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【9両目】



 森に入ってすぐのところで意外と洋館は見つかった。もともと、川に面していることを売りにしていたのかもしれない。管理会社が入っていないのか、鉄格子の門は開け放たれ2階建ての映画に出てきそうな白い洋館は緑色の蔓まみれになっていた。

「ま、マジで、ここに入るのかよ」

洸太がさっそく逃げ腰だ。まぁ、幽霊が出てもおかしくないような雰囲気は満点だから仕方ないだろう。

「洸太ビビってるのかよ。俺が守ってやるから安心しろ」

賢がニヤッと洸太を見る。

「し、仕方ねぇだろ!怖いもんは怖いんだから!」

「ま、インタビューでちゃんと答えられるように目だけは開けとけよ」

千尋がそう言うと洸太の背中をポンと叩く。

「お、おう。任せとけよ」

「じゃあ、いくぞ」

千尋が鉄格子に手をかけると、ギィっと鈍い音を立てながら門が開く。

洋館に続く広い庭も、しばらく手入れも満足にしてもらっていないせいで荒れ放題だ。もはや、周りの森と区別がつかないくらいである。

「千尋くん、正面から入るの?」

僕の質問に対して千尋が唸る。

「そうだな、安全を考えたら裏手に回りたいところだけど、入れる保証もないしなぁ」

「そんなら、二手に分かれるか?その方が効率良いだろうし。」

賢の言うことは全うだったが、別れるリスクを僕は心配する。

「分れるの危なくないかなぁ。もし、犯人と出くわしちゃったら―――」

「それだったら、別れてた方が逆にいいかもしれない」

千尋が意外なことを言うもんで、僕は思わず聞き返す。

「え、どういうこと」

「万が一、犯人と出くわしたらどうする?」

「うーん、まぁ、逃げるよね」

「だろ。そん時に大人数だと、はぐれたのなんだのって余計な心配が付きまとうじゃん。だから、少数の方が意外と安全かもしれないな」

「確かに……」

不思議と説得力のある彼の弁に僕らは従うことにする。

「じゃあ俺、シュンと組むよー」

洸太が勝手にペアを決めてしまう。

「お前ら二人で大丈夫か?ちょっと心配だけどなぁ」

賢が明らかに僕らに頼りなさを心配する。

「大丈夫だよ。シュンのことはちゃんと守ってやるよ!」

「はぁ、そういうことじゃなくてお前が動けなくなるんじゃないかっていう心配だから」

賢はそういうものの、不思議と僕自身がなんだか大丈夫なような気がしてきたこともあって、その提案を飲むことにした。

「いいよ、僕は大丈夫。そっちは、賢くんと千尋くんでお願い」

「まぁ、駿吾がそう言うんだったらこの組み合わせでいこうか。じゃあ、俺と賢は裏から入れそうなところを探して、二階を捜索するから、駿吾たちは正面から入って一階を捜索してくれ。三十分後にここ集合な。危険は冒さないこと、な」

「うん。三十分後にここね。了解」

そうして別れた僕らは、おおきな正面玄関の前に立ち尽くす。賢たちは植え込みを掻き分けて裏へ消えていった。

「さてと。シュン、準備はいい?」

「うん、大丈夫。洸太くんも無理しないでよ」

「おう。俺たち、ここからツーマンセルな。背中は任せるぞ」

洸太はどこぞの忍者漫画の影響をたぶんに受けた様子である。

「よし、開けるぞ」

そう言うと、洸太はドアノブに手をかける。鍵がかかっているという心配はつかの間。あっさりと扉が開く。

「お、開いてる開いてる」

一人がすり抜けられそうなぐらい開くと、先に洸太がするりと洋館内に忍び込むと、追いかけるように僕が続く。

洋館の中は思った以上に暗い。きっと、窓覆うぐらいに絡まった蔦のせいだろう。そのうえ、埃の匂いやら、土の匂いやら、色んな匂いが充満していた。

「とりあえず、一階から調べていこっか」

小声で洸太に提案する。彼も忍者気分なわけで、コクリと頷いて忍び足で歩を進める。床に降り積もった埃に足跡が付いた様子もなく、誰かがいたような痕跡は一見見当たらない。

玄関から見て左右の奥に扉を見つけた僕らは、まず左側に向かう。外からも見えていた窓のある部屋につながる扉だろう。

「誰もいなそうだよなぁ」

「うん。あ、開けるよ」

「おう」

今度は僕がドアを開ける。中には映画で見たような長いテーブルに、豪華な椅子がいくつも置かれている。その他のものには黄ばんだ大きな布が被せられていて何が置いてあるのかは分からない。

部屋の中をぐるりと一周しても、人の気配は感じられなかった。

逆側の部屋も窓の配置などは同じだったけど、同じ間取りのはずなのに、こちらの部屋の方が心なしか狭い気がする。気のせいだろうか。内装としてはおおきな書棚も含めて書斎の様な部屋だった。高級そうな机やら、なにもかもそのままで、時が止まってしまったような状態だった。

「たしか、光が漏れてたって言われてる部屋ってここだよな。外から見える向かって右側の部屋って」

「うん、お兄ちゃんもそんな話をしてたと思うんだけどなぁ」

「でも、何もなさそうだな。人なんて暫く来てませんって感じ」

洸太の言う通りだった。ここに人がいた痕跡は欠片もないように見えた。

僕らは上の階を調べに行こうと、部屋を出るためにドアノブに手をかける。その時だった。

ガシャーン!

