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だから私はやる気が出ない。  作者: 灯火
三章 ゴブリン王国 編
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32話 追跡

前回のあらすじ!不審者だ!奴を魔法で拘束せよ!!



「悠仁!!!!」


物集のせっぱつまった叫びに間をおいてたどり着いた私たちが見たのは、呆然と立ち尽くす物集の姿しかなかった。


「…り、利人…お兄ちゃん…は…?」

「……。」


何が何だか分からない酒々井妹の問いにも、ただ物集は何もない地面を目を見開いて見下ろすだけだった。


「物集…何があったの。」

「…。」


当の本人も状況を理解できてないらしく、答えはたどたどしかった。


「悠仁が…相手を追いかけて…追い付いたかと思ったら、いきなり消えた。」

「…消えた?」


先程物集が聞いた『転移』という言葉から考えて、魔法で敵が瞬間移動しようとしたところに酒々井が巻き込まれて連れてかれた、という可能性が高い。…となると、酒々井は敵の陣地に今現在在る、ということになって。


「これ、…不味いんじゃない?」

「…ッ、生川!!あいつが何処に行ったかわかんねぇのか?!」


今にも胸ぐらを掴まれるんじゃないかと思うほどの気迫で迫られて、私は数歩後ずさった。


「わかっ…まずは調べないことには、どうにもならないわよ。」


反射的に分からない、と言いかけて、止めた。

調べてもどうにかあるとは思えないが、ここで物集と口論にはなりたくない。…まず何を調べれば良いのかさえ、分からないが。

酒々井が消えたらしい地面を見ても、ただ薄茶の乾いた地面がそこにあるだけで、他にはなにもない。

今やれることと言えば、ジュードに現状を報告するくらいだ。

私はおもむろに肩からさげたカバンから、片手で何とか持てる程度の大きさの水晶を取り出して、魔力を流し込む。


「《通信()》」


そう唱えると、透明な水晶が淡く白く輝きを帯び始め、すぐに、


「ディアか!」


聞き知った声と共にジュードの切迫した顔が水晶に映し出された。


「大丈夫だったか!?何かあったか?!」


まくしたてるジュードに対してどうしたものかと私は小さく息を吐き、何から話そうかと黙考し、口を開く。


「あー、まあ、“生きた”人はいませんでした。そのあとおそらく魔法罠<マジックトラップ>によって爆発に巻き込まれ直後多数のゴブリンと戦闘開始。さらにその後、何者かからの攻撃を受け追跡するも、酒々…悠仁が不審者と共に消えました。おそらく、存在するのなら、転移魔法によって。」

「ジンが?!…そうか。此方としては動ける状況ではないが、ディー様と連絡がとれた。」


ジン…悠仁のことだ。いつのまにこいつら仲良くなってたんだ。

あ、ディーさん生きてたんだ。という言葉は閉まっておいた。


「すでにそっちに向かうように頼んだから、まずはディー様と合流してくれ。…ユージンのことは、それから考えよう。」

「了解。」


ぶつん、と映像が消えたことを確認して、酒々井妹と物集の方を振り返る。こっちの世界の言語が通じないと説明しなきゃいけないから、面倒だ。あの魔女、ご都合主義でもなんでもいいからこの不便をどうにかしてくれ。


「今ディートリヒさんがこっちに向かってるらしいから、合流してから考えるって。」

「…そうか。」


物集は動揺が大分おさまってきたようだが、妹の方は未だ表情が沈んでいる。しかし今更私が励ましてどうにかなるものでもないので、すぐに視線を天に逸らす。

この世界の空も、嫌になるほど透き通っていた。空の蒼と雲の白が、本当に嫌になるほど、綺麗だった。広く広く、永遠にでも広がっていそうな、空。何故か酷く、私の心を揺さぶる。

この感覚はなんだっけ。既視感と安心感…。忘れているような気がする。忘れてる?本当に?何を?私は、何かを忘れているの?


