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だから私はやる気が出ない。  作者: 灯火
一章 私と村と恩人(仮)編
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8話 だから彼女はやる気がでない。

主人公ご乱心なうなので視点切り替えで、第三者、神視点です。



一人、自らの書斎で整った眉をひそめペン片手に黙々と書類と対面していたディートリヒのもとに、突如として騒がしいほどの足音が近付いてきた。


「ディー様ッ!」


バキィッ!


ノックもせずに主人の部屋の扉を激しく開けたのはタオル一枚を体に巻いただけのメリーだった。

ちなみにバンッ!ではなくバキィッ!なのは、扉を開けた衝撃で、壁と扉を繋ぐ蝶番が破壊されたからである。メリーは普段は人間離れした力を意識的に制御しているが、感情が昂ったりするなどで余裕が無くなると、どうしても手加減ができなくなる。

総じて、忠誠を誓ったはずの主には失礼極まりでない行為であるのは確かであるが、メリーの様子からして切羽詰まった状況であるのは、火を見るより明らかで、ディートリヒはどうした、と表面は落ち着き払った様子で問いかけるが、直後メリーが抱えていたモノに目を見開いた。


「ディア!」


昨日拾った少女が、明らかに顔色を悪くして手と肩を小刻みに震わせていた。

闇を取り込んだように真っ黒な瞳は、大きく見開かれたままどこか虚ろで、唇はさぁっと血が引いたように青紫。薄く開かれた口は、何かを呟くように小さく動くが、発する言葉と言うよりも音すら、聞こえない。


「湯船に浸かっておられたのですが、突然苦しみだして…!」


泣きそうな顔で訴えるメリーは、ただ混乱するしかできないようだった。ディートリヒはあくまで冷静に、メリーの真紅の瞳を見つめて、一度なだめるように彼女の肩に手を置いた。


「ディア!聞こえるか?!」


そしてもう一度、虚ろな彼女の名を呼んだ。すると、ぱちりと泡でもはぜたように一度瞬きをすると、正気に戻ったらしく、瞳にハイライトが戻った、が、


「…うっ…」


顔色の悪さはすぐには良くならず、小さく呻くと胃から込み上げてきたものを吐くのを押さえつけるように口を両手で覆った。それを見たディートリヒは慌ててメリーに指示を出した。


「メリー、外で吐かせてやれ!俺は毛布を持ってくる!」






ディートリヒが毛布を持って外に出ると、草の上にうずくまるディアと彼女が吐いたらしき吐瀉物、そして彼女の背中をさするメリーがいた。

ディアとメリー、両方に毛布をかけてやり、ディートリヒは改めてディアの容態を確認する。胃の中のものはすべて戻してしまったようだが、それでも吐気は治まらないようで、何度かえづいて胃液を吐いていた。


「ディー様…」


不安そうに見上げてくるメリーは、涙目さらに上目遣いという2コンボで、男であるディートリヒは何か思わないところがないでもないが、今はそんな呑気な状況ではないため、とにかく顎に手を添え思案する素振りをする。


「時間も時間だ。夜遅くに出向いても診てはもらえないだろうし、医者のいる隣村まで馬をどれだけとばしても5アウリ(約5時間)はかかる。…明日までは、どうすることもできないな。」

「そんなっ…!」


ディートリヒの言葉に、どうにかならないのか、とメリーは目で訴えるが、どうしようもできないことはどうしようもない。


「とにかく、吐き気が治まったら水を飲ませてやれ。あとは…様子見だな。」

「…分かりました。」

「…らない。」

「ディア様?」

「要らない…、要らない!」


苦しそうに地面の草を力任せに握りしめるディアは、突如、突き放すようにそう言い放った。


「…要らないんだよそんなもの!何で見ず知らずの…得体の知れない、私なんかを助けたんだ…私なんか、何やってもやる気なんか、でないし…いるだけ、どうせただの穀潰し、だよ…!気持ち悪いんだよ、そういう、優しさってやつ…現実なんかただのクソゲーで、こんなぬるゲーな訳ないだろ?!信じられないんだよ…気持ち悪いんだよ!!!!」





