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ネアネーデスの箱庭1

初投稿です。どうぞよろしくお願いします。


「うわああああああああああああああ!」


 薄暗いダンジョンの中に甲高い悲鳴が谺する。

 これが女の声ならば色々と艶のある展開が期待できるのだが、残念ながら裏返っただけの中年オヤジの悲鳴だ――よってこの話は仄暗いダンジョン艶話にはならない。


「うおおおおおおおおわわっわわわわ!」


 そもそもこの声を悲鳴と見るのも正確ではない。

 何故なら件の中年オヤジ、別に苦痛に耐えかねて絶叫しているわけではないのだ。むしろ状況から見れば、彼こそが優勢にあるとさえ言える。

 その状況とは何か、と言えば……


「うおおおおおおぉおい! 話が違うぞこいつらグロいよグロすぎだよリアルすぎだグロりあー! グロりあーず!!」   

「うるせーよ! たかがゾンビごときにギャーギャーわめくんじゃねー!」


 ゾンビ。

 つまりは動く死体。

 件の中年オヤジは、薄暗いダンジョンの真ん中でゾンビの集団相手に大立ち回りを繰り広げているのだ。


「だって弾けて臭くて腐った肉が液が骨がうおおおおおわおおおおっ?」


 オヤジの名は児玉尚人。三二歳の日本人。痩せ型というよりはやつれ型の冴えない風貌をしている。どうひいき目に見ても主役を張れないモブ面のオヤジだが、現在、その表情はアカデミー賞モノの嫌悪と恐怖に引きつっていた。

 彼からすれば無理もないことではあった。

 なにしろ再就職して一発目の『研修』が、いきなりダンジョンでのゾンビ退治なのだ。しかもOJTの法則をガン無視しての速攻実習である。

 説明無し。

 見学無し。

 相棒も新人。


『大丈夫です! 我が社の装備開発課は優秀です! ここ……『ネアネーデスの箱庭』で想定されているゾンビなんてC級装備で充分ですよ! むしろオーバーキルってもんです!』


 ……とは新人教育担当の小娘の言い分だが。

 そもそも尚人は『ダンジョン』なる物をまるで知らなかった。さらにゾンビの実在についても同様だ。

 無論、尚人も現代に生きる冴えない中年のたしなみとしてゲームをやったことはあるし、映画をみたこともある。『ダンジョン』も『ゾンビ』もぼんやりとした基礎知識は持っている。

 『ダンジョン』――怪物がウヨウヨしている迷宮。時々お宝が手に入る。

 『ゾンビ』――動き回る死体。噛まれて死ぬと自分もゾンビになる。

 所詮はフィクションの設定なのでこの程度の認識である。

 そのはずだったのだ。少なくとも、尚人の常識の中では。

 ……だが、まさか本当に存在しているとは。

 ……そして、まさか自分が放り込まれるとは。


「冗談じゃねーぞ! こんなの噛まれたら一撃で終わりだろ!」

「自分を……いや、会社の装備を信じろ! ゾンビ程度じゃ咬み破れねーから!」

「信じられるか! こんなんどう見ても紙装甲の紙鉄砲じゃねえか! なんでゾンビ退治用の装備がツナギにゴム長なんだよぉ!」


 尚人が涙混じりに叫ぶのも無理はなかった。

 彼が身につけている装備――小娘曰く優秀なC級装備――とは、早い話がモスグリーンの作業用ツナギにゴム手袋とゴム長なのだ。背中のザックと腰のごつい多目的ベルトは別枠とのことだがそれは安心できる要素ではない。さらに言えば、そのオーバーキル必至の武器というのも――


「……オッサン、一匹そっちに行ったぞ!」


 尚人は見た。前に立つ相棒の脇をすり抜けて――というほどスムーズな動きではなかったが――ゾンビが一体、こちらへと手を伸ばしてくるのを。

 ゾンビ。その顔は腐れ果て、白濁した眼は虚ろ、歯はむき出し。ボロボロの衣服を見るにどうやら女のようだった。死後硬直のせいか動きは硬いが、その肉もまた硬い。少なくともこれまでのゾンビは、尚人が蹴ったぐらいではどうにもならない程度には頑丈だった。


