21話 “黒の民”と“白の民”
※2/22若干修正 内容は変わりません。修正したのは言い回しです。
※3/4 <無力者>→<無能者>変更しました。
依頼達成報酬とは別だと聞かされて、一応は安心して、マーシュさんに案内されたダイニングルームは、とても一人の老人が食事するような大きさのテーブルでは無かった。縦に細長いそれはどう見ても20人は同時に食事をとることが出来るようなサイズで、テーブルクロスもその机の大きさに合わせてシワ一つなく広げられている。
部屋の壁の模様や装飾、絨毯、家具などは家の外観に合った豪奢な物で揃えられているが、そんな家に一見して普通のじいさんが一人で暮らしている、と言うことだけが異様に浮き上がって感じる。やっぱりこのじいさん、何者なんだよ。
「どうぞ、お好きな席に座ってください。私は何か食べるものを用意いたしますので。」
いや、お好きな席って何だよ。
とかマーシュさんの背中に向かってそう思いつつも関西人たちに訳して伝えると、それぞれ気まずそうに互いの顔を見合わせた。心の内は、お前が行けよ。いや、お前が。とでも言い合っているんだろう。
まあ、仕方のない事だと思う。こう言うとき、日本人は遠慮するものだと私はおも、
「妾はこの誕生会席じゃぁぁぁぁ!」
今すぐ訂正しよう。単に例外ではあるかもしれないけれど、いざこの空気で無遠慮に真っ先に椅子に座る厨二を見ると、私の中の常識を多少上書きせざるを得ない。しかもそこお誕生会とかで主役が座る席じゃねーか!…いや、上座とか上司席と言った方が良いのか?
「まあ、順番とかは適当で良いだろ。」
一々席順を気にするようなメンバーでもないので、関西人妹の隣に座ろうとするチャラ男だったが、身体強化の後遺症でまだ腕が痺れているのか、椅子を引くときに顔をしかめていた。
ざまぁぁぁぁぁねぇぇぇぇぇえ!ぶはははは!!と普段の私なら指をさして言っていただろう。だが今は、
「てめぇは動かせて良いよな…。」
正直言って羨ましい。ただでさえ筋肉が無いのに身体強化での負荷、プラスして葉っぱカッターによる傷で、巨木を倒した直後はまだ辛うじて物を持てていたが今は腕を動かすことすら難しい。
しかし腕がダメでも足がある。椅子の脚に足を引っ掛けてうまくやれば…
ガッ。
「あっ、くそっ、このっ…!」
他の椅子に引っ掛かって出てこねぇ…!畜生、こいつッ…!
「何やってんねん。ほら、大丈夫か?」
「…貸し一つとか思わないでよね。」
見かねた関西人が椅子を引いてくれて、私は不満を表情に丸出ししながらも軽く礼を呟いた。これくらいの好意を素直に受け取れへんのか、と笑って流すあたり、私の憮然極まりない態度には慣れたらしい。…別に慣れなくていいのに。
「小さいなぁ。それを言うなら、俺らかて何度も助けられたさかい、今さら貸し借りとか無しにしようや。」
そう言ってへらりと何の警戒心も無く笑うこいつはバカなのだろう。きっとお人好しと言う名のバカだ。
「無理。貸し借りが必要ない仲とか、絶対に無理。」
「無理っちゅーからできないんやで!」
「何その面倒臭い根性論。これは断定じゃなくて不可能なの。なりとかたりじゃなくてられずなの!」
「じゃあ絶対仲良うなってみせるわ!」
「人の話聞いてたの?!」
後から思えば実に不毛なこの言い争いは、マーシュさんが人数分のお茶とロールパンを持ってくるまで続いた。その間何だか微笑ましそうな表情を浮かべる関西人妹とチャラ男に何故か私は無性に腹が立った。
焼きたてのパンの香ばしい匂いと透き通った翡翠色のすっきりとしたハーブのようなお茶の匂いで、すでに空っぽのお腹は寂しそうに悲鳴をあげるのを耐えることは出来なかった。
目に見えて涎を垂らして小高い丘のように小さなかごに積まれたパンを凝視する関西人妹を見て、マーシュさんは優しい笑みをさらに深くした。
「どうぞ、遥か遠方よりお出での皆様のお口に合うか分かりませんが召し上がってください。」
「これは、御自分でお作りになったのですか?」
