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【10両目】

「もうそろそろ、約束の時間だし、いったん出よっか」

「おう。あいつら何か見つけたかなぁ」

そんなやり取りをしながら僕らは玄関のドアを開けて外に出ようとした時だった。

「シュン、ちょっと待って」

急に洸太が小声になって僕を制止する。

「どうしたの」

僕も小声で聞き返すと、洸太はドアを指さして、耳をあてる。僕もそれに倣う。

(おいおい、中坊がこんな所でなにしてんだよ)

洸太のお兄さんの声だった。ということは、あのグループがいるんだ。

(べ、別になんでもないです)

続いて聞こえてきたのは千尋の声。冷静を装うとしている。

(もしかしてお前ら、殺人鬼を探しに来たんじゃねぇのか?)

(何の話だよ?俺たちはそんなの知らねぇ)

賢が睨み返しているのは想像に易かった。

「ここで出ていくのは得策じゃねぇよな」

洸太にしては珍しく冷静だ。

「うん。でも、二人を助けなきゃ」

「だよなぁ。そうなったら、奇襲をかけるか。あっちの部屋の窓から外に出て挟み撃ちにしたらいけないかな?」

洸太は僕らが最初に入った側の部屋を指さす。

「まぁ、それ以外得策も見当たらないし、やるしかないよね」

「おう」

「あ、洸太くん、アレ、貸して」

「ん、なんだ?」

「サバイバルナイフ。持ってきてるんでしょ?」

「おう、でも、シュンが使えるのか?」

「洸太くんよりはビビらないと思うから」

「シュンも、言うようになったなぁ。まぁ、否定はできないけど。ほら、危ないから気を付けろよ」

僕らはこっそり右側の部屋の窓から外に回ると館をぐるりと回り、不良グループの後ろをとった。僕は、洸太に貸してもらった折り畳み式のナイフを伸ばす。

そして、息を大きく吸ってありったけの大声を出す。

「そ、そこまでにしてください!」

ナイフを向けたへっぴり腰の僕はさぞかっこ悪かっただろう。でも、意表をつくには十分だった。

「ん、なんだぁ?」

洸太の兄がこちらを振り向く。その隙に、千尋と賢が僕らのところまで走り抜けてくる。

「何逃げられてんだよてめぇ」

リーダー格の彼が頭を掻きながら、洸太の兄貴に詰め寄る。

「いや、あの、すんません」

「はぁ、どいつもこいつも使えねぇな。んで、何が『そこまでにしてくださいぃ』なんだ?ああん?」

僕の声真似をしたんだろう。明らかにバカにしている様子で、取り巻きたちがゲラゲラ笑っている。僕がナイフを向けたまま、何も言えずにいると続けざまに罵声が飛んでくる。

「んだから、なんだって、訊いてんの。そのちっちゃい手に持ったナイフでどうするんだよ?俺のことを刺すか?」

「僕らをこのまま帰してくれれば何もしないです!」

「そうじゃなければどうするって言うんだよ?」

「もし、僕の友達に危害を加えるようなら、僕はあなたを許しません!」

こんなことを言えたのはなぜだか分からなかった。不思議と勇気が持てた。窓を飛び出す直前にポケットの中で握った星型のキーホルダーが力をくれたような気もした。

「笑わせてくれるな。お前んとこの弟。ちゃんと躾しておけよ!」

そう言って、僕の兄をギロリと睨む。バツが悪そうに下を向いたお兄ちゃんの存在がこんなにも恥ずかしかったことはなかった。

「まぁ、わかった。お前の勇気に免じて、ここは手打ちにしてやるよ。ただし!」

そこで区切ると、賢、千尋、洸太を順々に指を指した彼は続ける。

「お前らが、そこにいるナイフを持った生意気なチビを一発ずつ殴れ。手加減はするなよ」

彼らしい提案だった。

「そんなこと出来るわけねぇだろ!」

賢が耐え兼ねて大声を出す。

「うるせぇ!お前に選ぶ権利はねぇんだよ!」

「なぁ、兄ちゃん、頼むよ、こんなこと止めさせてくれよぉ」

洸太が懇願するように自身の兄を見るも、目を逸らされてしまう。残酷な提案だったことは残りの不良メンバーから見ても明白だった。ただ、それをどうにかする力は彼らにはなかった。

「おい、そこのだんまり野郎はどうしたいんだよ」

千尋が指を指される。

「俺は・・・・」

「あぁん?聞こえねぇよ」

「俺は、駿吾に任せる。駿吾が決めたことに従う」

「ふん、物分かりがいいじゃねぇか。だとよ、チビ。お前が決めろ。仲間に殴られて、俺たちから解放されるか、俺たちにボコボコにされてここで地面とキスするか、どうする?」

