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【11両目】



風呂上がりの僕に、両親は福島のじいちゃんちの土産話をさんざんに浴びせると、満足したのか先に寝ると言って早々に自室へ引き揚げていった。

誰もいないリビングで僕は変われたような、もしかしたら錯覚かもしれないそんな感覚の中、紫苑を想う。

明日は何事もなく、やってくるだろう。

紫苑のいないこの世界で、僕らは生きていく。

大切なことをしっかりと握りしめて、僕らは大人になっていくんだ。


旅の終わりは、次の旅の始まり。誰かが言った言葉が脳裏をかすめる。

どこまで続くか分からない僕の旅を紫苑が応援してくれるよう、恥ずかしくないよう、生きていこうと心に決める。

我慢していた睡魔が不意にやってくる。

あとはまた明日、考えよう。

僕には明日があるんだから。











「どう、ですかねぇ」

顎鬚をいじりながら、作間さんが難しい顔をしている。

「そうだなぁ、スタンドバイミーのオマージュ集の作品としてはストレート過ぎる感じもするんだけど、ま、ありっちゃ、ありかな」

俺はほっと胸をなでおろす。ここまで、正直、結構苦労したのだ。オマージュとはいえ、完全な模倣になってしまっては、それは所謂パクリになってしまう。

「よかった!じゃあ、これでいけそうですかね」

「ん、まぁ、何か所か直しが必要だろうけどな。地の文の視点が回想になったり、現在になったりブレてる所があるから、そこを統一することろからか。それとさ、もしかして、これ実体験?」

さすが敏腕編集者だ。見抜かれてしまっていた。

「はい。子供の時代の体験に少し脚色しているところもあるんですけど、まぁ、原体験になりますね」

そうか、と言って作間さんはまた顎をさする。

「やっぱりなぁ。でも、どうしてまた自分を主人公にしなかったのさ」

当然の疑問ですよね。

「どうしても、作品の中だけでも駿吾に、あいつに、大好きだった森の中を歩かせてあげたくて」

「なるほど…つまり、亡くなったのは木宮駿吾くんなわけだ」

「ええ」

俺はここまで言って、次の言葉を見失ってしまう。

「まぁ、俺がとやかく言える話じゃないんだけど、たぶん良いことしたんだから胸張って生きねぇとだめだぞ。まぁ、年長者の小事だと思って聞き流してくれ。どれ、ゲラが上がった記念だ。いっぱい飲みに行くか」

珍しく作間さんが誘ってくれたところ申し訳ないのだが、生憎、今日は先約があった。

「すみません。実は今日、あいつらに会うことになってるんです。なので―――」

「つれないねぇ~。んま、行ってきな。後から、彼らのその後を教えてくれよ。一読者として気になっちまう」

そういって笑うと、「お先に」と編集部を出ていく。何かと空気が読める彼は、やっぱり出来る人である。

俺が静岡の片田舎から上京したのは大学に行く時だった。両親も気前良く送り出してくれて、俺は晴れて大学を卒業する。その後、一般企業に就いたものの、大学時代に不意に目覚めた物書きが高じて、何気なく投稿すると新人賞に引っかかり今では作家としがないサラリーマンとの二足の草鞋を履いている。

「それでは僕も失礼します」

俺はそう言って、人影まばらの編集部を後にする。

入口近くのデスクで仕事をしていた若い編集者が俺に気がついて挨拶を返してくれる。

「あ、先生お疲れ様でしたー」

今日まで地元に帰ることは何度かあったが、その後、賢や千尋や洸太が全員そろって会えることはほとんどなかった。それは、先日、この作品を書くことになって、当時を思いだせるような何かを探しに実家に戻った時も同じだった。結局、あの時のキーホルダーだけ見つけて、一人で色々と物思いに耽ったのだ。

今日は、彼らが東京に来てくれている。今回の作品を書くことは事前に彼らにも伝えてあったし、当時のことを個別に話もさせてもらっていた。だから、書き上がる予定日であった今日、俺は彼らを呼んだ。

賢は結局、実家の材木屋を継いで繁盛させている。千尋は大出世で、東京で弁護士をやっている。洸太といえば、どんな風の吹きまわしか、駿吾が目指していた鉄道会社の職員をやっている。朝から晩まで過酷だが、頑張っているみたいだ。おまけに言っておくと、例の殺人犯はあの後、長野であっさりと逮捕された。ゴミの出し方を注意されたのを腹いせに犯行に及んだそうだっだ。

とはいえ、俺たちはオマージュ元の作品のように誰かが欠けてしまうことなく、はそれぞれ大人になった。

そして、駿吾はそれぞれの中にいる。天国で今の俺たちを喜んでくれてるとうれしい。


ねぇ、駿吾。俺たち、今はもう居酒屋に集まるんだ。

まだそっちには行けないけど、もう少し待っててよ。



心の中で駿吾に声をかけて、腕時計に目をやる。約束の一九時を少し過ぎてしまった。俺は約束の居酒屋の暖簾をくぐる。

「予約していた、高須賀です」

「奥の席でお待ち合わせのお客様がお待ちですよ」

元気の良い店員に促されて奥に進む。

珍しく少し緊張しながら、個室の扉を開ける。

次の旅はもう始まるんだったよな。

さて、出発進行だ。



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