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だから私はやる気が出ない。  作者: 灯火
二章 そうだ、王都に行こう編
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23話 それぞれの武器




どの魔具を報酬とするかは私たちに任せると言うことで、食事後に案内されたのは他の部屋とは違って嫌に物々しく頑丈そうな扉だった。扉は奇妙な紋様や文字で埋め尽くされていて、正直近寄りたくもない見た目である。

マーシュさんが、金のドアノブの下にある鍵穴に、掌サイズの、先が丸や三角などの幾何学模様を組み合わせたような形の金の鍵を左手で挿し、反対の右手でドアノブの上あたりの虚空を小さな弧を何回か描くと、がちゃりと重々しい音と共に鍵を回した。扉を開くと扉の木が軋んで、ぎい、と妙に不気味な悲鳴を上げた。部屋の中は、昼間だと言うのに中の様子がまったく見れないほどに闇が広がっていて、マーシュさんがどうするのかを横目で、しかし興味深く見ていると、彼は一本の万年筆を取り出した。そのペン先は白い光を纏っていた。


「不可視の先を示せよ正しき道標。我は光遣使。我求めしは灯なり。盲目の我らに救いの粒を。<照明(サテライト)>」


マーシュさんがその万年筆で虚空にくるりと人の顔ぐらいの円を描くと、瞬く間に一つの完成された魔方陣が展開され、私含め日本人一同は目を剥いた。それは、描いていない魔方陣の紋様の部分が、空気中から独りでに集まってきた光の粒で形作られていったから。関西人妹が展開した魔方陣は1から10まで魔方陣のすべてを手描きしていたのだが、マーシュさんは魔方陣を描く動作を、たった一つ円を描くだけと言うように大幅に省略して魔法を発動させようとしていた。万年筆は恐らく魔法陣を描く魔具だと思うけれど、魔法陣の省略に関しては私も理解できてない。


詠唱の直後に白色の魔方陣は発光し、その中央から目映い白光を発する両手でくるめるくらいの光の玉が飛び出し、部屋の天井の中央まで飛ぶと停止し、まるで蛍光灯で照らされているかのように部屋を明るく照らした。


「なんじゃ、なんなのじゃ!この老人殿は魔方陣を省略したのか?!問うてみてくれ、生川殿!!」

「えぇー、めんどくさぁ…」

「んなあからさまに嫌な顔せえへんでもええやんか生川さん…。聞くだけやろ?」

「聞くの面倒くせぇ、って…もう良いや…。」


わざわざマーシュさんに聞くのが億劫だったけれど、ここで反論している方が余程疲れると私は判断して、中に進んでいくマーシュさんの背中を追いながら問う。


「あの、さっきの魔方陣の省略って…どうやるんですか?」


マーシュさんはからからと笑った。


「あれはですね、魔方陣を描くのに慣れると出来るようになるんですよ。魔方陣の形を全て記憶し、頭の中の魔方陣ごと具現化するようにして魔方陣を描くと勝手に出来上がるんです。慣れればなれるほどその時間は短縮できて、さらに上になると呪文すらも短縮出来るんですよ。」

「つまり究極になると無詠唱で一瞬で魔法が発動出来るんですか?」


ふと思い付いて聞いてみた私の質問にマーシュさんは苦笑した。


「それは…どうでしょう。どんな手練れであっても魔法発動のモーションは目に見える速さで存在します。魔方陣を短縮できても、最低でも円を描く動作は必要です。ノーモーションで魔法を発動出来るなど数少ない<特技(ユニークスキル)>は別として、…人どころかあらゆる生物を越える…まさに神なる存在であれば出来るでしょうね。」

「そうですか。」


まあ、つまりは修行あるのみってことらしい。


「頑張れば出来るってさ。」

「そうなのか!!」


希望のある私の返事を聞いて関西人妹は目を輝かせて光を帯びた指先でくるくると空に規則の無い線を描き始める。この厨二と<特技(ユニークスキル)>の相性は抜群なようだ。このお陰でおそらくこいつはそのうちとんでもない魔法使いにでもなるだろう。…この世界に留まるという条件はあるが。


