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だから私はやる気が出ない。  作者: 灯火
三章 ゴブリン王国 編
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31話 生命(いのち)

前回のあらすじ!ゴブリンの集団に囲まれた!以上!!


「ッ…囲まれた!どうする!!」

「ーーー、そこ、前衛二枚!」

「何だ!」

「何や?!」

「あとはよろしく。」


とだけ言い残して私は酒々井妹を後ろから抱き抱えて、銀の靴の踵をうちならす。と、周りに風が起きて私と関西人妹共々、空中へと風が押し上げる。この場合、守るものは戦いにおいて足枷にしかならない。

二人分の体重で浮くのはやはり魔法消費やら腕力の関係で長くは持たないので、早々に近くの家の屋根へと下りる。藁葺き屋根だが、何とか立ってはいられそうだ。


「これで心置きなく、援護できるわよ。」


そう吐き捨てて私は杖を構えて魔法を使う準備をする。と、


「生川殿。」

「、何。」

「ありがとう、なのじゃ!」


ーーそう言って、酒々井妹は、バカみたいに無邪気に、にっと歯を見せて笑った。


「…、」


私はその言葉にどう返せば良いか分からなくって、この苛立ちをどうすれば良いか分からなくって、


「別に。あそこにいたらむしろ邪魔なだけでしょ。」


言葉を濁して、曖昧に返した。

今は目の前の敵だと、無理矢理に思考を切り替えて。


「…。」


そして、どうやって援護しようかとも考える。炎だと民家に燃え移る可能性もあるし、雷も同じく火をつける危険がある。

さらに周りに民家が密集している以上、大規模な魔法を考えなしにぶっぱなすこともしづらい。さらにさらに、何体かこちらに寄ってきているゴブリンへの対処もしなくてはならない。しかもそのゴブリンたちは


『メスだ。メスだ。』

『どっちも時期になっている。使える。使える。』

『連れてケ。連れてケ。』


こんなゾッとするようなゴブリンの声まで聞こえてきて、すぐには登って来ないにしろ、無視できない。

結局は放っておけないので、隣で酒々井妹が魔方陣を空中に描いている間は寄ってくるゴブリンの対処に回ることにした。使う魔法は、つい今日練習していた遠隔操作魔法だ。


まずは、意識を集中する。耳元でどくどくと鼓動が五月蝿いほどに鳴り響く。

それから、自らの魔力を杖を伝ってゴブリンの持つダガーナイフまで伸ばす。それも同時に二つ。

ダガーナイフと魔力が繋がったことを確認したら、改めて杖を握りしめ、すう、と息を吐いて、呪文を唱えた。


「〈命令発信式発動(リモート)〉!!」


瞬間、杖の水晶が黄色の光を放った。

2体のゴブリンのダガーナイフが、まさに見えない力によって奪われ、ワイヤーで吊るされているわけでもなく、正真正銘、宙に浮いた。

ダガーナイフは鍬に比べればずっと短い刃物だから、鍬よりかはずっと扱いやすい。ただ、私は魚を生きたまま捌くことすら経験がないので、目の前の生物に刃を突き立てることに、ひどく躊躇した。

それでも、躊躇っていたらこの世界では生きていけない。


「…ッ…!!!」


私は奪い取った二本のナイフを操作して、得物を失った二体のゴブリンに、ほぼ同時に首を狙って突き立てた。

直後、噴水のごとく吹き出る赤。びくんびくんと数回痙攣した後、〈それ〉は動かなくなり、ただの意思を持たない物体と化した。


「ーーひっ……。」


息を吸い込むような小さな悲鳴と同時に、手が微かに震える。

殺した。私が、殺した。死んだ。命が、死んだ。

その事実は抗いようもなく、私を恐怖に貶める。

死ねば動かなくなる。そんなどうしようもなく単純で明快な事実が、私は恐ろしかった。

遠隔操作魔法では、基本的に動かした物に対する感覚は伝わらない。だから、ナイフが肉を貫いたとて、その感覚は私には伝わってはこない。はずなのに。ひどくひどく生々しく、肉を抉る感触を、錯覚した。