沈黙は僕の答えを待っていた。

「僕は選ばない。お前たちはもうすぐ終わりだよ」

「はぁ?何言ってんだよお前、頭でもおかしくなったか?」

リーダーは気味悪そうに僕を見ると、お気に入りのキャップのつばの角度を直す。

「だから、僕は選びません。友達に殴られるのは嫌だし、あなた達に殴られるのはもっと嫌です。だから、選びません」

もうすぐ、もうすぐだ。僕は、握ったナイフをもう一回強く握り直す。

「あぁ、もう、埒があかねぇ。お前ら、終わり。時間切れだわ。ほら、お前らやっちまえ」

仲間に顎で指示を出す。

「早くやれってんだよ!」

痺れを切らしたリーダーの大声が響いた時だった。

「おい!お前たちか!ここは、立ち入り禁止のはずだぞ!」

僕らが振り向くと、役場のジャケットを着た大人が数人。役場の職員だ。

「ちっ、またいいところで、ちきしょう。ずらかるぞ!早くしろ!」

リーダーに引き連れられて、彼らは洋館の裏側に走り去っていった。

「助かったぁ」

洸太が気が抜けたように座り込むのもつかの間、僕らは役場の職員にこっぴどく叱られたのだった。

とっさにナイフを隠した僕も、しばらく震えが止まらなかった。

僕らは、ハイキングに来たら偶然洋館を見つけて探検してしまったと肝心なところを隠しながら一面的な真実を告げて、役場のライトバンで強制送還の運びとなった。ありがたいことに、それぞれ子を持つ職員だったということもあって、僕らはそれ以上のお咎めもなく無事、見慣れた町に帰ってくることができたのだった。

車に揺られているさなか、後部座席で賢と洸太がくっついて眠りこけていた。僕はというと、窓に映る僕らが歩いた森は意外にもあっという間でなんだか虚しいような複雑な心境で景色を眺めていた。反対側の窓を眺めていた千尋が何を考えていたのかは、今でもわからないままだ。

役場の駐車場で晴れて開放となった僕らは、それぞれ帰路につく。暮れ始めた夏の夕焼けが町をオレンジ色に染める。学校からの帰り道と同じ分かれ道に差し掛かる。

「色々あったけど、行ってよかったわ」

賢が、しみじみと振り返る。

「俺も」

「俺もだな」

「僕も」

それぞれが、それぞれの思いで賢に同意する。

「それじゃ、また明日な。洋館での収穫を発表しないとな」

千尋がニヤッと笑う。

「え、千尋たち何か見つけたのか?」

洸太が聞き返すと、悪戯っぽく千尋が笑って「明日な」と言う。

「分かった。それじゃ、また」

聞き分けの良い洸太もなんだか違和感がなくて、不思議だった。

賢と千尋と別れて、僕と洸太は帰路につく。

「なぁ、俺さ、今回の旅で気が付いたことあるんだ」

腕を頭の後ろで組んだまま歩く洸太が不意に呟く。

「ん、どういうこと」

「いや、大したことじゃないんだけど、改めてシュンも含めたみんなと一晩、一緒にいて分かったんだ。紫苑、いたよな。俺たちとずっと一緒に」

何を言うのかと思ったら、急にこんなことを言うから洸太は油断ならないんだ。

「な、なに、急にホラーみたいな事言いだすのさ」

「いや、まぁ、いたってのは例えだけど、ずっと紫苑を感じてた気がするんだ。俺、旅の間何を考えるにも、紫苑の絡めて考えてた。だから、一日目、田所に見つかりそうになった時千尋から『紫苑だったらこんなところで洸太はクヨクヨしてらんないって言われるぞ』って耳打ちされて、俺、元に戻れたんだ。シュンもそうだったんじゃないかなと思って」

同意せざるを得ない。僕は立ち止まる。後ろから指す西日が僕の影をぐっと長くした。洸太が僕を振り返る。

「僕はね、紫苑から卒業したんだ」

「卒業?」

洸太が首を傾げる。

「もちろんね、紫苑の分まで生きていくんだけど、『紫苑だったら』だけを考えて生きていくのは僕じゃない。だから、もっと強くなる。みんなに頼るだけじゃない僕としてここからは生きていこうって決めたの」

そう、僕は、千尋と本音をぶつけ合ったあの晩に決めたんだ。だからこそ、あの時。勇気を持ってナイフを握れた。もちろん、念のためと隠し持ってきた携帯電話で役場に匿名の電話を入れたのは僕だったんだけど。

「なんかわからねぇけど、俺もそうしたいな。たぶん、俺らしく生きていかねぇとダメだんだよな。シュン、良いこと言ったぞ!」

そう言って洸太は僕の頭をガシガシと撫でる。

「んもう、やめてよ!」

「よいではないか!」

夕暮れに追い越されそうになりながら、僕らはそれぞれの家に帰るのだった。

役場の職員は別として、その他、誰にもばれることなく僕らの旅は終わった。



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