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【8両目】



「それじゃあ、紫苑があんまりにもかわいそうなんじゃない?」

「え」

千尋が顔を上げる。

「紫苑はあの日、僕らが紫苑を森に連れ出したあの日。すっごく楽しそうにしてた。僕もね、いっぱい話したんだ紫苑と。大好きな森のこと、自分たちのこと、学校のこと、元気になったら何をしたいか、いっぱい話した。楽しそうだったんだ紫苑は。満足そうだった。だから、僕、不謹慎なのはわかってたけど、あれでよかったと思ってる。最後まで紫苑はしたいことをできたから」

「でも、でも、そうしなかったら、紫苑はもう少し長く―――」

もう、ここまでか。僕も話さなきゃいけない。そうはっきりわかった。

「千尋くんはさ、紫苑の本当の病名、知ってる?僕、お母さんから聞いてたんだ。もう、長くないっても知ってた。」

「え」

千尋を救ってあげるには、ずっとしまい込んでいたこの話をする以外なかった。

「紫苑はみんなには肺炎とかいろいろ言ってたと思うけど、本当は白血病だったんだ。僕、知ってたんだ。紫苑がもう長くないこと。昔から病院の話を聞かされていて、人の生き死にってことに対して他の人よりも耐性があったから、お母さんも教えてくれたんだと思う」

千尋は目を大きく開いたまま僕を見ている。

「い、いつから知ってたんだよ」

「あの日、僕らが紫苑を連れ出す1か月前ぐらいかな。お母さんから、『ちゃんと心の準備をしておきなさい』って言われてた」

「何で言ってくれなかったんだよ」

当然の切り返しだった。でも、僕はあの頃も今も同じ事を思っている。

「みんなに言ったところで僕らに何ができたっていうのさ。いたずらに悲しいムードだけが充満して、紫苑がそれに気が付かないわけないじゃん」

紫苑のことを一番よく知っているのは今でも僕だと思う。勘の鋭い子だった。僕らがしんみりしてたら、一発でどういうことだか察して、気を遣ってしまうような子だったから。

「それは、そうだけど…」

「だから、僕は言えなかった。でね、僕が先に言われてたんだ。紫苑に。『また森が見たい』って」

「もしかして」

千尋は何かを思いだしたようだった。僕らの間で何気なく交わされた些細な会話。僕の小さな悪意と善意。

「うん。細かいことは抜きにしても、たぶん、千尋くんが想像している通りで当たってると思うよ」

「だから、紫苑は俺に言ったのか」

「そう、僕が紫苑に言ったんだ。千尋くんに言ったら、きっと良い作戦を考えてくれるよって。悔しいけど、当時の僕には思いつかなかったんだ。誰にも怪しまれない方法で紫苑をまた森に連れて行ってあげる方法を」

「だ、だったら、直接、俺に相談してくれたらよかったじゃないか。あんな遠回しな方法しなくても」

「じゃあ、僕が素直に『もう先が短い紫苑を外に連れ出したいから、作戦を考えて』ってお願いしたとして、千尋くんは素直に聞き入れてくれたかい?」

いや、っと、千尋は黙る。そうだろう。冷静で、紫苑を外に連れ出したらどうなるかなんて容易に想像ができる彼が、賛同してくれるわけもなかっただろう。

「いや、反対しただろうな。紫苑の先が短いのを知っていたら、俺は駿吾に連れ出してくれなんていう相談はしなかった」

「だからね、紫苑にまた森を見せてあげるために僕は嘘をついていた。何も知らないふりをして千尋くんの作戦に乗った。これが僕の隠してた話の全部だよ。だから、千尋くんは悪くないって言い切れるんだ。紫苑を殺したのは僕。それが全てだよ」

たぶん、一気に話しきって満足したのは僕の方だった。そして、千尋が消え入りそうな声で言う。

「いや、俺たち、共犯だ。二人で紫苑を殺した。駿吾、悪いけど、自分だけ責めを負ってすっきりされちゃ、俺が困るんだ。お前がなんと言おうと、あの日の作戦を考えたのは俺。結局、俺らは同罪だよ」

