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【2両目】



翌日も僕らはいつもの秘密基地に集まる。秘密基地とはいえ、賢の家の土地で、中学校からほど近い今は使われていない資材置き場の一角を僕らの場所にしていた。

あれから、千尋はほぼ寝ずに計画を練ってくれたようだった。今朝8時過ぎに千尋からもらった電話で、本当に彼が寝ていないんだろうなということはわかった。理由は簡単。寝不足の彼はいつもより機嫌が悪い。

10時過ぎ、初めに賢が到着して、次に千尋、15分後ぐらいに洸太が到着した。この時点で、千尋は相当イライラしていた。

「洸太、遅せぇよ。集合は10時って言ってただろ」

「あぁ、わりぃ、千尋。出がけに腹痛くなっちまって。昨日の夜、腹出しっぱなしで寝てたからさ」

「はぁ、もういいわ」

 追及を諦めた千尋は居住まいを正す。

「で、計画は?」

賢が尋ねる。千尋が鷹揚にうなずく。

「まず、光岳の麓の洋館についてなんだけど、実在はするみたい。ただ、ここ数年は住民がいなくてほとんど放置されていらしい。確かあの辺って、賢の親父さんが昔使ってた森林鉄道が通ったと思うんだけど」

「ああ、そう言えば昔親父が話してた気がする。でかい家がなくなれば、日当たりもよくなるとかなんとか。そのことだったのか」

 「まぁ、いずれにしても洋館は実在する。だから、逃亡犯がいる可能性も一応あるってわけだ。そこまでは、ここから軽く30キロはある。俺たちの足じゃ短く見積もっても半日はかかる」

 「ええーそんなにかかるのかよ。俺、歩けるか不安になってきた。しかも、森の中だとトイレもないだろ。腹痛くなったらどうしよ」

 急に洸太が不安になっている。ようやく、現実が見えてきたようだった。

「洸太。森の中にそんなものを求める方がどうかしてるって。まぁ、穴を掘って葉っぱで尻を拭くんだな」

「まじかよーーー」

賢が茶化して、洸太が泣きそうな顔になっている。

「まぁまぁ、山小屋とかはあるだろうし、ね」

僕のせめてもの救いの手はほとんど洸太の耳には届いていなかった。

コホン。千尋がわざとらしく咳払いをする。

「あ」

忘れてた、機嫌悪いんだった。

「進めてもいいか?」

「お、お願いします」

「ええと、片道30キロ弱ってところだから、昨日も言ったけど泊りになる。だから、今回は秘密基地、つまりここでキャンプをするということで俺たちは口裏を合わせようと思う。まぁ、ここで一晩過ごすぐらいは親も見過ごしてくれるはずだ。決行は今週末でいこうと思う」

「え、今週末って明日じゃん」

賢が驚いて聞き返す。

「うちは親父が出張で東京へ行く。確か、駿吾のとこもおじさんとおばさんは福島に行くんだったよな?」

千尋は何となくした会話ですらよく覚えているんだ。

「う、うん。おじいちゃんのところに行くことになってる。僕は行かないけど」

「念には念を入れて、できるだけ親が不在の時を使いたいんだ。賢と洸太はうまく嘘をついてくれ」

「お、おう」

洸太もここは素直だ。

「おおざっぱなルートはこうだ」

そう言って、千尋はドラム缶の上に子の池本本町から光岳の麓一帯を含む地図を広げる。準備が早い。

「ここから、ハイキングコースに入って光岳方面に進む。そして、ここから本道を離れてこっちの森林鉄道の線路に入って、線路沿いに進んでいく。たぶん一日目は、線路に入るかどうかぐらいでキャンプになるだろうなぁ。そして、次の日は洋館を目指す。大体の位置しか掴んでないから、少しここはアバウトになる。帰りは、遅くともお昼過ぎにはあっちを出ないと帰ってこれなくなるからそのつもりで。細かいルートはまた明日の出発の時確認する」

「なぁなぁ」

洸太だ。お願いだから地雷だけは踏まないようにしてくれと、僕と賢が祈る。

「こっちから、線路を外れて川を渡った方が早くね」

あぁ、図らずとも千尋のルートにケチをつけてしまった。

「ああ、そうだな。いいよ、そのルートで」

あれ、千尋が怒らない。賢も驚いた表情をしていた。珍しいこともあるもん――――

「お前だけ川を渡ればいいさ。渡れるならな。その川の深さや速さをお前は知っているのか。俺がそのルートを考慮しなかったとでも?あ、そうだった、サルは木の上を伝っていけるんだったな。すまん、人間の俺たちは安全に橋を渡って目的地を目指すことにするよ。お前は先に川を越えて洋館を探しておいてくれよ。そうしたら、人間の俺たちの手間も省けるしな。あぁ、メンバーの中にサルがいて本当によかったよ」

珍しいことは起こることもなく、洸太は千尋によってハチの巣にされる。

洸太が口をあんぐり開けたまま固まっていた。まさか、自分の軽率な提案でサル呼ばわりされた上にここまでコテンパンにされるとは全く思っていなかったようだった。そりゃそうか。