「…………………物集。…他に気配は?」


何とも形容しがたい、雲を掴むような感覚を無理矢理言葉で振り払う。


「いや…何も。」

「そう。…。」


空振りする苛立ちに委せて、踵を返しては当てもなく歩みだそうとする私を、物集が呼び止めた。


「生川。」

「…何よ。」

「悪ぃ。取り乱した。」

「…。」


何だそんなことか。言わんばかりに私は息を吐く。


「別に。」


苛立ちを抑え込むことに集中していたせいで、ぶっきらぼうにしか返すことができなかった。


「名字呼びになったな。」

「…何よ今更、アンタまで気にするの。戦闘中に一々長ったらしい名前を呼ぶ暇が無かっただけ。」

「まったく、お前はとんだ人見知りだよな。人の名前呼ぶくらいでハードル高すぎじゃねぇの?」


くつくつと笑うあたり、物集は私を単純にからかってるのだろう。


「はいはい、コミュ障でどーもスミマセン。」


会話の内容には激しく苛立ちを覚えるが、軽口を叩けるくらいには落ち着いたと思えば…いややっぱりムカつく。

私は正直、人の名前を呼ぶことを忌避する、とまではいかないが、何となく無意識か意識か、避けている。大体は名字呼びだが、この世界に来てからは日本名でないために何と呼んでも違和感しかなく、誰かを呼ぶ度になんとも言えない、むず痒さ、にしては鬱屈したそれを抱き続けてきた。


「心配してないの?…酒々井のこと。」


下手な切り出しで会話の内容を逸らした。我ながら、会話能力の無さには呆れるしかない。

ーー物集が心配してないわけがない。そんなことはさっきの動揺からして分かるに決まっている。


「…まー、さっきはテンパったけどよ、よくよく考えたら、アイツなら大丈夫じゃねぇかって…思う。急がなきゃいけねぇのは変わらないけどな。」

「…。」

「信じてるよ。」


その時、ばさり。突如、遥か上空で空気を凪ぐ音がした。

それに反応して見上げると、鳥、などでは片付けることのできないほどに巨大な翼を広げる何か。言うなれば、空想上の龍の、翼に近い、しかし翼以外は見知った、紅蓮の容姿。

一瞬、信じることができなかった。龍のような双翼を翻し、紅の髪をたなびかせ、いかにも頑健な赤黒い鱗に覆われた蜥蜴のような尾を揺らし、現れたのはーーーメリーさんだった。

専用に作られたらしい、ディートリヒさんとマーレさんを乗せた革の腰掛けをさげ、ゆっくりと高度を下げながらメリーさんはいつものように此方に向かって柔らかく微笑んだ。とは言え、かなり疲労を募らせたらしく、ややそれは力無かった。


「ディア、大体はジュードから聞いた。」

「とりあえず色々と驚きたいですが、今は本題の方を話しましょうか。」

「あぁ。…端的に言えば、俺達が見た山の向こうの村々はすべて…ゴブリンに支配されていた。」

「…凄いことになってますね。」

「俺とて驚いている。ゴブリンはそもそも知能が高くなく、群れをなすことも稀なんだ。たまにゴブリンの異常成長個体が長となって群れることもあるが、多くはすぐに<自由人>によって殲滅される。ゴブリンの特徴として個体は雄のみで、相手が自分より大きな個体ならば異種族でも交配を行い、ゴブリンを産ませることができるからなかなか絶滅はしないが。」

「異種族交配って…うわぁ。」

「この村に女性がいないのは、ゴブリンに連れ去られたからだろう。ーーーもちろん、交配用にな。」


ディートリヒさんは苦々しげに眉にシワを寄せた。

私としても、気分のよくない話だ。

人間が、ゴブリンを産む。あまりにもおぞましい現実だ。それはおそらく今も、続いている。幾人の女性が孕ませられ、産まされている。

ゴブリンの言っていた、使える、ということはつまりそういうことだ。

酒々井の件と併せて、やはり立ち止まってはいられないらしい。


「しかし今回は、それらとは比べ物にならない規模だ。おそらく何者かがバックについてるとは言え、被害の程度も、ゴブリンの数も。地域ひとつが支配されるなんて聞いたことがないぞ。まったく、どうなっているんだ。」


乱暴に頭をかくディートリヒさんは、余程追い詰められたように見えた。中々に余裕がないようで、表情から見ても明らかだった。


「それで、お前達が遭遇したゴブリンだが…転移魔法の類いだろうな。召喚魔法もなくもないが、ゴブリンは人間と契約なんてしないし、何より数が多すぎるからほぼその可能性はないだろう。」

「あぁ、やっぱりそうですか。」

「…ただ。」

「?」

「こういった物質そのものを転移させる魔法ってのはな、コストが大きいんだ。」

「と言うと。」

「転移させる場所と転移魔法を行う場所の二ヶ所に魔方陣の設置が必要となる。二に、というかこれが主な理由なんだが、魔力の消費が大きいんだ。自分一人を転移させるだけでも、そうホイホイと平民程度の魔力では扱うことができない。そんじょそこらの兵士でも、普通に魔力が足りない。」

「ほお。」

「にも関わらず、何十体ものゴブリンを一瞬で平気で出現させるなんて芸当。加えてお前らが喰らった魔法の威力からしても相手は信じられないような量の魔力を有している…。つまりはーーー…」


そこで、ディートリヒさんは口をつぐんだ。

しかし、そこから先は私も理解できた。


「…それって。」


ーーーまさか、あの不審者は<黒の民>だった?