「にしても、凄い数の武器だな。」

「せやなぁ。前見たトコとはえらい規模が違うで。」


私の背後にいる関西人とチャラ男は部屋を見回して感嘆しながら呟くように言った。

武器や防具が仕舞われているらしきこの部屋には、大体私の目線くらいの木の棚が横にいくつか並んでいて、おそらくこの引き出しの中に武器などが仕舞われているんだと思う。引き出しのサイズはまちまちで、たまに横に長いものもあるから。


「あの、マーシュさん…武器がありすぎて自分達で選ぶには少し難しいのですが…。」


予想以上の武器の数の多さに私は嘆息する。この部屋の広さは縦にも横にも尋常じゃなく、おそらく、100や200なんてざらだろう。

この中から選べだなんて言われても、武器とは無縁の世界で育った私たちには検討もつかないし、何より選ぶのがとてつもなく面倒くさい。


「おやおや、そうなのですか。…そうですねぇ…先程の戦闘を見たあたりでは…」


えっ、見てたの。と軽く口走りそうになるのを堪えてマーシュさんの返事を待つ。


「まずは魔導士のお嬢さんから。些か防御手段が欠けている御様子なので、隠密系魔法を付与したマントと風魔法を付与した靴など如何でしょう。」


…ん?まずは?


「あの、私たち一人一人の候補を教えてくれるんですか?だって選ぶのは一つなのに…。」

「おや、些か齟齬がありましたようですね。」


私が、まさかと思って問うと、マーシュさんは目を丸くしたかと思うと、愉快そうに声をあげて笑った。


「一つでは御座いませんよ。皆さん全員分の装備を贈呈差し上げたいと思っています。」


おい待てコラ。

一瞬頭が真っ白になって、


「…はぁ?!」


私は驚愕に思わず声をあげてしまった。

聞く限り、数万単位では買えないような品をいくつも貰えるらしいが、これでは割りに合わないにも程がある。それにマーシュさんは魔具職人マジッククラフトワーカーだ。魔具を作り、それを売ることこそ生業にしているはず。閉店セールでもしているのか。


「これ、売り物ですよね?!そんなものを無償で頂けるなんて…」

「構いませんよ。魔具職人と言っても既に引退した身ですし、すでに充分すぎる資産は持ち合わせていますので、売る必要の無いこれらは、私にとってはガラクタも同然なのですよ。」

「…?必要ないなら売れば…。」


それこそが当然なのではと言って首を傾げると、マーシュさんはくるりと踵を返し、私と面対した。笑みは変わらず、しかし、薄い灰色の目はどこか寂しそうで、泣きそうだった。


…待って。と、私はハッと気付いた。最初は単に老化による色素が失われたことゆえの白髪かと思いこんでいたけれど、薄い灰色の瞳を見て私はマーシュさん自身の言葉を思い出す。


『白色の髪を持つ者は<無能者(スノウ)>もしくは“白の民”と呼ばれ、体内に魔力器官を持たない異形の者として蔑まれ、疎まれています。』


…特に魔力器官を持たない者は、灰色の目を持つ。


私は基本人の顔を見て話さない。だから、気付かなかった。マーシュさんこそが、<無能者(・・・)>だったことに。

そうだ、だからさっきの魔法を、何かしらの魔具を使わないといけないんだ。魔力が無いと、魔法陣を描けないから。

衝撃のあまり、あいた口が塞がらない。







「ここにあるガラクタは、使いようによっては人を…あらゆる生命を殺すことのできる武器です。これらを外に出して他の誰かを傷付けるくらいなら、

















…いっそこの部屋でただのガラクタにしてしまった方がずっとマシだと思いませんか?」








ーーーーーそう言って、マーシュさんは私の手に手近にあった短剣を乗せた。それは、鞘と柄に芸術品のごとく複雑絢爛な模様が彫りこまれていて、そして…ひどくひどく、冷たくて重かった。私が鞘から剣を抜けば、光を反射して鋭く光る刃。これを振るえば、この手は鮮血に染まる。人が、生き物が、死ぬ。さっきまで動いていたモノが、動かなくなる。それこそ、私にとっての死の定義であり、死への恐怖の理由のそのものだった。



