30話それでも俺は助けたい
「ゴブリンが…村を壊滅させただと?!そんなことが…」
ナントカ村から来たらしい村人の言葉に、ジュードは激しく動揺してうた。ぶっちゃけ私も、雑魚モンスターのイメージのあるゴブリンがすることと言えばせいぜい賊の真似事くらいかと思っていたから、内心驚いていないわけではなかった。
「村を…村を…助けてください…!!私には…妻も娘も助ける力がないんです…!!!」
ただ涙を流し、男は訴える。
そうこうしているうちにも、遠くからいくつもの馬の足音が近付いてきていた。おそらくは、騒ぎを聞き付けた村人たちだろう。
大勢の人の中にいるのは、やはり危険な気がして、私は一歩二歩、後ずさった。
「ねぇ。…これ、私たちは部屋にいれば良い?」
あまり大声で話せるようなことでもなかったので、そうジュードに囁く。素顔を晒すことができない今、私たちフードを被った日本人たちは不審者以外何者でもない。変に勘ぐられても面倒なだけだ。
「…いや。」
否定。その予想外の返答に私は一瞬困惑した。
「先行して、村の様子を見てきてくれないか。ウオカ達と共に。」
「!…………それは、私たちがやらないといけないこと?」
あまり派手な大立ち回りは避けたかった。
そうでなくとも、既に何人かに私たちは姿を見られたのだから。
ディートリヒさんと同じく、私は正体を明かすことにはかなり慎重になっている。そこ、その割りに隠せてないとか言わない。
この世界でいう<黒の民>は伝説にも等しい存在で、魔法文明が明らかに他よりもずっと進んでいたとも、膨大な魔力を有していたとも伝えられている。とは言えここ二千年の記録上には<黒の民>に関する記述はまったく見つかっていないらしく、結局はお伽噺の上での登場人物だと言うのが、一般の見解である。だからこそ、黒い姿を見られても案外冗談として扱われるという可能性もなくはないが、しかし逆に畏怖やら期待やらの興味を持たれる可能性の方が高いはずだ。最近、国々の間の情勢が不安定らしく、他国との戦争も囁かれる今、兵器として扱われる可能性すら、捨てきれない。むしろ最重要視されるべきだ。
とまぁ、そんなこんなでまとめればめんどくせぇことにはなりたくないから隠れていたい。そういうことだ。
そのことは、ジュードとて重々承知のはずだ。
それでもやはり、ジュードは私の言葉にしかし食い下がる。
「分かっている。だが…俺たちは民を守ること。それを怠ってしまえば、俺がここに存在する意味はない…!!」
「…。」
理由はやはり、領主の部下という立場なのだろうか。
いまいち共感し難い考えからは思考の焦点を逸らして、
「…一応、あいつらにも確認するから。」
「感謝する。」
私は半ば諦めたように息を吐いた。
「…で、そう言うわけだけど、どうする?」
食卓でパンを貪っていたバカ達に事情をかいつまんで説明して、問う。
自分とは関係の無い世界での出来事だと無視するか、それでも助けるか。薄々答えを分かっている自分が、やけに腹立だしかった。
「まあ、悠仁のことだから、答えは一つだろうな。」
「そうじゃな。」
分かりきったという風に二人は苦笑した。
「…言っとくけど、ここは日本とは違って人は簡単に死ぬし、命の恩だって仇で返されることなんて珍しくはないはずだからね?」
「それでも俺は助けたい。そう思う。」
そう答える関西人の目は、ムカつく程に真っ直ぐだった。
「…はぁ。」
分かりきっていたはずのその返答に、鬱々として私は溜め息を堪えられなかった。私としても、無視は出来なかった。と言うのは、主にマーシュさんの言葉が気がかりだからだろう。
「じゃあ、さっさと準備して、さっさと終わらせてさっさと帰るわよ。」
とにもかくにも行動が決定したので、然るべき事態に備えてそれぞれが散り散りに部屋へと戻った。
役目としては、ジュードが村で人を集めて準備している間に先に村に着いて生存者の捜索やゴブリンの残党退治が、主なものだ。
