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だから私はやる気が出ない。  作者: 灯火
一章 私と村と恩人(仮)編
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7話 ディートリヒ家の一日 その3



夕食の後、お風呂ということになったのだけれども、ド田舎だけあって、ボタン一つでお湯が沸くなんてことがあるはずもなかった。それどころか風呂は屋外、しかも五右衛門風呂ですって奥さん!水は自分で汲んでこいって奥さん!川まで往復1km近いんですけど奥さん!しかもそれを往復二回?合計2kmですってよ奥さん!


「殺す気かよてめぇ。」

「これがウチの風呂だ。風呂に入りたきゃ働け。」


ディートリヒさんに訴訟したけどダメだった。くそっ、この労働の鬼め。どうりで夕飯が老人みたいに早い訳だ。


結局、私とメリーさんで水を汲みに行くことになったんだけど、ディートリヒさんが渡してきた金属製のバケツは計6つ。おいそこは4つだろ常識的に考えて。とか思ったけど、メリーさんが4つ持ってくれた。というか、それがメリーさんにとっては普通らしい。待って、それに水を入れるのに片手に2つって耐えられるの、とかいう考えはすでに捨てた。メリーさんは片手に2つ、両手で4つの水が入ったバケツを軽々と持ち運んでいた。そんな細腕のどこにそんな腕力と握力があるんですかメリーさん。一体何者なんですかメリーさん。


私はというと、サイズが合ってない上に慣れないせいでとにかく歩きにくい革靴と、軽い引きこもりの私の体力では重労働以外の何物でもなく、水を運び終えた頃には汗だくで、早く風呂に入りたい一心だった。水を温めるのはご想像通り直火で、担当はジュードとディートリヒさん。


「え、あれ、おかしくね?力仕事は女任せなの?」


私の国じゃ、力仕事イコール男でしたけど、ここじゃ力仕事イコール女なの?かつて過去に私も一度だけ女扱いされたことがありましたよ。重いからと運んでる椅子持ってくれるみたいでしたよ。『うるせぇ女扱いすんな!』って突っぱねて本当にごめんね。今ならそう言えるよ。だって指が千切れるかと思ったんだもん、バケツ運ぶの。


「ちなみに薪を割っているのもメリーだ。」

「ディートリヒさん、この家の力仕事は全部メリーさん任せじゃないですか。男としての威厳とか無いんですか。」

「…それでもメリーなんだ。」


一応プライドが無い訳ではないみたいだけど、それを上回るほどメリーさんは怪力らしい。暴れるジュードを軽々と引きずるのからしてちょっと怪しんではいたんだけど、ここまでとは思わなかったよ。メリーさんには逆らえないね、うん。


「もしかしてメリーさんってリンゴとか握りつぶせちゃいます…?」

「リンゴどころかジュードの頭もいけちゃいますよぉ。」


刹那、私の想像の中でジュードが逝った。


「ディア様が仰るのなら何時でも殺れちゃいますよ~!」

「止めて、そっちの殺る気は出さないで。目が割と本気だからジュード怯えちゃってる。」

「うっ、うるせぇ!怯えてなんかねぇよぉ!」

「ジュードが怯えようが殺されようが構わないんだけどさ、さっさとお湯沸かしてよ。早くお風呂に入りたい。」

「俺より風呂かよ!てめぇは一度俺様を助けたからって調子に乗りす…」

「…君は誰に向かって口をきいてるのかな?メリーさんは今、君の頭を握っている。そして私がゴーサインを出せば君は何時でも逝ける…つまりは君の命は私が握っているのだが…もう一度問おう。君は誰に向かって口をきいている?」

「モウシワケアリマセンデシタ、メリー様ディア様。」


うむ、分かれば良い。あれどうしたんですかディートリヒさん、そんな悪魔を見るような顔をしてなくても。


「お前ってその…なんだ、…悪魔だな。」

「言葉を濁そうとした割には全くオブラートに包みませんでしたね。

まぁ良いです。一番風呂はメリーさんか私にくださいね。」

「お前は遠慮が全く無いな。…ダメだと言ったら?」

「もれなくメリーさんがあなたを殴ります。」

「おいっ、メリー!お前の主人は俺だよな?!」

「えへへっ、ディー様<ディア様でございまぁす。」

「裏切りやがった、こいつ!」


そして一番風呂は、私『と』メリーさんのものになった。

…一緒に入るつもりはなかったんだけど。






お風呂に入る準備ができた頃には、すっかり陽も沈んでしまっていた。

流石にタオル一枚は、寒い。けれどもメリーさんの胸はいくら寒くとも主張するのは忘れていないようだった。むしろ服を着ていたときよりもずっと大きく見える。しまった、着痩せするタイプかこの人…!


「ディア様、お背中流しますよ~!」

「え、いや、大丈夫です。メリーさんは先に湯船に…」


力加減ができないドジっ子属性とか持ってたら私の背骨が逝っちゃうから、本当怖い。背中流すだけなのに命懸けとか勘弁です。

石鹸とタオル片手の笑顔のメリーさんマジホラー。おかしいなぁ、タオルが凶器に見えるよぉ。


「遠慮なさらずに、さあ!」


強制的に背中にタオル押し付けられた瞬間ちょっとだけお花畑が見えなくもなかったけど、メリーさんにドジっ子属性は無かった。よかった、私、明日の朝日を拝める…!

