29話 悪夢のアシオト(※3/28本編追加)
『あぁ…なんて君のくちばしはこんなにも美しいんだ…。』
『あなたの翼もとても力強くて素敵…!!』
「…とりあえずこいつらはいつか絶対に焼き鳥にしてやろう。」
久方ぶりにリア充鳥共のよく分からないリア充会話で起こされた私は、ゆっくりと気怠い体を起こした。
昨日はよく眠れるわ修羅場メシウマだわ不穏な事態だわディートリヒさんからの問答無用の待機命令だわ突然魔女が現れるわ関西人は泣き崩れるわ…
「散々だな…。」
あの後、関西人は少し落ち着いてから部屋に戻ったけどーーー…。
「…。」
魔女との再会、突きつけられた衝撃の事実、泣き崩れる関西人。
これらによって私は一睡も出来ず、翌日を迎えていた。
空が明るくなり始めたときに、すでに寝ることを諦めた私は、魔具の杖を片手に外へと出た。と言うのは、朝御飯までの時間潰しがてらに魔法の練習でもしようという私の気まぐれだ。寝ていては、昨日のことばかりを思い出してしまってろくな気分にならない。
「…やるか。」
面倒と言えばそれまでだ。けれど、なにもやらないと考え込むばかりだから、魔法の練習でもして気を紛らわすしかない。
とん、とん、とブーツが木の階段を鳴らす。
まずは腹ごしらえだと判断して、とりあえずはパンの一つでも食べようとキッチンに向かおうとして…足を止めた。
とん、とん、と恐らく包丁がまな板をうつ音。
多分ジュードあたりが朝飯のスープでも作っているのだろう。私が起きた時間は存外早いらしい。このままキッチンに行ったところで準備を手伝わされること請け合いなので、瞬時に私は踵を返そうとして、
「げ。」
「あ…おはよう、生川さん。」
キッチンの奥、正確には裏口からたった今入ってきたらしい、香ばしい薫りを漂わせるパンを篭に抱えた関西人と目が合った。
その瞬間、関西人は驚いて目を丸くするもすぐに人の良い笑みを浮かべてこっちにバカやめろ来るな。
「今日は早いんやね。」
「…きょ、…。」
今日は厄日だ、と言いかけて私は口をつぐんだ。
ーーー昨日はあんな風に泣いていたわりには、今はいつも通りらしい。振る舞っているのかもしれないけれど………………………………………私の知ったことではない。別に大丈夫?とか思ってないそんなの微塵も。
「何だ。起きてたのか生川。」
後ろからひょっこりとチャラ男が顔を出す。手にはやはり、パンの入った籠。察するに、外でパンを焼いてきたのだろう。量に関しては、確実に関西人妹のせいだろう。
「…………。」
私は、はっきりと、そしてわざとらしく、嫌そうに顔を歪める。
「嫌そうだな。」
チャラ男が苦笑する。
「知ってる。これ一緒に朝飯用意→一緒に朝御飯の流れでしょ私知ってる。」
「何だよく分かってるじゃないか。」
「じゃあそう言うわけで山にキノコ狩りに行ってきますね。」
「文脈合ってないぞ生川。」
「分かったわよ。昼の分もとってくるから。」
「言葉のドッヂボールって知ってるか?」
「利人はキャッチボールを試みようとはしてるんやけどなぁ…。」
納屋から鍬を二本持ってきて、無造作に畑に放って、少し離れて座る。
私の身長以上もある杖を突きだし、静かに集中して魔力を流し込む。
魔力の存在の感知に関しては、はっきりと形容するのは難しく、ただ漠然とそこにあることを感じるだけで、言わば空気のような感じだ。人によって、水の流れだとか熱だとか言って説明することもあるらしいが、感じ方は十人十色。魔力の調節も、私たちが物を握る強さを加減するように、魔力の放出の増減はかなり感覚的だ。が、素人が感じることのできる魔力は己のものだけらしく、他人の魔力を感じるには、余程多量の魔力を感じないと、意識することはできないらしく、『むっ、この異質な魔力は…奴か!』なんてことは稀らしい。
しかし私は、以前、魔力を全力放出したときにマーシュさんの特製魔具を壊した経験がある。あらかじめ、杖の耐久性を測っておかないと、いざというときに壊れられては堪らない。
まずは、まあこんなもんかー、とスマホを持つ感覚で、魔力を離れた一本の鍬に空気を伝って繋ぐ。
ある程度の量を鍬に流し込んだら、
「<命令発信式発動>」