「貴女に『殺す覚悟』はありますか?」



さらに続けられた質問。私は驚愕し、戸惑い、閉口する。

どくどくと心臓が速まって、さぁっと全身の体温が下がるのを感じる。

多分、マーシュさんは私を試しているんだと思う。真意は詳しく分からないけれど、きっとマーシュさんなりの深い考えだと思う。


「…私は…」


弱々しく、震えた声。


「私は、甘い世界で育ってきたから、…平静な状態でなら何も殺すことは出来ません。生きることは殺すことだと、わかっているのに。

それでも私は…」


ふと、思い出す。王都に来る間の、ゴブリンを殴った感触と商人のおっさんの笑顔を。……違う、今はこんなの、関係ない。


「……………………………いえ。


殺すなんて、ただ面倒くさいだけですよ。そんな無駄に疲れること、私は望んでしません。」


最後はほとんど無理矢理に絞り出した言葉で、正直、真面目そうな質問の答えにはならないことも分かっていた。けれども、私が言えることはそれだけだった。

どこに向ければ良いか分からない視線をじっと短剣の鞘の模様に集中させていると、そうですか、といつものような柔らかい声音が降ってきた。それに反応して顔をあげると、マーシュさんは何故か何処か安心したような表情をしていた。


「今は、それで構いません。私は、私の武器を誰かをいたずらに傷付けるのではなく、譲れない何かを守るために使っていただければ、それで構わないのです。」

「…譲れない、何か…。」


まるで私とは別世界のような言葉だ。

魔法のお陰で言葉自体は『頭』で理解できているはずなのに、『心』が、理解できなかった。

その理由なんて分かってる。譲れないモノを私は持っていないから。何かに固執せずに生きてきたから。必死にならずに、だらだらと生きてきたから。


「…なら、これを使う日は来そうにありませんね。」


自嘲混じりの私の呟きに、マーシュさんは、


「来ますよ。すぐに。」


ただただ優しげに、愛おしげに、私に言葉を返したのだった。





















あれから結局私たち全員分の防具やら武器やらを貰った上に、私の持っていた魔具の使い方を教えてくれ、さらには調整もしてもらい、さらにさらに魔法に尋常じゃない程の興味を持つ関西人妹と(筆談で)話が弾んだためか、いくつかの魔法に関する書物を貰い、さらにその上に、魔法に関する質問などあればすぐに聞けるようにと、分かりやすく言えばこの世界の電話である、通信用魔水晶を貰った。何とこれは映像での通信なので、文字だけは読める関西人妹なら筆談でコミュニケーションがとれるので私という通訳が必要ないから、有り難いと言えば有り難い。なんてあれやこれやとする内に空は真っ赤に染まり、このまま居座ったら夕食とお泊まりの2コンボが避けようも無く襲ってくるので、切りの良いところでおいとますることにした。


「本っ当に色々とありがとうございました。」


頂いた数々の荷物を馬に乗せて帰る準備を終えるて、私が深々と頭を下げると、関西人たちも揃って頭を下げた。


すでに私たちの格好は頂いた防具に着替えていて(そりゃあいつまでも学ランって訳にもいかないし何かあった時に安心だし荷物も減るから)、しかし装備しても中世ヨーロッパ騎士や戦国時代の鎧のように全身をガチガチに固めるものではなく、比較的軽い革(推測)の胴当てと肩当て程度の軽いものである。ちなみにこの防具、魔法が付与されているらしく、詠唱が無くとも魔力を流すだけで衝撃吸収と防具強化の魔法が自動で発動すると言う便利な代物である。


各個人の違いと言えば、私は肘まで隠れる袖が大きめの革の手袋と、踵だけが銀で装飾されているニーハイブーツと杖。服も着替えて長袖のシャツにショートパンツ。ブーツに付与された魔法は風に属するもので、魔力を込めてかかとを左右どちらか二回打ち鳴らせば風が起き、空を飛んでの移動や蹴撃で風の刃を飛ばすことができる。今まで鈍器としてでしか活躍してこなかった杖は、実は販売している魔具の杖は身体強化魔法以外は最初から魔法陣が組み込まれていないのが基本で、好きな魔法を選んで各々組み込むといったシステムらしい。何も組み込まれていないと水晶は透明のままで、魔法を組み込むと、その魔法の属性の色に変化するため、今の私の杖の水晶は様々な色が混じりあった色になっている。組み込んだ魔法に関しては…面倒なので追々。