僕にもう反論の余地はなかった。

ピースのそれぞれが落ち着くべきところにすべてが収まったような気さえした。

僕は、無言で大木を半周すると元の位置に座る。

そこから西の空が白むまで僕らは一言も言葉を交わさなかった。でも、千尋が微睡むことも許されずに、深い、深い森の闇を一晩中凝視していたことを僕は知っている。同じ十字架を背負っているんだ。そんなことは容易に想像ができた。

紫苑は幸せだったんだろうか。

答えは永遠にわからないだろう。でも、すべてを吐きだせた僕と千尋の気持ちは不思議と凪いでいた。たぶん、乗り越えるってこういうことだったんだと思う。

だんだんと平静を取り戻していくと同時に、塞き止められていた眠気が襲ってくる。そうしてウトウトと浅い眠りと覚醒を繰り返しているうちに夜が明けた。

鳥の鳴き声が変わった。朝の訪れを伝えてくれる。

木の裏側に回ると千尋が丸く胎児の様な姿勢で眠っていた。涙の痕がうっすらあったような気がして、いつもより一回り小さく見える彼にジャケットを掛けると、僕は森の中を独りで歩いた。方向もでたらめに歩いているうちに、不意にひらけたところに出た。

すると、奥の草葉がガサガサと揺れ出す。

もしかしたら、殺人鬼が出てくるのではないかと思い、すぐに木の影に身を隠す。

すると、草葉から出てきたのは一頭の狐だった。野狐なんて、始めてみた僕は狐と目を合わせたまま硬直してしまう。

野狐は所在なさげに辺りを見回すと、また草むらに戻っていった。

魔法が解けたように動けた僕は、狐のいたあたりに向かう。その時、何か固いものを踏みつけた。

恐る恐る右足を上げると、そこには見慣れた星型のキーホルダーが落ちていた。

「これって・・・」

拾い上げてしげしげと眺める。

それは紫苑が持っていたそれと全く同じ形のものだった。そして、自分が持っているものとも同じもの。偶然か巡り合わせか。ここで僕がこれを拾うことが分かっていたかのように現れた紫苑の痕跡を僕はそっと右ポケットに忍ばせる。生前の紫苑が当然一人でこんな所に来るわけはなく、ただの偶然であることは百も承知だった。それでも僕は運命めいた何かを感じて、改めてこの旅が自分にとって意味のあるものであると確信をした。





キャンプサイトに戻ると、もうみんなが起きだしていた。

「あ、戻ってきた」

賢が寝癖のついた頭を掻きながら僕に気が付く。

「一人で行動するなっていっただろ。どこに殺人鬼がいるかわかんないんだぞ」

千尋は昨晩のことは嘘のように通常運転だ。ただ、どこかすっきりしたような気がするのは気のせいじゃないはずだった。

「ごめんごめん、ちょっとトイレに」

僕はなんとなく嘘をついてしまう。そしてさりげなく右ポケットの感触を確認する。

「シュン、朝ションかよ。俺も行ってこようかなぁ」

「ちょっと、朝シャンみたいに言わないでよ」

洸太も昨日あったはずのごたごたも全部忘れたように朝からいつものテンションである。

「さて、朝ごはん食いながら今日のルートもう一回確認して、移動しよう。意外と時間ないからな」

千尋のひと声で僕らは身を引き締める。今日はいよいよ洋館に向かう。犯人を対面するかもしれない緊張感をしっかり持たなければいけない。これは遊びじゃないんだ。

千尋が示したルートは単純明快。この森林鉄道の線路に沿って陸橋を渡りその先の森で洋館を探す。洋館に着いた後は、館内を捜索して証拠を見つけたら、来たときよりもペースを上げて町に戻る。

「さてっと、支度ができたらさっそく出発しよう」

賢が腰を上げたのを合図に各々が身の周りの支度を手短に行う。

ものの5分もしないうちに僕らは出発の準備を整えた。焚火の後もしかりだが、人がいたのが明らかに痕跡として残っている。これでは、犯人がここに野宿をしていたのではないかと疑われても仕方ないくらいだ。とはいえ、ごみを持ち帰るくらいしかできない僕らはそのまま出発する。

