誰が妹を殺したか。
わたしの妹が死んだのは、秋も終わる十月末のことでした。
自室のカーテンレールにベルトをかけ、首をくくっていました。
第一発見者はわたしでした。
誰が妹を殺したか。
三歳離れた、『自慢の妹』でした。
頭が良く、運動も得意で、容姿はすぐれ、なにより気立てのよい明るい子でした。
わたしなど取り立てて美人でもないし得意な事もなく初対面の人にはしばしば血の繋がりを疑われました。
誰が妹を殺したか。
小学校の頃は苦痛でした。
あの子の姉がこんなに何もできないなんて、とね。
わたしだって頑張っているんです。
でも、完全無欠の彼女に欠陥だらけのわたしが勝るなんて夢物語です。
誰が妹を殺したか。
中学校に入り、高校に入り、ようやくわたしは妹の呪縛から解放されました。
わたしが卒業するころに彼女が入学する。つまりすれ違うわけです。
それに、中学は同じですが高校ともなると頭のいい妹はランクの高いところへ行きました。
完全にわたしたちの道は分かれたのです。
母校にも卒業後は足を向けませんでしたからわたしは平穏に過ごせました。
誰が妹を殺したか。
父も母もわたしのことはとうに諦めて妹に期待を寄せていました。
わたしよりも可愛がられ、
わたしよりも甘やかされ、
わたしよりも笑顔を向けられ、
わたしよりもお金をかけてもらっていました。
嫉妬をしたか?
もちろんしました。わたしは聖人ではありませんから。
誰が妹を殺したか。
大学はわざと遠いところを選び、一人暮らしとバイトをしながら生活しました。
この時のことを考えてコツコツとお金を貯めていました。
反対したのは妹だけです。
両親はいつも暗い顔のわたしを見ないですむからさぞうれしかったでしょう。
誰が妹を殺したか。
わたしがいなくなると寂しいと妹は言いました。
あんなに友達もいて、家に帰れば暖かく出迎えられるというのに。
なんというわがままなのでしょう。
結局、わたしは家を出ていきました。そして極力実家に戻りませんでした。
誰が妹を殺したか。
あの子にとってわたしはいい姉ではなかったでしょう。
だけど何故だかあの子は懐いてきました。
血を分けた姉妹ですから仲間意識でもあったのだと思います。
まあ、そこそこ仲は良かったのではないでしょうか。
誰が妹を殺したか。
家を出ると当然のことながら妹と話す回数は減ります。
メールアプリで時々会話はしましたが肉声はそんなにありませんでした。
そのころのわたしは家を出た開放感もあり、大学が楽しくて仕方ありませんでした。
だから妹の悩みも生返事で聞いていたのです。
誰が妹を殺したか。
頭が良く、運動も得意で、容姿もすぐれ、なにより気立ての良い子でしたが、それでもうまくいかないことはあるのです。
むしろ今までがうまく行きすぎたのではないかと、そう思います。
友人関係。
陰口、無視、ヒソヒソ話。いつだってあるものです。
勉強。
県で一番偏差値の高い高校です。それは難しいことでしょう。
両親からの期待と言う名の重圧。
わたしが駄目だったのですから妹こそはと思っていたのかもしれません。
誰が妹を殺したか。
あの日、珍しく電話をした晩。
電話口で。
わたしはあの子に何を言ったのでしたか。
誰が妹を殺したか。
『あなたが持っているものをわたしは持っていない。
だからあなたの悩みは分からない。
解決できるでしょう、あなたなら。』
誰が妹を殺したか。
さて、聞きかじった情報で申し訳ないのですが。
カウンセリングには『傾聴』というものがあるのですね。
じっと話をきいてあげる。
解決方法はやみくもに出さず、膿や毒を出す手伝いをする。
ざっとこんな感じでしょう。
誰が妹を殺したか。
あの子が欲しがっていたのはきっと傾聴。ただ聞いて欲しかった。
わたしの突き放すような意見はきっと求めていなかったのです。
ねえ、でも。
本当にあの子はわたしがいなくてもうまくいっていたんですよ。
誰が妹を殺したか。
親戚の葬式でひさしぶりに実家へ帰りました。
妹は居るはずなのに出迎えてくれません。声すら聞こえませんでした。
ただ、妙な静寂だけがありました。
嫌な予感をかんじながら妹の部屋をノックします。返事はありません。
そっとノブを回して、中を覗き見ました。
首をつって死んでいました。足元には椅子が転がっていたのを覚えています。
誰が妹を殺したか。
キラキラと輝いていた目は濁って。
薄桃色で形のよかった口は半開きで舌が覗いて。
白く弾力のあった肌は乾燥し冷たくなっていました。
発見が早かったからかそこまでひどい状態ではありませんでした。
誰が妹を殺したか。
茫然としながら机を見ると、きれいな字で『遺書』と書かれた封筒がありました。
妹が書き残したものでしょう。
几帳面な彼女らしく、両親、教師、友達といくつか封筒がありました。
その中にわたし宛のものが置かれています。
何が書いてあったって?
わたしは読まずに焼いてしまいました。
だって怖いではないですか。人が死に際に書き残したものですよ。
ねえ、想像してごらんなさい。
『お前のせいだ』だとか『許さない』なんて書いてあったら。
誰が妹を殺したか。
きっと、あの子は助けてほしかった。
唯一特別視しないわたしに。
でももうそれも終わった話。わたしは気付かず、彼女は死んだ。
ああ。
わたし宛の手紙には助けてほしかったなんて恨み言の一つは、あったかもしれ ませんね。
誰が妹を殺したか。
それから、妹の死体の周りで涙はつきませんでした。
どうして相談してくれなかったのか、だとか。
もっと早く気付いてやればよかった、だとか。
彼女の苦しみを分かってあげられれば、だとか。
みんな妹が死んでからやっと気づくんです。
何もかも遅すぎるのに。手遅れ。後の祭り。覆水盆を返らず。
誰が妹を殺したか。
腐っても姉ですもの。
責任は感じますし、悲しくも思います。
でもね。なんにもできないわたしがなんでもできる妹のことを救えるなんて思えません。
今もそう思います。
もしかしたら、救うのが姉なのでしょうか。
妹の苦悩を察知して抱きしめるのがわたしの役割だったのですか。
もういいんだと頭を撫でることがわたしのすべきことだったのですか。
誰が妹を殺したか。
ええ。もう言いたいことは分かっています。
人の顔色をうかがうことは昔から得意でしたから――。
では、あなた方の思うように、答えて見せましょう。
誰が妹を殺したか。
――それはわたし、とわたしは言いました。
生きていきますよ、わたしは。
妹のぶんまで? いいえ、まさか。
わたしはわたしのために生きていきます。