呪文を呟き、魔法を発動させる。マーシュさんに組み込んでもらった魔法の一つは、言わばサイコキネシスだ。主に命を持たない有機物、無機物に発動でき、魔具と物体を繋ぐ間に魔力的な介入さえなければ、この魔法は発動することかできる。
まずは鍬一本を操作し、畑を耕す。ざくざくと軽快にしばらく畑を耕してから、今度は二本目。持ってきたもう一本にも魔力を接続して、今度は二本同時の操作を試みる。二つ並んで耕して、同じリズムで耕す。これなら簡単で、あと数本くらいならいける。しかし、別のリズムとなると、二本ですらかなり手こずる。両腕を別方向にぐるぐると回すのが難しいように、二つ以上を別々の動きで動かすのはかなりの集中力と技術が必要だ。
なかなか二本同時にスムーズな動きをさせることができない。
「むう、難しい。」
「何やってんだ。」
「え、」
杖を構えて呻くと、上から人を見たような声が降ってきた。
「なんだ。ジュードか。」
見上げると、猫のようにつり上がった藍色の瞳が一瞬、私を映す。
薄青の水晶球を持っていたジュードが、私を見下ろしていた。
「なんだとはなんだ。」
「ちょうど良いや。ちょっとジュード、二本同時に動かせないんだけどさ、お手本やってよ。」
再び視線を畑にやって、どたばたと動きを繰り返す二本の鍬を杖で指し示す。ジュードの髪色は強いて言うなら藍色だ。青というには濃すぎるから大体そうやって形容しているが、厳密に言うなら藍色よりもやや明るい。それでも十二分に魔力の多そうな見た目を持つジュードだから、魔法もお手のものだろうと思い問うてみたが、返ってきたのは、
「断る。」
なんとも素っ気ない反応だった。
「何、俺様何様ジュード様と呼んでほしいの。」
「しないんじゃねぇよ、できねぇんだ。俺は、魔法が使えねぇんだよ。」
「それまたどうして。」
想定外の事実に、私は驚いて眉をあげてさらに問う。
しばし沈黙したジュードは、嫌々息を吐き、重い口を開いた。
「…個人の魔力量の良し悪しにはな、魔力保有量だけじゃなくて、最大魔力放出量ってのもあるんだ。」
「はぁ。」
「分かりやすく言うなら、魔力は水、魔力保有量はそれを貯めるタンクで、最大魔力放出量はそのタンクから水を出すための管だ。
管が太けりゃ、一度にたくさんの魔力を放出できて、威力の高い魔法を発動できるし、逆に細けりゃ、ろくな魔法も使えない。」
そう説明するジュードは、少しだけ自嘲したような笑みを浮かべる。
成る程、今ので理解した。
「つまりジュードは、魔力保有量は多いけど放出量が極端に少ないから、宝の持ち腐れってことね。」
「…そうばっさりと言われたら凹むんだが…。」
「はいはい、ガラスメンタル乙。」
この国は、“白の民”の存在からして、おそらく魔力を持たない=魔法が使えないものは見下される傾向にあると推測される。いや、この国だけではないかもしらないが。
端的に表してしまえば、メリーさんは強さ故に、そしてジュードは弱さ故に、苦しい立場に置かれていて、それをディートリヒさんに助けられて、今に至るのかもしれない。
「…まあいいや。自分で頑張る。」
とか言いながらもなけなしのやる気がなくなった私は魔具の練習を止めようと、自分の傍まで鍬を持ってきて繋いでいた魔力を切る。
「ねぇ、朝ごはんまだー?」
「ふざけんな。自分で用意しろ。」
「ジュードのくせに生意気だ。」
「俺はディー様直々の仕事があるんだ!お前なんぞの飯を用意してやるほど暇じゃねぇんだよ。」
「仕事って、その持ってる水晶?」
特にこれと言って興味があったわけでもないけれど、話の流れに乗って聞いてみる。すると意外にも、ジュードはあっさりと答えた。
「通信用魔水晶を使って、ディー様たちが見ている光景をリアルタイムで俺も見ている。情報面でのサポートとか、もしもディー様たちに何かあればシャルラッハロート様の部下にも伝達する役割だ。」
つまりはオペレーターらしい。
「ディートリヒさんたち、今どこなの?」
よっこらせと重々しく立ち上がって、水晶を覗きこんでみるが、真っ白で何が何やら、まったく分からない。
映しているのは、ディートリヒさんたちの視界なのだろうか。それにしても…
「何これ、何処。」
『ディアか。』
思わず口をついた一言に、水晶から言葉が返ってきて一瞬驚いた私は、声の主にもう一度問いかけた。
「ディートリヒさんですか。一体何処ですかそこは。」