「ま、まぁ、千尋くん。洸太くんも悪気があったわけじゃないしさ。ね、洸太くん」

「お、おう。すまん、千尋」

ふん、と「分かればいいんだ」と言わんばかりに千尋鼻を鳴らす。

「今日は、一日かけて明日の準備をすること。一晩泊りになるからと言って、荷物が多すぎないように。荷物が多いだけ、歩いてるときの体力の消耗も早くなる。最低限の準備で頼む。出発は明日の13時。林道の入り口集合で。遅れるなよ」

帰り道は洸太と一緒だった。洸太の家は僕の家から見えるぐらいの距離で、いつも4人で帰る時も最後はいつも洸太と二人になるのだった。

「なぁ、シュンは明日何持ってくー?」

両手を頭の後ろで組みながら洸太が僕に尋ねる。

「そうだなぁ。食料と、寝袋と、コンパスと懐中電灯と・・・あとはインスタントカメラ!証拠を撮らなきゃいけないからさ」

「確かに、カメラは要るな」

「洸太くんは何持ってくるの?」

「俺はそうだなぁー。お菓子と、後は武器がいるな。森の中はどんな獣がいるかわかんねぇし。親父が昔使ってたサバイバルナイフが物置にあったと思うんだよなぁ」

「えぇ、危ないからやめなよ。おじさんに見つかったらきっと怒られるよ」

洸太が一瞬ビクッとした。

「や、や、まぁ、見つからない計画だろ。しかも、護身用に武器は必要だからさ。大丈夫だって」

この大丈夫は洸太が自分自身に言っているように聞こえた。

「そ、そうだよね。僕もバレないように準備しないと」

「んじゃ、また明日な」

「うん。ばいばい」

僕らは自宅の1ブロック手前で左右に分かれてそれぞれの自宅へと帰る。明日も今日ぐらいの快晴になってくれたらいいのだが。天気予報もチェックしておかないと、と青空に浮かぶ雲を見ながら思ったんだった。





「お母さーん。コンパスってどこに置いたっけ?」

台所から味噌汁の匂いと一緒にお母さんの声が飛んでくる。

「えぇ、お母さん知らないわよ。どうせ机の中の奥の方にしまい込んだんじゃないのー?」

「そこはもう探したよー。なかったんだもん」

「ああそう、確かじいちゃんの形見が物置に入ってっと思うから探してみぃ」

お母さんは福島県の出身で静岡のお父さんのもとに嫁いでからはもう十数年が経つというのにいまだに東北訛りが抜けない。授業参観や3者面談の時にお母さんが不意に訛るのが僕はちょっとだけ恥ずかしい。

はーい。と言いながら、物置に向かう。物置前に家を構えて今年で5年になる柴犬のミカがじゃれついてくる。5歳ともなれば犬年齢にしてもまぁま大人なはずなのに、行動は相変わらず若い。

「こら、ミカ。僕ちょっと忙しいから、また後でね」

何を言われたか分かっているのか、僕の足元でお座りをして、舌を出してハカハカしている。

物置は寝袋を探しに来る予定だったから一石二鳥だった。立て付けの悪い引き戸を開けると鼻の奥を土と埃の匂いが刺激してくる。

「あっつぅ」

真夏の物置小屋は蒸し風呂の様だ。

(確かこの辺っと―――)

あいまいな記憶を頼りに段ボールを動かしていく。

「あった!」

「じいじ遺品」と書かれた段ボールを開けると、じいちゃんちの匂いがした。タンスの中の匂い。ばあちゃんの服の匂い。じいちゃんば僕がまだ小さいうちに亡くなった。うっすらと残るじいちゃんのイメージは野球中継を見ながら漬物をバリバリ食べている姿。あぁ、ビールを飲むとお父さんみたいに真っ赤になったっけなぁ。

こまごまとしたじいちゃんの形見を掻き分けていくと、小さなコンパスが出てきた。手のひらに乗せてみると、赤い矢印は正確に北を示していた。

「よし。あとは寝袋っと」

こちらは比較的、すぐに見つかり、物置からは出さずに取りやすいところに移動しておく。今持ち出してしまうと、お母さんにさらに怪しまれてしまう。

「駿吾、コンパスあった?」

不意打ちの呼び掛けに体がビクッと震える。振り向くとエプロン姿のお母さんが立っていた。

「あ、あったよ。問題なし!」

「ならよかった。もうすぐお昼ご飯出来るよー」

そう言ってお母さんは勝手口から台所に戻っていった。

熱気の塊の物置小屋のせいか、お母さんのせいか、小屋から出た僕は汗をぐっしょりかいて、シャワーを浴びたようだった。

ミカは待ってましたと、また僕の足にじゃれ付いてくる。半ば放心のままミカの小さな頭を撫でる。

「もう、誰か来たときはちょっと吠えて教えてよ」

無茶な注文を聞いたミカはクゥンと悩ましげな声を上げて僕の顔の覗き込んだ。



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