28話 名前で呼んで
前回のあらすじィ!やーだ連れてって連れてってー!ダメだ!いいこにお留守番してなさい!!
夕食を終えてから素早く準備を終えたディートリヒさん、メリーさん、マーレさんは、決して多くはない荷物を持って出掛けた。歩いて。
え?歩くの?とは思ったけれど、ディートリヒさんが言ったんだ。嘘はないと信じたい。この世界には魔法という便利ツールがあるし、わざわざ詮索する必要もないので、黙って見送っておいた。
あれからお風呂も入った。歯も磨いた。布団にも入っている。
なのに、まったく眠れる気配が無い。
窓から見える白銀の月を意味もなく、ただぼんやりと眺め、私は不快感、と言うよりも違和感と言うべき感覚に、眉をひそめた。
心に、霧だか雲だかがかかっている、そんな感覚。
それは、決して漠然とはしない不安。
私は、何かを恐れているようだった。何かは、分からない。
けれど、心がざわめいて、落ち着かなくて、どうにも寝れそうもないと判断した私は、何の変哲もない方のブーツを履いて外に出た。
こちらの世界での暦も太陽暦が使われているらしく、日本で言うなれば今は10月下旬。もうすぐ11月に入るためか、外に出た瞬間、冬の気配をひしひしと感じる冷たい風が通り抜けた。
家の扉を開けて、1、2、3。よし。
「寝よ。寒い。」
「ちょっ、待ちーや?!生川さん、完全に今、俺の顔見たやろ?!」
「何だ関西人。居たなら言ってくれれば良いじゃないか。」
「いっちょまえに言うても棒読みになっとるで。」
「チッ。」
何だ。お人好しであってもマーレさんみたいなバカ属性はついていないのか。
何やら外で家の木の壁に寄りかかって黄昏ていた関西人と、家を出てすぐに気付いて、何事も無かったかのようにベッドに戻ろうとしたが引き留められた。わざと大袈裟に舌打ちして不快を示す。
「ちょうどええわ。生川さん、少し話さへんか?」
「お断りしますどすえ。」
「いや、何でベッタベタの京都弁で関西弁に対抗しようとすんねん。
ちゅーか、そんなに俺が嫌いか?」
苦笑する関西人。変に間を置かずに私は即答する。
「関心・意欲がございませんので。」
「んな、小学校の通知表みたいな評価せんでも。」
多分無理矢理に去ろうとしたら無理矢理に引き留められそうなので諦めて、付かず離れず、近くもなく遠くもない絶妙なくらいに関西人と離れて、壁にもたれて地面に膝を抱えて座る。
何処に向ければいいか分からない視線は、意識的に夜空に浮かぶ満月に固定した。
「好きの反対は無関心よ。」
「それって興味すらあらへんってことかいな!」
「へえ、本当にバカじゃないんだ。…察し良くてムカつく。」
「…自分本当に、ひん曲がっとるな。」
「あんたみたいな無駄に真っ直ぐな奴にとっては、嫌いな部類でしょうね。」
ひねくれていることに関して否定はしない。事実、私はろくな人間性を持ってはいない。と、思いたい。
けれど、それは何か大きなキッカケがあった訳でもないし、そういった環境に置かれていた訳でもない。なんてことない、自然の結果だ。
そもそも子供の頃、特に小中学校の思い出は全くないし、かろうじて校舎の中身を覚えているくらいで、大きなイベントであるはずの修学旅行もほとんど覚えていない。多分ぼっちで隅っこにいて過ごしていたんだろう。とか何とか昔を思い出しながら、関西人がおそらく放つであろう台詞、『好きにはなれへん。』や、『正直嫌いや。』を予想して、次の言葉を用意していると、関西人が返した。
「嫌いやあらへんで。生川さんは、悪い人やないと思う。」
「っ、はぁ?!」
予想の遥か斜め下の言葉に、私は咄嗟に返すことができなかった。何言ってるんだコイツ。
「なんやかんや言うても俺らのこと助けてくれとるし、何より、魚佳を二度も助けてくれた。生川さんが動かんかったら魚佳は今ごろ、一人で知らん土地で働かせられてたやろうし、葉っぱカッターから身を呈して守ってくれた。」
「…何それ、誉めてるの?」
「これをどう解釈したら貶してるように聞こえるねん。」
「よく分かんないけど、…半端なく気持ち悪い。」
「俺のせい?!俺が悪いんか?!」
「知らん。そうかもしれないし、違うかもしれない。」
曖昧な答えだけれど、多分、違う。
だと思うけれど、はっきりと言い切れない。
この世界に来てから、度々、言い表せないような気持ちになることが多い気がする。
すぐに仲良くなれたメリーさん。商人のおじさんの、『ありがとう』。杖でゴブリンを殴ったり奴隷狩りを殴ったときのあの感触。
何故か、ひどく鮮明に心に焼き付く、存在と記憶。
ーーー不快で、不可解だ。
「…………それだけ?関西人。」
考えの終着も見付からないし、これ以上話すこともないし、何より寒いので、さっさと話を切り上げようと言い放つ。
「その関西人ってなんなん。」