朝の森は新鮮だった。夏なのは間違いないけど、どこかヒンヤリして気持ちのいい空気で致されている。足の裏に伝わってくる規則的な線路の感触も僕らをワクワクさせるには十分すぎた。

そのおかげかは分からないものの、僕らはあっという間に水の音が聞こえてくるぐらいまでに歩を進められた。

「そろそろ川が見えてくる。少し遠回りだけど、陸橋を渡ろう。そっちの方が安全だ」

「なぁ、千尋ぉ」

洸太が口を開く。どうか逆鱗に触れることがありませんようにと、僕は祈るだけだ。

「ん、なに」

「今、夏だろ。もしかしたら、川の水位が下がってるんじゃないかと思うんだよね。ここ最近、雨降ってないし。ちょっと、確認だけしてみない?もし、渡れるなら、だいぶ時間短縮になるし、捜索に時間まわせるじゃん」

珍しく洸太が非常に論理的だった。根拠もあれば、恐ろしく説得力があった。

「あ、あぁ。ま、そうだな。洸太の言うことも一理あるし、見るだけ見てみるか」

そして、千尋は毒気が抜けてしまったように寛容だ。昨日のことが関係しているかは分からないけれど、こんな千尋も悪くなかった。

「でもさ、洸太」

「ん」

「おまえ、あれだろ。陸橋に行きたくない理由って」

「理由って」

賢がにやりと笑って、わざとらしく千尋に聞き返す。まぁ、察しはつくよね。

「高いところダメなんだろ。昔からそうだったよな。木登りだって、落ちても怪我しないぐらいの高さまでしか上らないし、基本、他人ひとのことは煽るけど自分は絶対、高いところに上ってこないし。お化けがダメで、高いところもダメで、お前は女子か」

「ばかばか!そんなことないって」

分かりやすく取り乱す洸太は「正解です」と言っているようなものだった。

「まぁ、ここは洸太くんが弱点をさらけ出したってことに免じて、多めに見てあげてよ」

「シュン、ばか!俺、認めてないからなっ」

洸太が最後の抵抗とばかりに無駄な抵抗をする。そして、千尋のとどめが入る。

「じゃあ、陸橋コースでいいか?」

萎んだ風船のような洸太が小さい声で「それは・・・」とモゴモゴさせる。

「冗談だよ。ま、とりあえず、川の方を見に行こう」

千尋にさんざん遊ばれた洸太だったが、陸橋に行かなくていい可能性ができたことで、元気を取り戻すのも早かった。

川の河川敷まで来ると、洸太が一番乗りと言わんばかりに背の高い草の中に飛び込んでいった。やれやれと残された僕らはアイコンタクトを交わしながら自分の背よりも高い草を掻き分けていく。

ぬかるみが徐々に増していく。しかし、思った以上に川幅は広かったものの、水位は下がっているように見えた。

「これだったら、渡れるんじゃない?」

洸太が期待するように千尋に問いかける。

「うーん、水位は確かに思ってていたよりは下がってるけど、中心部の方はわからないぞ。思った以上に深いかもしれないし」

「いや!何とかなるって。な、シュンもそう思うだろ?しかも、ここ渡ればショートカットだし」

ついに千尋に助けを求めるのを断念して、僕に助けを求めるのはずるい。そして、そんな僕も賢にそのまま視線を流す。

「お、おい、俺に助けを求めるなよ。俺は、決めらんないって」

「よし、分かった。ここは民主主義国家日本。平等に多数決で決めよう。ただし、棄権はなしな」

しばらく僕らのやり取りを見ていた千尋がしびれを切らして提案する。

「1分だけ考える時間ちょうだい!」

僕はすかさず言うとそれぞれのルートを通った時のメリットとデメリットを天秤にかける。

あっという間に猶予の一分間は過ぎ去り、千尋の声が響く。

「それじゃあ全員目をつぶって」

僕らは言われるがまま、それぞれの瞼の中に籠る。

「川を渡るべきだと思うやつ、挙手!」

しばらくの沈黙。

「じゃあ、手を上げたままな。みんな、目を開いてくれ」

奇跡が起きた時人はこんな顔をするのだろう。洸太の顔が今までにないくらい煌めていた。なんと、僕を含む4人全員が手を上げていた。満場一致で洸太の案が採用されたのだった。