しかし、フードを被った不審者四人が馬で駆けていくのは流石にまずいので、近道も兼ねて私たちは馬で裏山を通って問題の村へと向かっていた。ぶっちゃけその村なんか場所を知るはずもないのだけれど、とりあえず大体の方向に向かっておいてチャラ男がマサイ族以上の視力を使えば自ずと場所は見えてくるだろうとのことで、先行隊メンバーは見事に日本人一行で構成された。ちなみに馬は2頭しか乗れなかったので、以前マーシュさんの家に言ったように私とチャラ男、関西人兄妹に分かれて乗った。
道中、ふとしてチャラ男が口を開いた。
「それにしても、雑魚モンスターの代表格と言ってもおかしくはないゴブリンが村を襲うなんて想像…できそうでできないな。」
いやそれどっちだよ、と言いたかったが黙った。
「この世界じゃと、せいぜい行商人を襲ったりこそ泥したりするくらいらしいから、珍しいみたいじゃの。」
「そう言えば前、ギルドの依頼がゴブリン関連ばっかだったな。…やっぱりなんかヤバイことが起こってそうだな。」
翻訳スキル持ちの中二は短期間に色々と書物を読み漁ったようで、変に知識を身に付けていたらしかった。
「でも今は、それよりも村人さんらを助けるのが優先やろ?」
「…?」
正論を口にする関西人に、何故か私は違和感を覚えた。
少しだけ、追い詰められているような、そんな雰囲気だった。
「見えてきたぞ!」
<感覚強化>で視力をひたすらにあげていたチャラ男が叫んだ。
見えねぇよ。
「村の様子はどうなっとるんや?!」
「…予想通りと言えば予想通りだな。」
そんなチャラ男は苦々しげに眉をひそめ、声の調子を幾分さげた。
様子からして、悪い状況であることは確からしい。
「ゴブリンは?」
「今のところは見えない。」
成る程、隠れていなければ既に去ったと言うことらしい。
…去っていくゴブリンの姿の一つでも見えるとは思っていたから、予想外ではあった。
「…人は?」
「生死を問わないならな。」
口振りからして、死体しか見当たらないらしい。
死体は初めて見たようで、やや血の気の失せた顔色をしていた。
それを見て、私も内心、準備をしておく。
虫の死骸程度しか見たことのない私は、人の死体を見て平静でいられる自信はなかった。
「……。」
ようやく常人の目にも見えるくらいまで村に近付くと、自然と会話は消滅した。
ゴブリンの大群に襲われた村には人気など無く、ちらほらと背や腹に真っ赤な染みを広げた男の死体が転がっているだけだった。
「これ……、」
馬から降りた関西人は何かを言いかけて、飲み込んだ。その妹もまた顔面蒼白で、兄の背中にしがみついていた。
すでにその有り様を見ていたチャラ男でも、眉の皺は消えない。
「……。」
体の全身から体温を奪われたような感覚だった。
一歩を踏み出すにもただただ踵が浮く程度で、つまりは足がすくんでいた。目の前の景色から、嫌でも目を逸らすことができない。瞬きすら、できない。恐怖で鼓動が加速する。
「お兄ちゃん…。」
震える声で兄にすがるのも、仕方ないことではあるのかもしれない。
この中で彼女は唯一高校生にもなっていないのだから。いや、高校生とて死体に慣れろというのも無理な話ではあるが。
「どうする?魚佳はここで待ってても良えんやで?」
「…ついてく。」
いつもの口調はどこへやら、酒々井妹は首を横に振った。
この状況ではむしろ、一人になるのは怖いらしい。
「生川さんは、大丈夫か?」
「何、私が怖くて動けないとでも思ったの?」
「え、いや、生川さんも一応女の子やし…」
「五月蝿い。」
私は後ろに下がろうとさえしている足を叱咤して前に進んだ。死体は極力視界の端に留める程度にして、足早に村を探索する。
「だ、誰かー、いませんかー?!」
「ちょっと、まだゴブリンがいるかもしれないのに…」
「でも呼び掛けんと生きてる人を見つけられへんやろ?」
「…日本語だと理解できないんじゃないの。」
「あっ。じゃあ生川さんが!」
「えー…」
めんどくさい、とも言いたいけれど、そうも言ってはいられない。
「あー、誰かいませんかー?」
返事は、ない。
「生川さんもっかい!」
「誰かー!いませんかー!」