永和は、普通という枠組みに入る人間だった。しかしそれは環境と潜在能力の問題で、思考回路や心といった部分は大部分の人間とは違っていた。


幼い頃より、彼女は女子の集団に混じることはできなかった。多少少女らしい趣味や思考も無かった訳ではないが、早々の内に好きではなくなった。恋なんてしたこともないし、想像もできなかった。何故周りの人間が、やたらに彼氏彼女を欲するのか全く理解できなかった。そして趣味らしい趣味を持たなかった彼女は、ただ将来に役立つからと、言われるがままに思うがままに勉強をしていた。だから、高校はそれなりの進学校に入った。

しかし、受験のストレスを機にしてなのかは定かではないが、生きることが段々と勉強が面倒になった。


何故勉強するか?と自らが問うた。将来仕事に就くため。

何故仕事をするのか?と自らが問うた。金を稼ぐため。

何故金を稼ぐのか?欲しいものも無いのにか?と自らが問うた。食べるため。

何故食べるのか?と自らが問うた。生きるため。では。




ーーーーーー何故生きるのか?




彼女の中の彼女が、問うた。

機械的に答えるならば、子を成すため。子孫を後々まで存在させるため。人間という種を、繁栄させるため。しかしそれに何の意味がある?他にやりたいこともないのに、何故生きる?下らない毎日ばかりを繰り返して。



(…何だ。全部全部、意味のないことばかりじゃないか。つまらなくて下らない。人生なんてただの茶番劇だ。)




そして高校生になった永和は、名前だけ部に所属する形で、つまりは幽霊部員となり、ただ退屈な三年間を単調に歩むこととなる。


周りは部活に恋に学校の行事に、青春を謳歌するのを見て、何かに全力を尽くして楽しそうにしていることが、羨ましく感じないわけではなかったが、そんな風になりたいと思っていたかどうかは、自分でもわからなかった。自分のことも理解できず、空虚な日々は過ぎていった。

しかし、高3ともなれば自らの進路を決めなければならない訳で。

何事にもやる気を出さない彼女は、親に当然、勉強しろと言われた。

興味があることはないし、だからやる気が出ない。皆のように本気で勉強なんてできないよ。と何度親に対して言いたくなっただろうか。言ったところで理解されない。そう思った彼女は、次第に家族ともすら一線を引くようになった。


疲れた。面倒くさい。楽に消えてしまいたい。何度も強くそう思った。

けれど自殺をするようなやる気は無かった。痛いのは何より嫌だし、死ぬために努力するのも、面倒くさかった。


生きることも死ぬことも望まない彼女は、惰性でこの世を生きていた。そして、昨日、自称魔女に出会って、よくわからないファンタジー世界に飛ばされた。



永和は、自らの考えが誰からも納得されるはずはないと考えていた。だから、ディートリヒやメリー(と、一応ジュード)から受けた優しさは、幸せは、自分には過ぎたものだと思って、素直に受け入れるのを躊躇った。だって彼女がいた世界は、永和にとっては決して優しくなどなかったのだから。


だからーーー…



「君は生きることを拒むのかな?」



突如、少女のアルトボイスが辺りに凛と響いた。


「…何者だ。」


何の前触れもなく、永和たちの前に現れた、外套を纏った人型の“それ”に、ディートリヒは明らかに警戒の色を声に滲ませつつそれに問う。すると、それは、警戒されていることに何故か愉快そうにけたけたと笑うと、顔まで覆い隠していたフードを脱いだ。


そして露になったのは、一目で人ではないと判別できるような容姿を持った、15、6ほどの少女。

顔立ちは、最高技術を持った職人が全力を以て作りあげた精巧な人形でさえも比べ物にならない程で、幼さを残す悪戯っぽい笑みの中に、どこか妖艶な雰囲気さえ感じる。絹のように月光に煌めく少女の肩までしかない髪は、風もないのに揺らぎ、そして光の加減で白銀を基準として何色にも反射して見えた。蒼色の中でぱちぱちと小さな光が絶えず爆ぜる瞳はどこか遥か彼方を見据えていて、何を考えているのかはまったく分からない。



「何者、ねぇ。強いて言うなら、彼女を当てもない土地に連れてきた要因ってやつかな?現象と呼ぶべきかもしれないけれどね。」


にい、と猫のように目を細めてそれは言う。


「…お前がディアをここに連れてきたのか。何故だ。」

「それは何故連れてきたのか?それとも何故今さら来たのか?どっちかな。」

「両方だ。」

「ふふ、まあそうだろうねぇ。残念だけれど、僕は今答える気分じゃないなぁ。」

「…言え。」

「やあっだぁ、こわーい。まさか僕を脅しているつもりかい?止めておきなよ。君ごときじゃ僕に勝てない。それと、君に用があって来た訳じゃない。僕が用があるのは、生川 永和だ。」