「なんだよー。みんなそのつもりなら、最初っから賛成してくれたら良かったのに」

したり顔の洸太がわざとらしく言う。

「別に洸太に賛成したって言うよりは、この方が効率がいいなって思っただけで」

いつになく歯切れの悪い千尋を見て僕はちょっとクスッとしてしまった。すぐに千尋から鋭い視線が飛んでくる。

「よ、よし!そうと決まったら、早速、川を渡る準備しよう!」

濡れるのは承知の上なのだが、残念ながら僕は替えの服を持ってきていなかった。そんな中洸太がまたも勝ち誇る。

「俺。こうなることを見越して水着を履いてきたんだ!さすがだろ」

と言って、ズボンを一気に脱ぎ去ると紺色の学校指定の水着が現れる。

「お、お前もしかして昨日からそれ履いてたの?」

賢が信じられないと言った表情で尋ねる。

「もちろん!いつ何時水に入っても大丈夫なように準備は万端だったわけ」

「水着って普通に履いてるとすげー蒸れるよな、きったねぇ」

千尋も「これはないわ」といったように首を振る。

そんな僕らのことはお構いなしで上半身も裸になると、持ってきたリュックに脱いだ服を詰め込んで頭の上に乗せると、どこかアジアの南の方の国のようにザブザブト川を渡り始める。

「おいおい、あいつマジで行ったぞ」

賢が呆れ半分、驚き半分の様な声を出す。

「まぁ、俺らも賛成した身だ。追わないとな」

そういうと、意外にも千尋が服を脱ぎだす。僕らは当然、水着なんて持ってきてないからパンツ一丁で渡るしかない。

「天気が良かったのが救いだな」

すっかりパンツだけになった千尋はもう諦めたようだった。僕も人のことを言えたたちではないのだが、千尋は日焼けを知らないような真っ白な肌をしていた。プール、体育でも入ってたはずなんだけどなぁ。黒いボクサーブリーフが余計に肌の白さを強調していた。

「それじゃ、お先に。遅れるなよ」

そう言い残して川の中にザブザブと入っていく千尋を見て観念したんだろう。賢もいそいそと服を脱ぎだして川へ入る。もちろん僕も。

「意外と冷たいって!」

既に川の中ほどまで進んだ洸太がこちらを見て手を振っている。何か言ってるようだけど、残念ながら僕らの耳には届かない。

なんとか僕と賢が千尋に追いつく。そして、不意に気が付く。やけに静がだと。

「あれ、洸太は?」

「そう言えば声がしないと思ったら・・・自分の足元ばっかり見てたから気が付かなかった。もう向こう岸に着いたのかなあ」

「いや、あれって」

千尋が指さす方向をたどると、水面に何かが浮かんでいる。

「あれ、洸太のリュックじゃねぇか。あいつ、溺れてんのか?」

「いや、少しずつ進んでる。この川、一部すごく深いところがあるんだ。すぐに抜けられるとは思うけど」

そうこう言っているうちに、頭の先までびしょびしょになった洸太が水面から現れる。

「っぷはぁ!窒息するかと思ったぁ。お前ら気を付けろぉ」

千尋が「ほら見ろ」といった様子で僕らを見る。

「さて、俺らはあそこをどう渡ったものか。荷物は濡らしたくないしな」

「とりあえず、駿吾は俺が肩車するよ。洸太ですらあの深さなら駿吾は完全に沈んじまう」

「そ、そうだね。お願いするよ」

賢の申し出に僕は文字通りありがたく乗らせてもらうことにする。ただ、濡れたパンツで肩車をしてもらうっていうのは仮にも思春期の僕からすればだいぶ恥を捨てられた方だと思う。