「文句あるの。」
「別に、名前で呼べば良えやんか。」
「…………………。」
「自分、俺の名前思い出せんかったやろ。」
「腹立つ。」
「あははっ。俺は酒々井 悠仁やで。」
「…、…呼ぶとは言ってない。」
「まあ、多分これからも付き合っていくやろうから、いつか呼んでくれれば良えて。」
憮然とした私の態度にも、関西人は変わらず朗らかに笑った。
「……名前、ねぇ。」
月を見上げて、ふと、私はぽつりと呟いた。
「そうだよ~、名前ってのは、大切だよぉ?」
ーーーーーーー凛、と響くアルトボイス。
「!」
「?!」
ふわり。
何もないそこに、“それ”は現れた。
「お前は…!」
数多色の肩までの髪と、星がはぜる蒼色の瞳を持つ、人間のものではない、しかし幼さの残る美貌を持つ、ボロ雑巾のような外套を纏った少女に、反射して私は立ち上がって身を構える。
「おはこんにちばんは!24時間365日、僕はいつでもあなたの傍に!お久し振りィ、元気してたぁー?」
「…魔女。」
はっきりと嫌悪を声と顔に露にして、私は魔女と対峙する。
魔女の存在自体は伝えつつも、実際に会うのは初めての関西人は、おそらく何となくは察しつつもまだ戸惑っているようだ。
「生川さん、こいつが、その…魔女、なんか?」
「イエス。私たちをこっちに連れてきた張本人よ。ねぇ?魔女。」
「んふふ~、ビンゴ~。」
私“たち”を否定しなかったあたり、やはり関西人たちを連れてきたのもこいつらしい。
「いきなり、どう言うこと。」
敵意を声音に明らかにしても、変わらず魔女は、にこ、と優しく不気味に笑った。
「途中経過を確認しにだよ、…ディアちゃん?永和ちゃん?」
「別にどっちだって構わないけど。」
「いやいやいや~、人間にとって名前はとても重要なものだよ。君がこの世界で生き続けるというなら、永和という名前は要らないだろう?」
…いきなり現れたと思ったら何を言い出すんだ。私が名前のことを呟いたからか。
でもまぁ、確かにこの世界に生き続けると言うなら、永和なんて名前は要らない。…はずだけれど。
「…。」
「捨てないのかい?」
「…カタカナの名前に慣れてないだけ。どっちかに定める必要もないから、放っておく。て言うか、名前なんてどうだって良い。」
「そうや!自分がこんなトコ連れてきたんやったら帰すんもできるやろ?」
私の言いたいことを関西人が代弁する。と、魔女はあっけらかんとした表情をする。
「え?うん、出来るよ。」
「そうなんか?!なら、俺たちを帰してくれ!」
心からの、切実な願いだった。
けれど、相手にこんな風に必死に頼み込むのは交渉の上では、悪手だ。
ここまで来て『分かりました、そうします。』なんて言うわけがない。
「良いよ。帰してあげよう。」
「なっ!!?」
「ホンマか?!」
まったく予想外の返答に、私は驚くしかない。
一体何の風の吹き回しなのか。
「なら…」
希望に目を輝かす関西人に、魔女は鼻先がつくまで、ずいと詰め寄り、
「たぁーだーしぃ。 君の両親の命と、引き換えだ。」
にい、と。
裂けたように口許を吊り上げ、こぼれ落ちると錯覚するほど目を見開いて、魔女は笑う。
「ーーーー!!!」
「できない、だろ、お?」
かはっ、と乾いた息を吐き、魔女は月を持ち上げるように、滑らかな動作で両手を掲げ、
「できない。そう、だ、君は、できない。あは。あはは。
きっと彼がいなければ、すぐにでも君は命と引き換えに彼女を元の世界へ戻しただろう。妹じゃなくて彼でも構わないよぉ。」
ーーーー嫌な奴だ。この私ですらも、ひどく嫌悪感を覚える。
彼、とは…やべ、名前忘れた。とにかくチャラ男のことだ。
ここでもし、関西人が帰還を願えば、彼らは日本に帰れるだろう。しかし、親は存在しない。帰ることによって、彼らは帰る場所を失う。
「自分たちをとるか家族をとるか!あはっ、あははははは!!!!最高、最っっっ高!!!とてもグレートでスペシャルでエクセレントだよぉ!!」
笑う。笑う。自らの腹を抱えて、高らかにそれは、笑う。
「…狂っとる。」
明らかに嫌悪感を露にして、関西人が呟いた。
…確かに私も、良い気はしない。
「なぁにを言ってるのかなぁ。これは当然の真理さ。
何かを得るには何かを失わねばならない。世界の、不変の真理だ。
ーーー何かを買う。お金を払う。何か魔法を起こす。魔力が失われる。そして今を生きるのに…君たちは時間を失っている。
世界は、有限だ。その許容範囲から溢れ出ることは決してない。あっては、ならない。だからこれは、必然さ。」
「…なら、私たちをここに送るのに、あんたはどれだけ何を失ったの。それとも、私たちが失ったの?」
この世界にとって、異物そのものであってもおかしくない私たち。起こりうることが非常に稀有な現象である私たちは、何を失った?
