です」

 そしてそれだけ言うと駆け足で走って教室へ戻る。

「あら、年上だったのね」

 彼の去って行った後で、律がポツリとつぶやいた。


 さて今日は授業時間が短く、六時間目が終われば授業は終了。

 尚人は授業終了のチャイムと同時に鞄を引っつかんで三年一組の教室を出る。行かんとしている場所はもちろん二年二組、律のいる教室だ。

「あの……」

 と小声で律を呼ぶと、彼女は遅いと文句を言って振り向く。

「す、すみません……」

「冗談よ。

 授業終了から今まで四分三十二秒。ダッシュしてきたのね。

 もう少しゆっくりでも良かったのよ。別に用事もなかったし」

「いえ。頼んだのは俺なので……」

「律儀ね。そういう性格って損よ」

 自分のことを棚に上げて、まるで罵るように言う律。しかしその目はどこか嬉しそうだ。

「大ざっぱな男よりは好みだけれど……」

「……え」

 赤くなる尚人に「あなたのこととは一言も言ってないでしょ?」と飄々として律が言う。

「……すみません」

 次は羞恥で耳まで朱に染まった尚人に律は「茹で蛸みたい」

「ゆで……?」

「あらごめんなさい。思わず本心が出てしまったわ」

 そんな二人のやり取りを始終無言で見ていた奈々恵は傍から見れば親しく談笑しているようにも見えるふたりを睨んでいた。主に尚人を。

 三人は野球部の部室へと向かう。その途中、ふと律が口を開いた。

「最近学校の近くで三毛猫を見るのよね。あれが雄なのか雌なのか気になっているの。だからもしも私が解決できたら確かめて教えて頂戴」

「えっと……猫好きなんですか? だったら自分で確かめれば良いんじゃ……」

「自分じゃ確かめられないから言ってるんでしょ」

 それくらい考えなさい、とても先輩とは思えないわ、と辛辣な言葉をかける律の瞳はどこか悔しそうである。

「あ、もしかして猫に触るのは怖い、とかそういうのですか? だったら俺が隣で見てますよ」

「ありがとう。でもそんなに簡単な話じゃないの」

 突き放すような台詞に今度ばかりは尚人も肩を落とした。

――――何か怒らせるようなこと、言ったかな……?

 そんな風に尚人が考えているうちに部室の前まで来ていたようだ。

「早く扉を開けてくれないかしら? ぼうっとしてても扉は開かないわよ。それとも『開けごま』とでも言えば開くような特別製の扉なのかしら」

 律は冗談のつもりで言ったのだろうが、真顔と真剣な声色のせいで冗談に聞こえない。

「さすがに『開けごま』じゃ開かないです。一応貴重なもの……と言っても、先輩たちが取ったトルフィーとかですけど、まあ貴重なものもあるのでセキュリティ的な問題で」

 それくらいわかるわよ、と半眼で睨む律に、すみませんと急いで謝る尚人。

「あ、鍵ですよね。顧問から受け取ってきたんで開けられますよ」

 話をそらし、律もそのことに気付きつつもその言葉にうなずく。

 かちゃり、と小気味よい音を立てて鍵穴に刺した鍵が回る。

 そうして入った部室内は、尚人の言う通り酷いありさまだった。

 部屋に散らばったボールとそれが入っていたであろう空かご。あけ放たれたいくつかのロッカー。

「あら、これはひどいわね」

「誰も触れていないので朝のままです」

 聞いてもいないのに情報を告げる尚人を見て奈々恵が恨めしそうな声をあげる。

「私が律の助手なのに……」

 しかしその声は誰かに届くこともなく消えてしまった。思いの外この部室には声が響かないようである。

「窓は……」

 と律が目を向けた小窓は尚人の言う通りの大きさで、床から1.5メートルほどの高さにある。そしてその丁度下あたりに棚が一つ。その手前には割れた楯の残骸とひびの入った額縁が落ちていた。

「これはあなたの先輩方が取ったもの?」

「はい。とは言っても今のうちの野球部は弱小と言えるくらいに弱いので、その楯を取った先輩方とは顔を合わせたこともありませんが……」

「それでも、それまで見ていたもの、そこにあったものがなくなることはやっぱりショックよね」

 ぽつりと呟いた律の言葉が尚人に届くことはなかった。


「ところでこの部屋は風が通りやすい部屋かしら?」

 唐突に律が問う。

「え……いえ。風は全然通らないです」

「そう。なら『モルグ街』は除外ね」

 律の口にした謎の言葉に尚人は首をかしげる。

――――モルグ街? モルグ街ってなんだろう?