「俺はつま先立ちしたらギリ行けそうだからこのままいくよ」

4人の中で一番長身の千尋は勇敢にもそのまま川をザブザブ進んでいく。

「よっしゃ、駿吾、よじ登れるか?」

水の中にいるため、浮力がアシストしてくれて僕はすんなり賢の肩に乗ることができた。賢の荷物とまとめて僕が持って準備完了。賢がゆっくりと歩きだす。僕らはさながら歩くトーテムポールだった。

「賢くん、ごめんね」

「いや、駿吾の身長なら仕方ないだろ。それに、駿吾の太ももあったかいから川の中でも凍えずに済みそう」

と言って僕の太ももをつかむ。

「バカっ」

僕が賢の頭を小突く。

「うわっと、と、と」

「おい、危ねぇって」

「ごめん。賢くんが変なこと言うから」

「冗談だよ、冗談」

そう言って、また僕の太ももをグイッと掴む。

「もう!」

表情は見えないが賢がニヤッと笑った気がした。

そんなやり取りを数回繰り返しながら、僕らは無事川の深みを攻略して、向こう岸にたどり着くのだった。

「おせぇよー。って意外と賢もシュンも楽しそうにしてたじゃん。川渡ってよかっただろ」

川岸の日当たりの良いところに水着のまま足を投げ出して座っていた洸太が呑気に声をかけてくる。彼の荷物は水浸しになっており、これもまた彼の横に露店の様に並べられていた。

「帰りは陸橋で決定だ」

無慈悲な千尋の声が響く。今回は無言の満場一致。もちろん、洸太に投票権はない。川を渡るのはプール以上に疲れる。なにしろ水流を無視して進むのだからその分、疲弊も大きい。

「そんなぁ」

洸太の気持ちも分からないではないが、今回は賛成できない。

「まぁ、駿吾の太ももは揉み心地は良かったけどな」

賢は我関せずと言わんばかりに、わざとらしくニケける。

「うるさいっ」

「もう、ウブだなぁ、駿ちゃんはぁ」

「その呼び方やめてよぉ」

カーッと顔が熱くなる。幼稚園生のころの呼び方を持ち出されちゃ敵わない。あの頃から僕らの力関係ははっきりしていた。

帰り道のスタミナ温存を考えても無茶はできなかった。なにしろ、夕方までに町に戻れなければ、秘密基地に親が探しに来て、いないことがバレて大騒ぎが起きてしまう。まぁ、陸橋ルートの妥当さは明白だったわけだ。

「ん、なんだ」

と、おもむろに賢が不意に自分のパンツの中に手を突っ込む。

「おいおい、賢、ここではやめろよ。やるなら自分ちでーーー」

洸太が茶化そうとすると、賢は異様にまじめな声で

「いや、なんかいる。動いてるんだ」

と、さらにパンツの中を探る。

「ん、捕まえた」

バッと取り出したそれは、カエルになりかけのオタマジャクシみたいな形をしていた。

「うわぁなんだよこれ」

賢が思わずその生き物を落とすと、洸太が駆け寄ってきてしげしげと観察する。

「これ、サンショウウオじゃん。珍しい!きれいな川にしかいないんだぜ、こいつ」

「そんなのどうでもいいよ。うえぇ、ヌメヌメしやがる」

そう言って賢は川にもう一度入って手やその他諸々、サンショウウオに触れた部分を洗う。

僕らはしばらく自分たちを天日干しして、パンツが生乾きぐらいまで仕上がったところで服を着る。

「さて、この森のどこかに洋館がある。さっさと見つけて、中を捜索だ。ただし」

「安全第一、だろ」

賢が千尋の先回りをする。

千尋は、ふん、と鼻を鳴らして、わかっていればいいんだ、とうなずく。

ついにここまで来た。僕らの目の前には暴力的なまでの緑が生い茂る。この緑の塊のどこかに殺人鬼が潜伏する洋館があるのかと思うと、少し緊張してきた。

そして、それと同時に物凄く興奮している自分に気が付く。

奥まで続く深緑が僕らを誘うように追い風を吹かせて、木々がざわめく。

さて、ここからが本番だ。


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