「えぇ。何せ長いこと独り身ですからねぇ。一通りの家事はこなせるのですよ。」
「そう、ですか。」
そう言ったマーシュさんは少しだけ寂しそうに感じた。そりゃあこんなバカでかい家に一人、と言うのも中々堪えるものだとは思う。
関西人たちには食べて良いと伝え、私はマーシュさんに向き直る。
元々目付きは悪い方だから、多分私の視線は優しいとは到底言えないはずなけれど、それでもマーシュさんは穏やかな表情を崩さなかった。
「貴方は私たちを“黒の民”と呼びましたね。その“黒の民”とは如何なる存在なのか、差し支えなければ教えていただきたいのですが。」
パンを口一杯に詰め込んでリスのように頬をふくらませる関西人妹は見なかったことにして、私はマーシュさんの答えを待つ。
つい先程、巨木を倒した私たちをマーシュさんは“黒の民”と呼んだ。この世界では異形のはずの私たちの姿を見ても驚かなかったことから、もしかしたらマーシュさんは何か、知っているかもしれない。そしてその何かが関西人たちが元の世界に戻るための鍵にもなるかもしれない。
「お伽噺、ですよ。伝承や伝説に近いですがね。いつから、どこから、誰から伝えられた物語なのかも、分からない。無尽蔵に近い魔力を保有するが故に迫害され消えたとされている民族です。」
苦笑するマーシュさんに私は眉をひそめる。
「伝説…つまり“黒の民”は存在しない存在に過ぎないと?」
「そう仰る方もたくさんいます。しかし“黒の民”を肯定する証拠も否定する証拠も、どちらも確たるそれは存在しないのですよ。」
「…まるで雲を掴むような話ですね。」
やれやれと私は呆れたように息を吐いた。
これじゃあ“黒の民”はただの未確認生物だ。
「しかし私は存在すると思うのですよ。現に目の前にいますしね。」
「さぁ、私たちが貴方の仰る“黒の民”とは到底思えないのですがね。無尽蔵の魔力があるなんて思えません。」
「…ですが、貴方も流石にご存知でしょう。魔力の保有量が個体の毛色に現れると。」
私はふんと鼻を鳴らして微かに湯気を立ち上らせるお茶を覗きこんだ。白磁にベージュで蔦に似た模様が描かれたアンティークのようなティーカップに入ったお茶を覗きこむ。
憮然とした、愛想の一文字も浮かばない顔だ。
眠そうに半分閉じられた黒の瞳、そしてそれよりも暗く黒い夜闇のような髪。
「確か、色が濃いほど魔力を多く持つ、でしたっけ。」
「左様です。現時点では最も濃い色と言うものはいくつもあり規定されてはいませんが、最も薄い色というのは存在します。そちらはご存知でしょうか?」
「最も薄い…。」
私がディートリヒさんから教わったのは、色が濃いほど魔力を多く持つ、と言うこと。そして最も薄いのは、白色と言うこと。
「…白、でしょうか。」
「正解です。目の色は流石に真白の者はおらぬでしょうが、最も少ないと灰色の目をしています。」
そりゃあそうだ。常に白目とか怖すぎる。そんな奴がいれば何か乗り移ったのかと問いたくなるだろう。
「そして白色の髪を持つ者は<無能者>もしくは“白の民”と呼ばれ、体内に魔力器官を持たない異形の者として蔑まれ、疎まれています。」
「…!…つまり、白が在るから、黒もあると仰りたいので?」
一瞬、この世界での差別についてを聞いてそちらに意識が向きかけたが、すぐに元に戻す。差別なんて私たちのいた世界でも普通にあったことだ。今さら驚くようなことでもない。
「はは、単調ですかね。」
「安直ですね。魔力を持たぬ者がいるから、魔力を無限に近く持つ者がいるなんて断言できるわけがありません。
それに、私たちは確かに生まれてより黒色の髪ですが、膨大な量の魔力を持っているかと問われても分かりません。」
そもそも、私たちは魔力を持たなかった世界の人間だ。この世界に来て魔力を持つようになったのは十中八九身長が縮んだことと、あの魔女に関係があると私は踏んでいる。もしこの予想が合っているのであれば、魔女によって縮んだ7cm分の体が魔力器官に置き換えられたと言うことで、おそらくそれだけの魔力を私たちは保有しているはずだ。この身長7cm分イコール無尽蔵の魔力、なんて方程式は無理にも程がある。