でも草の上に全裸の女の子が二人、体を洗うって一見すると、とんでもない光景だね。文字にしてもとんでもなさそうだ。


鼻歌混じりに私の背中を洗ってくれるメリーさんは何故かご機嫌だった。それも含めて、私は疑問に思っていたことをメリーさんに聞いてみる。


「…メリーさんって、ジュードは呼び捨てなのに何で私は様付けなんですか?」


すると、私の背中を洗うメリーさんの手が止まった。背を向けているせいで、メリーさんの顔の様子は見れない。…しまった、地雷踏んだとかないよね。


「…私、こんな見た目だから、生まれたときから気持ち悪がられてばかりだったんです。」

「…。」


メリーさんの瞳と髪は血のように真っ赤。この世界の人にとっては、その色は忌み嫌われる色らしい。不吉、というイメージでもあるのかな。


「ディア様、私の耳を見てください。」

「?…はぁ。」


くるりと後ろを振り向くと、少し欠けた月をバックにした紅色が、視界いっぱいに広がった。薄黄の月のせいか、濡れた真紅の髪と瞳が昼間の何倍も神秘的に見えてしかたがなかった。髪にまとわりつく滴が、月に反射して煌めく。加えて、常人離れした整った顔だ。綺麗、という感想以外頭には浮かんでこなかった。


「ーーー…、」


幻想的なメリーさんに息を飲んでいると、ゆるりとウェーブした髪からぴょこんと、人間の丸い耳とは違った、先が尖った耳が現れた。


「私、魔族とのハーフなんですよ。」


そう言うメリーさんは、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

彼女の頬を流れる水滴が、一瞬涙に見えてしまって、どきりとしてしまった。いや、キマシとかじゃないからね。


「幼い頃に母と父を亡くした私は、野良として生きていく他ありませんでした。魔族でもあり人間でもあり、魔族でも人間でもない私は、どちらの世界で生きていくのも許されませんでした。存在することすら否定され、奴隷の方々の方がまだ良いと思えてしまうくらいでした。そんな私を、こう言ってディートリヒ様は拾ってくれたのです。綺麗な紅色だな、と。」


…あいつ案外女たらしなとこあるんだな。ごめんメリーさん。ハートフルな出会いよりもそっちが気になっ…


「正直こいつ殺してやろうと思いました。」

「あれっ?もしかしてメリーさんもひねくれてる?!」

「…耳は隠せても、髪と目だけは隠すことが出来ませんから、何よりもこの色が私自身も嫌いで、今更誉められたところで嬉しくもなんともないんですよぉ。」


どうしよう、ディートリヒさん…本当にざまぁです…。


「でも、あんな人でもちゃんと一人の命として扱ってくれたことが、本当に嬉しくて、私はあの野郎に仕えようと思ったのです。知識も、魔法も、教養も、すべてあの野郎が教えてくださいました。」


ディートリヒさん、あの野郎呼ばわりされてるよ。口説かれたこと未だに根に持たれてるよ!そのせいで全然心に響かない!

もしかして昔のメリーさんの言葉遣いってヤンキーみたいだったのかな。…だとしても想像できないけど。


「しかし、ディア様は私の容姿など一切気に留める様子もなく、私の大きな力を知っても尚、私と普通に接してくれました。」


私って友達が髪を切っても気付かないタイプだからさ。なんて言っても伝わらないよねって言うか、綺麗な髪とか思っちゃったよごめんなさい。言ったら私の背骨がサヨナラしちゃうね。


「それがとっても嬉しくて、私、ディア様のこととっても尊敬してるんですよ…えへへ、ついつい喋ってしまいましたね。どうぞ湯船にお浸かりください。」


私の体に残った泡を軽く洗い流してくれたメリーさんは、私の脇を持って軽々と持ち上げると私を風呂の中にゆっくりと入れてくれた。気分は介護された老人だ。


「あの、…私は別に様付けは要らないんですけど…」

「いえいえ、私が様を付けないのは余程の方で無い限りありませんよぉ。」


…ジュードよ、お前は彼女に一体何をしたのだ。余程って絶対悪い方の意味で、だよね。地味に気になるけど、聞いたらメリーさん、手にある石鹸を握りつぶしそうだからやめておこう。きっとスライムのようにぐちゃりと歪むはずだ。


「…、別に私は尊敬されるような人間じゃあ、」


ふと、水面に反射する私の顔を見て、私は目を見開いて驚いた。

なんて、…なんて生き生きとしているのだろうと。

前の世界の私は、鏡をいつ見ても無愛想な、死んだ魚みたいな半開きの目をしていた。疲れて、諦めて、失望して、何のやる気もなくなってきていた私は、気付けばどこかに消えてしまっていた。

そして、気付いた瞬間、それらがすべて戻ってきた。

生きることを否定した自分が、今日の私を責めたて始める。

人間なんて信じるものじゃないぞって。生きることは楽しいことじゃないぞって。

あの男も、あの男も、あの女も、みんなみんな、信じられないぞって。だって優しい人間なんか、

ーーー胸が、苦しい。苦しい、苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいーーー…


「…るしい…」

「?何か仰いましたかディア様……ディア様?!」


そこで私の記憶は、ふつりと途切れた。




ブクマ2件!ありがとうございます!

本当に稚拙な文ですがよろしくお願いします。春巻き食べたいです。

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