結果は、案の定。
聞こえるのは、私たちの足音だけ。まるで、村そのものが死んでいるようだった。
家屋の中も確認すると、荒らされていて、物も盗られていることが推測できた。そしてもうひとつ、気付いたことがあった。
「死体がやけに男ばっかだな…」
「あぁ、アンタも気づいたの。」
「まあな。何だノンケ以外は帰ってくれないか村なのか?」
「んなわきゃないでしょ。」
逃げてきた人は、妻と娘がいると言っていたし。
「確かに気になるけど…村が襲われたことと何か関係あるんか?」
「さぁ、知らな」
と、そこで私は以前、王都に向かっていたときのゴブリン襲撃を思い出す。確かあの時、
『メスだ、ニンゲンのメスだぞ。』
『ならツれてカエればツカえるな!』
そう、言っていた。膨れ上がる嫌な予感。
「まさかとは思うけど…」
と、言いかけて、踏み出した足元が急にまばゆく光始め、目の前に直径5m程の魔方陣が浮かび上がった。突然のことに、誰もが足を止めた。
「なっ…!?」
「何や?!」
「おい、これ…!」
「ッ…罠じゃ!!!」
刹那、轟音と閃光に五感が埋め尽くされた。
しかし、一向に衝撃は訪れず、爆音に痺れる耳に顔をしかめながらも目を開くと、私たちを守るように緑色の透明な壁が球場にそびえたっていた。ぶっちゃけ、何があったのか理解できない。
「今、何…?」
思わず私が呟く。と、
「魔法やった。重力感知で、爆発する。…魔方陣見たら、そう書いてあって咄嗟に…」
答えたのは、関西人妹。
老人口調が抜けてるあたり、随分と動揺しているようだ。
「そっかー、よおやったな。魚佳!!」
「助かった。」
関西人は優しく自らの妹の頭を撫で、チャラ男は安堵して微笑した。
「なるほど、つまりは魔法版地雷ってことね。」
爆発の後、広範囲にわたって抉れた地面を見下ろし、巻き込まれたら片足どころか半身吹き飛びそうだと戦慄する。
そうは言っても、さっきの魔法を見る限り、魔方陣が出現して発動するまでにややタイムラグが存在するみたいなので、先に防御壁を構築しさえすれば問題ない。なんだ簡単じゃないか(死亡フラグ)。
とは言え、さらに問題が浮上した。
この地雷魔法が何者の手によって仕掛けられたか、だ。
無論、この村の自衛手段にしては物騒すぎるから、ゴブリンが仕掛けた、と言うのが強いて言えば可能性が高い。追っ手を阻むためと思えば、辻褄は合わなくもない。そうするとただひとつ問題が。
「おいそこの中二野郎。」
「生川さん、いつになったら普通に呼んでくれるんや…」
「…。ゴブリンに魔法を扱うような知能はある?」
一瞬考え込んで問うと、首を横に振って返された。
「ただ…」
「ただ?」
「ゴブリンの集団の中に稀に強い個体が出現して、群れを成すことはえるのじゃ。」
「…だとしても、こんな罠魔法を張るまでの知能があるとは思えないわね。」
となると人間、もしくはそれに類似する者の仕業が高い。
しかしこの村を襲ったのはゴブリンのはずだ。ならばこの魔法は?
「うー…ん、人間がボスゴブリンを操ってゴブリンをけしかけてる、とか?」
首を捻って説を唱えるが、あくまで想像であって、証明はできない。
「今のままじゃ、よう分からんな。」
「…情報がないから、仕方ないでしょ。ディートリヒさんが戻らないと…」
と、そこで何かに気付いたようにチャラ男が空を仰いだ。
「利人?どうしたんや?」
「いや、今…人の声が…」
そしてその言葉を遮って、私たちの四方の地面に魔方陣が現れ、そこから何体ものゴブリン…ざっと見て20~30程度、下卑た笑いを浮かべて現れた。それぞれ手にはダガーナイフ。血走った赤い目はギラギラと見開かれていて、完全に殺る気満々だ。戦闘は避けられない。
恐怖と緊張に速まる鼓動と、単純化されていく思考。
生きるには殺すしかない。この目の前の全てを。
そう、自分に強く言い聞かせて、私は杖を力強く握った。
お久し振りです。
今話もお読みいただいてありがとうございます。
次回「追跡」
※3/8 ゴブリンの描写。目は緑じゃなくて赤でした(震え声)