明らかに何かが壊れた音がした。ただ、音がしたのおそらく上の階だった。

「お、おい。なんだよ」

洸太が急に焦りだす。恐らく無意識だろうけど、彼は僕の腕をつかんでいる。

「洸太くん、落ち着いてって。僕らはまだ大丈夫なはず。もしかしたら、上の階で賢くんたちが何か壊しちゃったのかもしれないし」

「お、おう」

「念のためちょっと隠れよっか」

僕らは書斎にあった机の下に身を隠す。僕が小柄なのもあって、僕らはするりとその隙間に滑り込むことができた。

「千尋たち大丈夫かなぁ」

「二人なら大丈夫なはずだよ。信じなきゃ、ね」

「う、うん」

あれから、暫く経ったがもう物音はしていない。恐らく、大丈夫だったんだろう。

「そろそろいこっか」

そう言って僕が先に机の下から這い出る。そして、洸太が続こうとした時だった。

「ん、なんだこれ。シュン、ちょっと見てくれよ」

なになに、と洸太の指差すところを、屈んで覗き込む。洸太が指差す机の裏側にボタンのよう窪みがあった。

「押していいと思う?」

「わかなんい」

無意味なやり取りの末、洸太はそれを押した。

ゴゴゴゴと音がして、僕が振り返り、洸太が驚いて机の裏に頭をしたたかに打つ。

机の後ろにあった本棚が動いたのだ。電気も来ていないであろうに、いったいどんな仕組みで動いているのかは謎だったが、そこには地下に続く階段が現れたのだった。

「いてててて、ってなんだよこれ」

洸太が後頭部をさすりながら這い出てきて、お約束通りの反応を見せる。

「ここ、二人でいく?結構、暗そうだけど…」

「当然。ライトだってあるし、手柄は俺たちのもんだ!」

映画だったら一番に犠牲になりそうなキャラが言いそうなセリフを吐いて、にんまりと笑う。しかし、洸太は動かない。

「あぁ、僕が最初なのね」

「おう!俺が背中を守るからさ」

懐中電灯の頼りない灯を頼りに僕らは地下へ続く階段を降りていく。夏場とは思えないようなひんやりとした空気にブルリと震えてしまう。

「な、なぁ、シュン」

「ん?」

「ここ、どこにつながってるんだろうなぁ」

「さぁ、どうだろ・・・」

いつの間にか洸太は僕にぴったりくっついて、背中を守るどころではなさそうだった。まぁ、後ろから襲われることもなさそうだし、良いのだが。

壁は左右共にレンガを積んでいるようだった。赤茶けた壁が懐中電灯に照らされる。

「あ、行き止まりだ」

僕が先を照らすと、木のドアが暗闇に浮かび上がる。

「怪しすぎるよな。あの扉」

「うん。入る?」

「もちろん」

「もちろんって、とりあえず僕の背中にしがみつくの止めてから言って欲しかったんだけど…」

ぱっと洸太が離れる。

「いや、まぁ、これは…だめだ、俺、腹痛くなってきた」

ここで洸太の悪い癖が出てきた。緊張すると腹痛が来るのはもうずっと昔からなのだ。

「まぁ、いいや。僕が開けるから、いざとなったら洸太くんは逃げられるようにしておいてね」

「おう」

返事一つにも震えが混じる洸太の限界は近いようだった。

僕は真鍮のドアノブに手をかける。ひんやりとした金属の感覚。ドアは意外と簡単に開いた。

部屋の中を懐中電灯で照らす。壁一面に敷き詰めるように置かれたワインボトルの数々。この部屋は、秘密のワインセラーということだったのだろう。

「洸太くん、たぶん大丈夫。誰もいないと思うよ」

念のため部屋の入り口を照らしたが、足跡一つなかった。

「ほ、ほんとかぁ」

そう言うと、洸太は僕の後をトコトコとついてくる。人がいた痕跡なんて一つも見つけられないまま、ぐるりと地下室を一周すると僕たちは来た道を戻って書斎に戻る。書棚をぐっと押すと、またなにも無かったように隠し扉は普通の書棚に戻る。

「すげぇな。なんか、映画でしかこんなのないと思ってた」

「だね。でも、犯人はここにはなそうだよね」

そんなこんなで、僕らが正面玄関のホールに戻る頃には丁度三十分が経過しようとしていた。


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