『おそらく山頂付近だろうが…今は雲の中で正確な位置が分からない。運悪く、山の天気は悪いみたいだ。』
「って…飛んでるの…?」
なんとなく予想しつつも予想外の返答に思わず声をあげてしまい、いかんいかんと自分を落ち着かせる。
「ヴェルターニュ地方までの最短通路って山越えですもんね。どうりで自信満々にすぐに終わるとほざいた訳だ。」
『お前…俺をバカにしてるだろ。』
「失礼、本音が。」
『…。』
身も蓋もない私の発言に呆れ返って黙りこんでしまうディートリヒさんはさておいて。
「山頂付近ってことはもうすぐなんですか。」
『はぁい。おそらく山を越えるところでしょ…』
水晶の視界外からメリーさんの返事が聞こえる、といったところで、音と視界の中にザザッ、とノイズが入る。やがてその頻度は増し、たちまち通信は途絶えてしまった。ジュードが何度も水晶に呼び掛けるが、向こう側に声が届いているかどうかは、分からなかった。
「通信が…途絶えた?」
そういえばマーレさんの部下が、上陸してすぐに味方と連絡が途絶えたと話していた。
通信機器を妨害する電波でも発信されてるんじゃないのか。とは容易に推測できるものの、確証はない。
「...これ、どうするの。」
「通信が途切れた場合は軽く街の様子を見てから引き返すことになっている。」
成る程、マーレさんの情報でこの状況は予想済みという訳らしい。適切かどうかはともかく。
地理的に孤立した地方と連絡がつかない、とは中々に想像もしていなかったのか、ジュードはひどく訝しげに眉を寄せていた。
「ジュードはさぁ、理由なんだと思う?」
「理由って…この通信障害か?」
「いや、それはそういうための魔法があるならそれだろうけど…。
まあ、この一連の事。まさかそのナントカ地方ってのが御国に反旗翻して内戦なんてのはやめてよね。めんどくさいから。」
「ヴェルターニュ地方だ。んなことを俺に言うな。結局俺が何を言ったところで可能性の話だ。ディー様がお戻りになられるまでは分からない。」
「…ま、でしょーね。」
はっきりとした答えを期待していなかった私は、仕方なしと息を吐いて、億劫そうにその場に腰をおろした。
「……。」
『来ますよ。すぐに。』
マーシュさんの言葉が、妙にひっかかっていたせいか、この事にやけに敏感になっていた。
杞憂であることには越したことはないけれど。
「嫌な感じが、するなあ…。」
私の言葉に呼応するように、“それ”はやって来たのだった。
「領主様ッ、領主様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
突然のひどくひどく切羽詰まった叫びと地を蹴る馬の蹄に、慌てて私はマントのフードを被った。
いつ誰が来るかも分からないために、外に出るときはフード付きマントを纏うのが日課だった。
一応顔は隠したが、馬でやって来た男はかなり焦っているらしく、伝えようとしている言葉は途切れとぎれで、しかも改めて姿を見ると服は土まみれで体には刃物で切りつけられたらしき傷から溢れた血が、ボロ雑巾同然の服に染みを広げていた。
「落ち着け。何があった?我が領主は現在、所用のために不在だ。俺が聞こう。」
「あ、あ…わた、私はカッツェレベリーニ村の者で…」
男はかなり気が動転しているようで、声と体は大きく震えていた。
カッツエレベリーニ村というのは、件のヴェルターニュ地方と山脈一つを隔てて接している村で、比較的ディートリヒさんが治めているここと地理的に近いとつい昨日、ディートリヒさんから聞いたばかりだった。
嫌な予感が目の前でどんどんと現実味を帯びてきて、鼓動が加速する。
「村が…ゴブリンの集団に襲われて…壊滅しました…!!!」
「何だと!!??」
私が知る限り、この国のゴブリンは商団を襲いはするが、村を襲うと言う話は聞かなかった。
けれど、私がつい先日王都に向かう途中でゴブリンに襲われたこと、<自由人>ギルドで聞いた近頃頻発するゴブリンの強盗事件を思い出すと、
ーーーやはり、確かな異変が起きているらしかった。
お久し振りでございます、作者です。半年以上待っていた方々、ありがとうございます。
次もやはり間が空きそうです。
※1月26日誤字修正、章名公開
ゴブリン王国編、本格的始動
次回30話「それでも俺は助けたい」