「オイカワ…?」

「あぁごめん、ここではディア、だったね。ねぇディア。」


少女にそう呼び掛けられて、今まで沈黙していた永和が顔をあげて口を開いた。まだ気分が悪いのか、言葉はスムーズに口にできなかった。


「…今、さら…何の用だ…」

「あら、全然嬉しそうじゃないね。」

「バカじゃない?…こんなことをして何をしたいんだてめぇは…。」

「あら、あらら。優しいじゃない、この世界は。君にとって。競争主義の、他者を蹴落として幸せを手に入れるような元のあの世界じゃないのよ?しかもわざわざ脳に翻訳魔法まで組み込んであげたのに。それでも君は、他に何を望むのかな?」

「道理で言葉が通じるのと、単位が共通しているの、それと動物と会話できると思った…。

…今さら何を望むって言うんだ。生きることさえ、望まないのに。」


そう言うと、この世界に来てから初めて永和は笑みを浮かべた。ひどく、ひどく自嘲的なものだったが。


「じゃあ死にたいの?」

「…死にたくもない。」

「あは、生きることも死ぬことも拒む君は、一体何になりたいのかな?」

「…。」

「何にもなりたくない、か。ふふ、そう。そうなんだ。やっぱり面白いや。連れてきて良かった。何せこれは、僕の気まぐれだから。」


華奢な腕を大きく広げて、少女は大袈裟に、気まぐれ、を強調する。それに永和は、皮肉気に返した。


「…気まぐれで、異世界トリップってわけ?何、アンタは神様でも気取ってんの?」

「異世界トリップだなんて随分とチープな言葉を使うなぁ。別に僕は神様じゃあないさ。言っただろう?魔女だって。」

「魔女、ねぇ。」

「そう。幾世を生きる魔女様はとても退屈していてね。君のようなって言うと変だけど、色んな世界の人間を異世界トリップさせて、その人間の動向を見て楽しんでいるのさ。勿論、元の世界での君の存在はきっちり消させて貰ったよ。これで、別に君とて、悪い話じゃないだろう?」

「私の世界じゃ、他人の都合の良い話は信用できなくてね。」

「それじゃあ大丈夫!僕は人間じゃないからね。」

「…。」


反論できるような言葉が瞬時に頭に浮かばず、沈黙する。

どうにもこの飄々とした態度。永和にとっては最大級に苛立たせられて仕方がない。


「もう流石に反論出来ないかな?うん、それで実は僕は、その君に脳に組み込んだ魔法の説明をしようかとね、思ったんだ。だから此所に来た。

この世界での魔法は大きく分けて<能力(スキル)>と<特技(ユニークスキル)>。君が今使っているのは<特技(ユニークスキル)>で、どんな生物の言葉も自動的に全て翻訳してくれる魔法さ。それは自分が放つ言葉も、聞く言葉も全部ね。

名前は~、そうだね、二枚舌ならぬ、<千枚舌>とでも名付けようかな。」

「二枚でも使いこなせそうにないのに、随分と大層なものをくれたものね。」


何故動物の言葉まで翻訳する仕様にしたのか、意味が分からないと、嘲笑する永和に、魔女は範囲を制限するのが面倒だったから、と、笑いながらとてつもなくアバウトな理由を返した。


「よくある無効化とか創造とか、そういうチートな能力ではないけど、決して役に立たない訳じゃないから、良いだろう?読み書きはできないから、まぁそこは自力で頑張ってね。じゃ、待たね~。君の健闘を祈ってるよ。」


ひらひらと手を振ると、最後は永和の返事を待たず魔女は跡形もなく消え去った。まるで嵐のような登場と退場に、呆気にとられていたディートリヒは真剣な面持ちで、しかしまだまともな服を着ていない永和とメリーからは目を逸らし、言った。


「どう言うことか、説明してくれないか。」


それに永和は、わざわざ説明するのは面倒だな、と、疲れと諦めを込めたため息を吐いた。




ジュードの存在が空気です。可哀想に(棒)。

ちなみにこの世界の時間の尺度は同じで、60進法を採用しています。ただし、長さや重さは基準が違います。それはまあ後々。

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