本当はこんなの今すぐに止めたい逃げ出したい見たくない聞きたくない考えたくない。


足元から這い上がる恐怖が体温を奪う。

指先が、口元が、細かく震えて声も出ない。

大きく見開かれた両目は絶命したゴブリンに固定されていて、ぴくりとも動かすことができない。


ーーーあれ?何だろう。

絨毯のように広がる血潮に抱く、既視感。

何かを、思い出しそうだった。でも、何か壁にぶつかって、そこから先に進めない。

何で、見覚えがーーーー



「生川殿ッッ!!!」

「!!!」


酒々井妹の呼び声で私は現実へと引き返された。


「ゴブリンが!!」


反射的に振り向くと、いつのまにやら裏手に回っていたゴブリンたちが、どんな方法でかは知らないが、屋根によじ登ろうと手をかけていた。

醜悪な顔を覗かせるゴブリンに私は一瞬戸惑い、そして反射的に魔法を発動させた。


「〈雨の銃弾(ウォーターバレット)〉!」


私の頭上に幾つもの拳大の水の塊が出現し、ゴブリンへと一直線に飛んでいく。かなりの速さを持ったそれらは、殺傷力は無いにしろ、衝撃はそれなりに大きい。顔面に水の弾を受けたゴブリンたちは、次々と為す術無く地面に落下する。

けれどこれでは焼け石に水だ。どうせまたあいつらはよじ登ってくるだろう。


何を甘いことを考えていたんだ。

生きるために殺すくらい、当然なことだ。

今さらーーー躊躇うな。


一度遠隔操作魔法は接続を切ってしまったので、また別のゴブリンの物を奪取して、二つ同時に操る。

今度は、止まらずに、できるだけ首の動脈を狙って、着実に敵を捌く。

考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。

相手は敵だ。これは生きるためだ。

そう無理矢理思い込ませて、何体も殺した。

殺して殺して、殺した。


そうして、どれくらい時間が経ったのだろうか。

あるゴブリンは炎で焼かれ、あるゴブリンは雷にうたれ、あるゴブリンは風で引き裂かれ、あるゴブリンは血を撒き散らして倒れていた。


視界に溢れかえる死に目を逸らしつつ、屋根からおりてはまた調査を再開、したいところだが、一先ず休憩することにした。


辺りに漂う肉の焼けた臭いと血の臭いが混ざりあって鼻孔を犯し、無理矢理に胃の中身をぐちゃぐちゃに掻き乱す。 

とはいっても、朝御飯をまだ食べていないから吐いたところで出てくるのは胃液くらいだろう。


「う、えぇぇ……。」

「魚佳、大丈夫か?」


酒々井妹は耐えられなかったらしい。兄が背中をさすっていた。


「お前も吐くか?」

「何、かけられたいの。」


私はじろりと物集を睨んだ。


「残念ながら俺はぶっかけられるよりもぶっかける側」

「突っ込まないわよ。」

「そうだろうなぁ、俺が突っ込む側だからな。」

「……。」


この下ネタ野郎をどうしたものか。

ただでさえ疲れているのに、これ以上疲れるのは勘弁願いたい。


「…一応聞くけど、こっち側の被害は?」

「俺も悠仁も、戦闘慣れも武器慣れもしてないから、多少腕とか背中に攻撃は喰らったが、傷は浅い。」

「回復魔法は要る?」

「何だ、心配してるのか?」

「ほらさっさと傷見せろよ悪化させてやる。」


にやりと笑う物集に苛立ちを覚えるが、ぱっくりと斬られた腕の傷を見ると、すぐさま消えた。


まずは傷口を洗いたい。一応井戸はあるはずだけれど、煮沸消毒しない限り傷口には使いたくない。

でもぶっちゃけ鍋持ってきて水汲んで煮沸してある程度冷ますのは面倒くさい。すごく面倒くさい。


「まあ良いや。〈雨の銃弾(ウォーターバレット)〉。」


そう唱えると、杖の水晶が青く輝き、水球が出現、飛来し物集の傷口にぶつかりながら洗い流した。


「いッ…ってぇ!雑すぎだろ!」

「いやなんか優しくするの面倒くさい。はい〈治癒(ヒール)〉。」 


すると今度は、水晶が緑色に光る。

みるみるうちに傷口が塞がって、化膿もないことを見届けて私は踵を返し、酒々井の元へ向かう。妹の方は一通り吐いたようで、民家の影で膝を抱えて座っていた。


「ほら、アンタもさっさと傷みせろや。」

「何で語尾のガラ悪くなるんや…。」


物集と同じように治療していてふと気付く。傷の数が、明らかに物集よりも多かった。思考強化魔法のお陰で、本人曰くスローモーションのように見えるから、むしろ戦闘に関しては物集よりも酒々井の方が上なはずだから、不思議だった。けれどそれは一時の疑問にすぎず、ゴブリンの襲撃の方が重要だった。