「ですが、貴女方は十二分な量の魔力を持っていらっしゃる。その証拠に、私の作った魔具を使い物にできなくなさいましたからね。」
私の作った魔具。…多分鍬のことだ。まさかここでそれを(鍬だけに)掘り返されて、一瞬弁償しろと言われるんじゃないかと思ってしまった。しかし、すぐに勘違いだと理解して、もう一つの気になることについて考察する。
私の作った魔具。…どうやらただの農作業の道具に魔方陣を刻んだのはマーシュさん本人らしい。そもそも農作業をするような農民たちの魔力保有量はあまり多くなく、魔具を使えない者が大半なため、農業道具としての魔具は基本市場には存在しないはず。おかしいとは思っていたが、マーシュさんが魔具を作る魔具職人本人なら納得だ。
「そ、その節は申し訳ありません…。」
「いやいや、誉めているんですよ。私の即席で作った道具と言えど、それを上回る量の魔力を放ったのですから、誇って良いことだと思いますよ。」
即席ぶっ壊したくらいで一体何を誇れると言うんだこのジジイ。埋めるぞ。…おっと心の中で本音が漏れた。
「それで、と言うよりも、ところで、ですかね。どうやら貴女方はこの世界のことをよく知らない…本当に遠くからお越しになったのでしょうね。」
ええ。まあ。別世界から来ましたから。なんて言えるはずも無く、その言葉を飲みこんで、私は肩をすくめて自嘲する。
「正直私すらもこの杖の使い方が分かってませんからね。」
この杖、と言うのは以前私が商人のおっさんからお礼にと貰った杖だ。
私の背丈よりも少し高く、山とかに歪んで生えた一本の木をそのまま利用したようなそれだ。先の方には私の頭よりもやや小さい透明な水晶が付けられている。使い方が分からないので私はこれをいまだに鈍器としてでしか使っていない。ちなみに今はバランスの問題で上の方を床につけて机に立て掛けておいている。
「おや、ご存知ないのですか。」
「やっぱり知ってますか。」
「職業柄詳しいだけですよ。ただ、…おかわりは必要でしょうか?」
「は?…え?」
まさかッ…?!
反射的に篭を見ると、…案の定空。そしてラスト1を食べた張本人、関西人妹が頬にパンを詰め込んでもしゃもしゃと咀嚼していやがった。
おかしい。さっき私が見たときは山盛りだったはずなのにマーシュさんと話していた数分で消えるとは思えないんだけれど。
「ねぇチャラ男。比率は関西人:妹:チャラ男=3:4:3?」
「1:8:1だ…。悪い。魚佳を…止められなかった…!」
「……………………………よし小娘、ちょっと表に出てガールズトーク(物理)でもするぞっつーか出やがれ。」
「か、堪忍してや生川さん!魚佳は大食いなんや!!食べ物の恨みが深いんのは分かるけど、許したってくれ!!」
「んなキャラ付けで許せるかぁっ?!」
絶対にフ○ックする。地の果てまで追いかけ…るのは面倒くさいな…。
「なんじゃ、おかわりか?おかわりがあるのか?!?!」
「てめぇまだ食うつもりかぁぁぁ!!あと机を叩くんじゃねぇぇ!!」
「…悪いが生川。俺も欲しい。」
「せやな。俺らパン2、3個しか食うてへんもんな…。」
だから何だ。私はゼロだぞ。と返してやりたかったが、…ゼロだからこそ私もおかわりが欲しい。
「…すみません、おかわり、お願いします。」
マーシュさんはからからと愉快そうに笑って快諾してくれた。
…本当に笑みの絶えない人だな…。
読んでくださってありがとうございます。
あと遅れてすみません…。多分2000字ほどが消えてしまったと思うのですがそのあとまた1000字ほどが消えて嫌になりましたorz
二話纏めてとか言いましたが長くなりそうなので分割しました。それに当たってタイトルも微妙に変えました。この作者が予告通りに動く確率は三割です。
次回「追加報酬」です。