次、関西人は長袖シャツとズボンに膝下丈のブーツ。背には己の武器となったバトルアックス、つまりデカイ斧が。付与されている魔法は一貫して炎。実は武器に組み込める属性は単に容量の関係で基本一つなのである。まあ早い話RPGゲームの属性武器だ。


で、チャラ男は服装は関西人と殆ど変わらず、武器は双剣。属性は風。以上。


最後に関西人妹はブローチのついたワンピースにブーツ。ブーツには身体強化魔法が施されている。青色の水晶が埋め込まれたブローチには防御結界を使用者の半径2mほど展開する魔法陣が組まれている。そして魔導書にはいくつもの金属の栞が挟まれている。この栞も魔具で、あらかじめ挟んでおくと、詠唱したときにそのページを瞬時に開いてくれるものだ。戦闘で一々魔法を探してページをあっちこっち探されていては困るので、非常に便利だ。この栞は現在五枚。


とまあこんな感じで本当に、色々としてもらった。ご飯貰うわ、武具貰うわ、本貰うわ、色々と教えてもらうわ、あれ?依頼こなしに来たんだよね?何だろうこれ。お爺ちゃん家に行って大した手伝いもしてないのにお小遣いやら野菜やらを大量に貰っちゃうみたいな感じになってね?あれ?私たち孫?


「はっはっは。良いんですよ。」


いや良くないと思いますよ。何で今日初めて出会った人を手厚く迎えちゃうんですか。


「またいつでも遊びに来てください。この老いぼれは、暇をもて余して庭いじりをするしかない身ですので。」


あーこれ親の実家だ。完全におじいちゃん家に来たやつだ。

訳さないと関西人たちが五月蝿いので多少意訳して伝えると、


「また来るのじゃ!」

「ご飯、ほんまに美味かったです。」

「確かにそれな。また食べたいっす。」


なんて返ってきたので、それもマーシュさんに訳すと、本当に嬉しそうに彼は笑ってくれた。


「それでは、さようなら。」


荷物を、性格にはさして特徴のない馬に乗せて、ドMの馬に関西人兄妹が、武士っぽい馬に私とチャラ男が乗って私たちはマーシュさんの家を後にした。マーシュさんは玄関先で手を振って見送ってくれた。


「“彼女”にもよろしくお願いします。」


私は一つ、頷いた。











「なんや、ようけ貰てしもたなぁ。」


馬上での帰路の途中、ぼんやりと懐かしむように関西人が呟いた。確かに、今日一日の出来事なのに、何倍にも感じる。

ようけ貰たのは、同感だ。


「つーか人当たりがこれでもかってくらい良いお爺ちゃんだったな。」

「妾もたくさん教えて貰ったのじゃ!いつか礼をしたいのう。」

「喋るのは良いけど、フード被ってよ。マーシュさんは良かったけど、ああ言う人なんて滅多にいないんだから。」


王都が近付いて来たために一応関西人たちに釘を刺す。そろそろ人気も点々とではあるが見えてくるかもしれないので、念には念を、だ。


王都の象徴とも言える、天を刺すように鋭くそびえる真っ白な城を見て、やっとか、と私は息を吐いた。

元々は王都で日用品を揃えるだけだったはずなのにディートリヒさんとはぐれては日本人三人と遭遇して強制労働イベントは発生するし、まったく散々だ。ディートリヒさんには確実に鳩尾一発は喰らわせたい。

あぁ、寝たい。横になりたい。半日じゃあもう足りない。一日中ベッドに居たい。






この願いは、この日を境にして一切途切れることを今の私はまだ知らない。









補足:武器部屋についての補足です。あの変な形の鍵は魔具で、鍵穴にぶっ挿しながら魔力を流し込むと複雑な魔法陣が鍵をさした本人にしか見えないように現れて、それをパズルのように解くと鍵が開けれるって仕組みです。これ暴露しちゃったらセキュリティもクソも無いので本編で説明できませんでした。(´・ω・`)

分からないことあったら聞いてください。もしかしたら私にも分からないかもしれないですけど…。


やぁっと終わりました王都に行こう編。次から新章です。

ディートリヒさん失踪の理由です。

次回(予定)「紅一点の頼み事」

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