「にしても、さっきはビビったな。」

「爆発の後にすぐゴブリンの大群が出てきよったからなぁ。」


物集と酒々井が溜め息を吐いた。


「おおよそ、爆発である程度敵を減らして残ったのをゴブリンで殲滅するってとこでしょ。…まぁ、調査の遅延とか、そこらあたりが目的じゃない?


それと、人の声が聞こえたっての、それってここから離れてる?」

「あ?いや、そこまでは…」

「それって生存者がいるってことなんか?!」

「生存者、にしては随分と言葉が淡々としすぎてたように思うが…。」


物集は顎に手を添え、思案する。


「それってどんな感じだった?」


私なら言葉の意味が分かるから、と聞いてみると、


「ほとんど聞き取れなかったんだがな…確か『転移』みたいな単語?が聞こえたような気がしたが…」

「…転移?」

「あぁ、そんな意味なのか。」

「まあね。」

「となると、それを言った奴がゴブリンをけしかけた張本人ってことか。」

「決めつけれはしないけど可能性は高いわね。」

「…もしそうだと仮定したら、そいつがまだこの村にいる可能性は…?」


物集の考えに、辺りに緊張が走る。


「また攻撃が来るんか?!」

「物集!アンタ何か聞こえないの?!」

「とりあえずお前ら一旦黙れ!……あっちだ!」


私には分からないが、何かを聞いて物集が指差す50m先の屋根の上に人影。その姿は紺色のフードとマントに隠されていて伺い知ることはできないが、はっきりとただひとつ、宙に魔方陣を描いて魔法を発動しようとしていることだけは明らかだった。しかも、完成間近。


「魚佳!あれ何の魔法か分からんか?!」

「遠すぎて見えないのじゃあ!」

「とにかく迎え撃つわよ!!」


そう叫んで私は魔法で防御壁を展開した。今度は白く水晶が輝き、半透明の球場の壁が私たちを覆う。

そして数瞬後、先程の爆発とは比べ物にならないほどの閃光と轟音、衝撃が私たちを襲った。


「ぐう、う……!!!」


正直言ってちょっとキツい。一瞬でも力を抜けば壁が破られそうな勢いだった。


「生川殿!」

「…大丈夫。それよりも、攻撃が止んだらアイツをどうにか、してよねっ!」


私たちが本当に伝説の〈黒の民〉なのなら、こんな攻撃ぐらい易々と受けきれるだろう。頭の片隅でそう考えていると、攻撃がやんだ。

辺りは死体すら残さず消し飛び、地面は抉れ、私たちのいた場所とその後ろ以外を残して小さなクレーターが出来上がっていた。

遠目では分かりづらいが、魔法を放った人物が動揺した、気がした。


「酒々井、物集!」

「よし!行くで利人!」

「おう!」


しかしその光景に気にする暇もなく、二人は弾けたように飛び出す。

それから遅れて私と酒々井妹も駆け出す。


「生川殿。」

「何。」

「名前で呼ぶんじゃな。」


走りながらにやりと愉快気に酒々井妹は笑う。


「戦闘中、長ったらしい名前を使うわけにはいかないでしょ。」

「お主は言い訳ばかりじゃの。」


何気無い風に呟かれたはずのその言葉は、私の心にぐさりと深く突き刺さった。どうにも返せず、ただ黙って前を見つめるしか出来なかった。


敵はあのあとすぐに屋根からおりて、民家の死角を利用しつつ逃走を図ったようだが、物集の感覚強化魔法のお陰で見失わずに追跡し続けていた、のだが、いくら身体強化魔法を使っていても元の体力の差のせいでみるみるうちに離れていき、ついには見失ってしまった。


「ちょっ…あいつらどこッ…。」


半ば苛立って吐き捨てた直後、


「悠仁!!!!!!」



物集の切羽詰まった叫びが、響いた。






え?前回のあとがきと題名が違うって?あはは、よくあることよくあること。


次回こそ「追跡」

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