 不思議に思ったが、わざわざ聴くことはしなかった。律が考えるそぶりを見せていたので邪魔をしてはいけないと感じたのだ。

「ちょっとこの部室の窓を外から見ることってできるかしら?」

 五分ほど考えたのちに律は下に向けていた視線を尚人に移した。

「あ、はい。もちろんです」

 一階にあるので階段を使わずに移動できる。三人はゆっくり歩いても三分ほどでお目当ての場所に着いた。

 窓の下には高さ数十センチほどの小箱が。

「乗ってみても良い?」

 律は言うと尚人の答えを聞かずに箱に慎重に乗る。するとぎしりと箱が軋み真ん中の部分がへこんだ。

――――私の体重が三十八キロ。そう考えると乗れる人間は限られてくるけれど。

 尚人は華奢に見えるがそれでも五十キロはあると思われる。

――――入らずに荒らすしか方法はないかしらね。例えばボールを投げ込む、だとか。

 それならばボールが散らばっていた理由も説明できる、とそこまで推測して律は首を振る。

――――だめね。これではロッカーを開けることはできない。

 やはり中にいなければロッカーを開けることは不可能だろう。

部室の鍵が開いていたということはない。さきほど聞いた開錠する音。あの音がしなかったら野球部の部員も皆気付く。野球部の人間がわざわざ手を組んで示し合わせて部室を荒らし、その謎を解いてくれなんて律に言ってくるとも思えない。

 ならばやはり小窓から人間が入ったと考えるしかないか。だが小窓は小さく律でも侵入することはできない。

――――こんなところに入れるのなんて動物か幼い子供くらいしかいないわよね。

 そこまで考えて律の頭にある予測が浮かんだ。

 まさか、と口に出すと律は駆け出す。全力疾走で、野球部の部室へ。

(まさか、そんな偶然ありえないでしょうけど……でも、もしかしたら、その偶然が起こってしまったのかもしれない)

尚人と奈々恵は何が何だかわからずにただ彼女の背中を追った。

 そうして部室に到着した律は部室の扉を乱暴に開けると中を見回した。そして大きな掃除用具入れに目を向けてそれを開ける。その中には――――……すうすうと寝息をたてる幼稚園児らしき年齢の少年がいた。

「『ほかのあらゆる可能性がダメだとなったら、どんなに起こりそうもないことでも残ったものが真実だ』、ね。まさかあの窓から人間が入るなんて思いもしなかったわよ」

 まあこれで、起こったことはある程度分かったけれど、と律は唇の端を釣り上げた。

 

 少年は目を覚ますと全てを正直に三人に告げた。

 少年は昨夕友達とかくれんぼをし、隠れ場所を探しているときにこの部室の窓が開いているのを見つけたこと。そして隠れようと台に上り中へ入ったときに楯と額縁を落としてしまったこと。空かごの中に入って自分をボールで隠そうと、中に入っていたボールをぶちまけてしまったこと。最終的に掃除用具入れに入ったが、出られなくなってしまったことを。