私も信じられずに、言葉にすることができなかった。


「何それ、アリなの?」

「俺だってナシだと思いたいが、人間の形としてそれだけの魔力量を持ち得るとしたら、<黒の民>ぐらいしか考えられない。」

「でも、それは伝説上の存在なんでしょ?」

「確かに、その他の選択肢の可能性だって十分に在る。が、今考えられる現実的な可能性としては、これが一番なんだ。」

「…。」


伝説が最も現実的、なんて、あまりにも矛盾した笑い話だ。

けれど、私としても、具体的な予想としてはそれ以外考えられない。

もしその人物が私たち同様に魔女につれてこられたとして、あんな風に殺意満々な魔法を飛ばすのだろうか。素でそうだとしたらかなりの危険人物だ。逆に、元々この世界にいた<黒の民>ならどうだろうか。…存在からすでに曖昧ゆえに、何とも言えない。


「今はいくら考察しても情報が足りない。それに、早急にジンを助ける必要があるだろう?」

「それもそうですけどーーーどうやって追跡するんですか?」

「それ自体は何とかしてみせる。」


やけに自信ありげに断言すると、酒々井が消えたらしい場所の傍にかしずき、地面に何やら魔方陣を描き始めた。

ガリガリと指で地面をなぞるあたり、なんだかシュールな気もする。


「迷いの中に示せよ一閃。我求めしは光なり。我は導き手。我求めしは標なり。盲目の我らに救いの燈を…<明転(ライトニング・トレイス)>!」


「メリーさん、あれ、何です?」


ぶつぶつと詠唱を続けるディートリヒさんについてメリーさんに問う。いつのまにやら生えていた翼や尾は、消えていた。しかし疲労の色は濃く残っている。


「あれはーーー魔法の残痕を見るための魔法です。」

「はぁ。」


いまいちピンとこなくて、首を捻った。


「通常、魔力は、魔方陣を描くとき以外には感じることができません。言わば、それを感じるーーー見ることのできるようにする魔法とでも思ってください。」

「まあ、それならなんとか。」

「それを元にして、ディー様は先程使われた魔方陣を再現しようとしているのです。」


その魔方陣の復元を終えたのか、立ち上がってディートリヒさんは私に読めと言わんばかりに足下の魔方陣を指差した。


「はいはい。この魔方陣に立って読めば良いんですよね。…これって魔方陣の一部分に触れてれば良いやつなんですか?」


私の問いにディートリヒさんは頷いて肯定を示した。

よかった。この大して大きくもない魔方陣の中に六人が詰め込む事態は避けられた。


「じゃあまぁ、このまま行きますか?行った先は確実に敵陣ど真ん中でしょうけどねぇディートリヒさん。」

「だが、ジンのことが放っておけないからな。大丈夫だ。戦い慣れしてないお前たちのフォローくらいはするさ。」

「…期待はしませんからね。」


全員の(主に気持ちの面での)用意ができたところで、酒々井妹に魔方陣を読んでもらい、それを私が復唱ーーー翻訳する。


「沈めよ天。昇れよ月。沈めよ月。昇れよ天。巡れ巡れ。我ら空翔る星と成らん!<転移(オーミット・ディスタンス)>!!」


緊張で鼓動が加速する。指先が震える。

それらを振り払うために息を吸い、まくしたてるように唱えると、足元の魔方陣が金色の光を帯び、放ち、私たちの視界を真っ白に染めた。直後、バチッと何かに弾かれたような衝撃が全身を走った。





やや間が空きましたが、今回も読んでくださってありがとうございます。


やめて!戦い慣れしていないのに一人ゴブリンの根城に取り残された悠仁に大勢のゴブリンが襲いかかったら悠仁の命は燃え尽きちゃう!


お願い、死なないで悠仁!あんたが今ここで倒れたら、魚佳や利人はどうなっちゃうの?魔力はまだ残ってる。ここを耐えれば、仲間が助けに来るから!


次回「悠仁死す」。デュエルスタンバイ!


嘘です。

多分悠仁視点「邂逅」

題名は変わる可能性が50%ほどあります。


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