…こいつのことだ。決して自分の持つ何かを失ったとは考えられない。
「良いね。良い、質問だ。今の僕は気分が良いから、答えよう。」
「…。」
「まずはこの世界を“器”に例えよう。」
魔女が手をひらくと、そこに水がなみなみと入ったシンプルなコップが現れる。
「器には許容量があるよね。一定分までしか、物は入らない。
世界は、分かりやすく例えればこの水が一杯に入ったコップなんだ。この水は、世界に存在する全てのもとで、目に見える物や目に見えない力となって、姿形を変えて存在している。
僕は言わば、世界のモノを変形して水に戻してまた形を変えることが魔法を使ってできてね。如何なる形でも、何かを代償に、何かをすることができる。」
さっきまで確かにそこにあったはずのコップを音もなく消滅させて、にこりと魔女は微笑んだ。
かなり理解しにくい内容だ。関西人はほぼ理解できてないだろう。
「つまり何かを代償に、私たちをここに連れてきたわけ?」
「うーん、半分正解半分不正解って言いたいとこだけど8割正解かな。厳密に言うと色々と遠回りをしてるんだけど、結果的にはそうなるね。っていうかそうした。」
「…それって、向こうの、私たちのいた世界での私たちの存在そのものでしょ。」
『勿論、元の世界での君の存在はきっちり消させて貰ったよ。』
前に魔女が現れたときの言葉。おそらく、あれは都合によるものではなく代償のことを話していたのだろう。
じっと魔女を睨んでいると、魔女は、あぁあれね。と思い出したように手を叩いた。
「うーん、半分嘘で半分本当。」
「は?」
「いやー、代償として存在そのものを消したのは本当だよ?でも、それは本当は君じゃなくて彼らなんだよね。」
「…え?」
一瞬、思考が止まった。頭が真っ白になりかける。
「帰りたいとか言い出すかと思ってあの時はあんな言い訳しちゃったんだけどねぇ、ごめんねー。」
ごめんね、じゃない。何をさらっと言っているんだ。
これじゃあ、帰ったって、彼らの居場所は、どこにもない。
「なん、や、それ。おかんも、おとんも、誰も、俺のこと、覚えてへんのか…?」
愕然と、関西人が目を見開く。
私も衝撃で、軽く目眩がする。
「…待って。じゃあ私は、何を失ったの。私は、…私の存在は、失われていないの?」
「え?あっ、あー。あっちゃー。ちょっと喋りすぎたかなぁ。まあ良いや。とーりあえず途中経過を見たかっただけだし、僕はここでバイチャーしちゃうよー。んじゃねー。」
「あっ、ちょ、待っ…!!」
私の制止など聞くはずもなく、現れたと同じように、魔女は最初からそこに居なかったかのように刹那で消え失せた。
「…。」
残ったのは、沈黙と静寂と、確かな絶望と不安。
気持ちのやりどころが分からず、気まずいながらも関西人の方を振り向くと、まさに茫然自失と言った表情で立ち尽くしていた。
「…。」
正直、困った。こういうとき、どうすれば良いか分からない。
「…ねぇ。」
流石に無遠慮には言えず、いつもより控えめに俯いたままの関西人に話しかける。大丈夫か、なんて聞けるはずがない。火を見るより明らかに、大丈夫じゃない。
黙って立ち去ることもできず、しかし慰めるようなこともできず、向かいあって、ただそこに立っているしかない。
「…冷えるし、そろそろ戻ろ、」
「…悪いねんけど。」
「え、」
突然、両二の腕が掴まれたかと思えば、とん、と肩に頭を置かれて、再び私の頭は一瞬真っ白になりかけて、驚きのあまり心臓と体が跳ねあがった。
「っ、ちょ…」
「…ホンマ、キッツいわ…。何で、俺らなんや…。」
震える声。肩。手。
「…。」
「魚佳たちには、…黙っててくれるか。」
「…分かってる。」
物語の中のキャラクターは、みんな、神様の手違いで死んで優遇を受けたり、求められて召喚されたりだとかで、何だかんだで幸せそうだ。
けれど私たちは、違う。
望んでもいないのに、求められてもいないのに、大切な何かを失って異世界に来た、
彼らは、帰る場所を失った。
けれど元々、私に帰る場所なんて。帰りたい場所なんて、なかった。
だから分からない、何を奪われたか。
怖い。私はそれが、ひどくひどく、怖い。
一体私は何を、失ったのだろうか。
作品を読んでくださり、まことにありがとうございます。
この作品は果たして男向けか女向けか悩ましい作者です。
超ギリギリ一週間以内の更新ですが、受験生になってもうたので更新頻度がガクリと落ちますが、なるべく更新したいです。この先の先の展開は頭にあるので…
次回、「悪夢のアシオト」
※次回タイトル、内容は予告なく変更する可能性があります。