「ちくしょーっ!」

 尚人は歯を食いしばり武器を構えた。

 支給品の武器――総金属製の大型デッキブラシである。

 非常識なことに二メートルほどの柄からブラシ部分まで、すべて赤銅色の金属でできている。掃除用具というよりは長柄の鈍器だ。

 これまで尚人は相棒の後ろに陣取り、デッキブラシのリーチを利用して相棒の後ろからゾンビを突いては押し返すという戦法をとっていた。

 だが、もはや突くには距離が近い。

 このデッキブラシが本当に銅なら尚人が持ち上げられるようなものではないが、


「おらぁっ!」


 尚人は半泣きの気合いと共に軽々と振り上げ、迫るゾンビに叩きつけた。

 ガイン、といかにも中空を思わせる音と振動。さらに言えば武道経験者でもない尚人の一撃は単なる振り下ろしだ。尚人自身でさえ“下手くそ”と思う程度の一撃である。

 だが、それでもこのデッキブラシは効くのだ。

 ヒットした瞬間、ブラシ全体が黄金の輝きを放った。周囲に全く拡散しない奇妙な光。それがゾンビの体に染みこんでいき、


うごぅああああああああああああああああああああ――――


 ゾンビは虚ろな叫びを残して、内側から光に押し破られるように爆散した。

 残骸の大半は光と互いに食い合うように消滅するが――


「うわああああっきったねえええっ!」


 消え残った血、肉、骨、皮が正面から尚人を襲う。

 さいわい今までの経験から予測はできていため、目や口をカバーすることはできたが、それでも圧倒的な悪臭と嫌悪感は防げない。

 尚人は吐き気を懸命に抑える。ここで吐いたら終わりなのだ。

 何故なら、まだゾンビは二十体は残っているのだから……


「……オッサン、あんたの武器はあんまり使うな。水を撒け、水を……あと、いい加減、本気でうるせー」

 前でがんばっている相棒が、これも抑えた声を出した。そこに含まれている感情は怒りだ。何しろ真後ろでゾンビが破裂したのだ。否応なしにまともにその名残をかぶって、後ろ半分がどろどろのぐしゃぐしゃだ。

 安っぽい金髪がなんとも形容しがたい色合いに変化している。

 これが尚人であっても当然怒るだろう。

 それが、まだ十代の少女ともなれば……それもゾンビ相手に喧嘩上等をやってのけるタイプともなれば……


「わ、わかった、そうさせてもらうよ……じゃあ頼むよ南天車さん」

「おう」


 怒りの矛先がこちらを向いてはたまらない。

 尚人はデッキブラシを脇に挟むと腰のホルスターからスプレーガンを抜いた。無骨な、寸詰まりのピストルに似たその後部に、背負ったザックから引き出したホースを接続する。頭の中では事前に受けたレクチャーがオートリピート三週目だ。


「……モードをミストじゃなくてビームにして……『徳用聖水罰缶』ってこれ、本当に効くんだろうな、おぃ」

「オッサン、遊んでんじゃねえよ、さっさとしろ!」

「わ、わかったって」


 尚人はスプレーガンを構えると,ゾンビを射程に捉えるために前進する。本当は前に出たくなどなかったが、それどころか今すぐ家に帰りたかったが、しかしそれが無理な以上前進するしかなかった。

 ゾンビは恐ろしいが、それを相手に一歩も引かない相棒は輪をかけて恐ろしい。


「頼むから効いてくれよーっ!」


 叫び、トリガーを引く尚人のツナギの右胸。本人は気づいていないが薄明かりの中でほのかに光るエンブレムがあった。

 舵輪か車輪か。円と八方に広がる矢印を組み合わせたエンブレム。そこに併記されている文字はこうだ――


『多次元界社 エンドレス清掃』


 それこそが児玉尚人の再就職先。尚人をこの信じがたい地獄に放り込んだ張本人達の名前であった。



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