「そうなると、親も心配してるわね。

 尚人くん。送って行きましょう」

「えっ!」

「あら、嫌なの?」

「え、いや。その、嫌とかじゃ……ただ、今俺の名前を、呼んだので……」

 視線を彷徨わせながらしどろもどろになる尚人に、律はああ、と納得したようにうなずき

「正田先輩と呼んだ方が良かったかしら。ごめんなさい」

 その言葉を聞いた尚人が少し残念そうな顔をしていたことに律が気付くことはなかった。


 少年の親は少年を見ると、涙を流しながら少年を抱きしめてそれから三人に対して丁重に礼を言った。


「さて、帰り……」

「あの、ちょっと待ってください。聞きたいことがあるんですけど」

 律が言いかけた言葉をさえぎって尚人が口を開く。

「どうして、わかったんですか? 男の子があそこにいるって」

「ただの消去法よ」

 律は言葉少なに答える。

「まず動物の仕業と言う線は私があの部室に入った瞬間にほとんど消えていたも同然だった」

「……え」

なぜですかと問おうとする声に先回りして律は続ける。

「私は動物アレルギーなの。猫と犬の、ね」

「あっ、だから……」

 尚人は先ほどの会話を思い出していた。

――――猫に触れないってそういうことだったのか。

「次に考えたのが外から何かを仕掛けたという可能性。けれどそれではロッカーを開けることはできない。

 そうなると何者かが中に入ったと考えるしかない――――しかも窓から。あの窓を通れるのなんて幼い子供くらいしかいないわ。だからもしかしたらと思ったの。まあ考え付いた時点では一つの可能性に過ぎなかったけれど調べて損はないもの。少し体力を使うだけよ」

 わかってしまえば実に単純である。尚人は素直に感嘆の声をあげた。

「こんなこと、だれだってわかるわ」

「でも俺じゃ絶対にわかりませんでした……」

 律さんは流石です、とはにかむ尚人に律は一つの問いかけをする。

「……ねえ、『あらゆる小説は模倣である』という言葉を知っている?」

「……?」

 質問の意図がわからずに首をかしげる尚人。律はそんな尚人に語り掛けるようにして言う。

「私は現実だって同じだと思っているの。

 すべてとは言わないけれど、きっとほとんどの事柄には前例がある。その前例は現実で起こったことではないかもしれないわ。物語のなかかもしれないし、私の妄想の中で起こったことかもしれない。けれどそれをなぞれば大半のことには答えを出せる」

「さっき呟いてたモルグ街って……そういうことだったんですか」

「あら、聞こえていたのね」

 律は微笑むと肯定する。それから「もうそろそろ帰った方が良いかもしれないわね」と夕日を横目で見た。その頬は夕日の色を映した綺麗な赤だ。

 と、律は視線を感じたような気がしてそちらを向く。

「正田先輩。何、見てるのよ」

「え、ああ、すみません」

 尚人は思わず律に見惚れていたことを詫びた。

「すごくきれいだなと思って……」

「っ……!」

 律の頬がさっと朱にそまったが、その変化は夕日のおかげで尚人には気付かれることはなかった。

 そしてその頬の赤みは、尚人が次に続けた言葉で別の赤へと変わる。

「夕日、とてもきれいですね!」

 羞恥の赤へ――――……

「紛らわしい言い方しないで頂戴!」

 耳まで朱にそまった顔を見られまいと隠しながら、律は尚人の頬を引っぱたいた。

「え? ええっ!?」

 叩かれた尚人はと言えば目を白黒させることしかできない。

「グーでなかったことを感謝なさい!」

「あ、ありがとうございます?」

「本当に礼を言わなくたっていいわよ! というかあなた殴られたのよ? 言うなら文句でしょう!

そう思うわよね、奈々恵」

「そうだね。でもあたしにはひどくなよっちくて役に立たないKY男の気持ちはわからないなぁ!」

 話をふられた奈々恵はじっと尚人をにらみながら毒を吐いた。

 女子二人から矛先を向けられた尚人は視線を彷徨わせ、いたたまれぬ気持になる。

「……俺が悪いのかなあ?」

 ぼやく尚人に「悪いっ!」ととどめをさす奈々恵。彼らを見ながら律はくすりと笑みをこぼしたのだった。

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 既存の小説を礎にする……。ユニークな推理法ですね。別の事件の話も読みたくなりました。 ところで、三毛猫ですが、多分雌だと思います。
2017/03/13 05:32 退会済み
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