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だから私はやる気が出ない。  作者: 灯火
二章 そうだ、王都に行こう編
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12話 「ありがとう」


「おっさん!!!!」


ヴェクタルが叫んだ。ゴブリンが迫る。

あまりにも突然のことで、私も商人も、唖然としたまま動くことが出来なかった。

気付けば、商人の手にあった袋がゴブリンの一体に奪われ、


『やったぜ!レイのブツを手に入れたぞおマエら!ずらかるぞ!!』


当然私にしか理解できないが、そのゴブリンが仲間に向かって叫んだ。


「ッ、か、返してくれッ!それは娘の誕生日のためのッ…!!」


『大切なものだ。私の命に代えても…絶対に守る。』

『…娘を守る為なら私は…!』


「誰かッ…!神よッ…!」


その切なる願いを叶える神は、いない。


「ーーーーーー……!!」


刹那、私は弾かれたように駆け出した。




血が舞う。肉が舞う。

数十体ものゴブリンが蠢く戦場に向かって私は駆ける。

視線の先にあるのはただ一点、ゴブリンの持つ紫色の布の袋。


『タマをモってるヤツをマモれ!ボスまでタドりツけるようエンゴし、』

「どけぇッ!!」


獣が咆哮するかの如く、叫んだ。

力任せに目の前にいるゴブリンを、持っている棒の先端をぶつけて薙ぐ。偶然拾った、布に包まれた棒は先の方が大きく膨らんでいて、固くそして重かった。ここ一週間重労働に重労働を重ねた私の腕っぷしは、前に比べたら強くなっているらしかったが、今の私はそんなことを考える暇もなく、ただ駆けた。


ボランティアだとか人助けだとか助け合いだとか、そんな下らないことをしようとなんて思ったことはただの一度も無いはずだった。そう、無い。無いんだ。私は自分も他人も好きじゃないし、命を懸けてまで見も知らぬ他人を助けようとするお人好しなんて馬鹿じゃない。馬鹿じゃないーーー!!


頭ではそう考えているはずなのに、私の足は止まらない。

恐怖か緊張か高揚かーーーとにかく心臓は太鼓を叩くように脈打ち響いて、微かに開いた口からは世話しなく空気が出入りして喉は乾いてすでに痛い。足も、千切れるかと思うほど熱くて痛くて、仕方がなかった。


「……えせ……。」


それでも私は、走る。

ディートリヒさんやとっつぁん達が戦う前線をすり抜けても、走る。

誰かが何かを叫んだような気がしたけれど、気にも留めず、走る。


「返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


私は手にあった棒を高く掲げ、そのまま力の限りゴブリンへと降り下ろした。ごり、と骨に当たる鈍い音と衝撃の感覚が伝わり、直後にゴブリンは倒れて動かなくなった。反射的に袋を取り戻した瞬間、一体私はどうしてこんなことをしてしまったのかと、私は我に返った。袋はしっかりと両手で包み、糸が切れた操り人形のようにその場に座り込むと、肩を上下させて激しく呼吸するしか出来なくなった。喉が、お腹が、痛くて、苦しい。


『ニンゲンめ!』

『タマが奪われたぞ!』

『メスだ、ニンゲンのメスだぞ。』

『ならツれてカエればツカえるな!』


…奪ったのはてめーらだろ。と思うだけで、指一本動かすことすら億劫で、ただぼんやりと多数のゴブリンが自分に迫ってくるのを傍観するように見ていると、


「<風刃(スフィルス)>!!!」


ーーースパッ。


私の目の前のゴブリンの首が、一斉に飛んだ。直後にとてつもない台風のような旋風が通り抜け、座っているのもできずに私は地面に倒れこんだ。暴風は長くは続かずすぐに収まり、一体何が起きたのか理解できず、伏せたまま目を白黒させていると、知った声が降ってきた。


「ディアッ!」

「…ディートリヒさん。」


のろのろと気怠げに体を起こす。しかし足元はおぼつかず、ちょっと押されれば簡単に倒れてしまうほど、体に力が入らなかった。


「…まったく、ふらふらだな。そんなゴボウみたいな体で魔法を使うからだ。」

「ま、魔法?」


私はそんなもの使った覚えが無い、と訝しげに眉をひそめると、ディートリヒさんは、私の傍らの棒を指差した。


「おそらくそれは魔導具だ。魔導具は<能力(スキル)>魔法を発動する以外に使用者の身体能力を向上させる<能力(スキル)>が一般的に付いている。身体強化魔法は体に負荷がかかるため、体つきが悪い奴はその負荷に耐えられないんだ。」


今現在のとてつもない疲労感に納得しつつ、頭の片隅で、私魔法使えたのかーとかこの棒って武器だったのかーとか、明日は筋肉痛だなーとか色々と考えていると、とっつぁん達がやって来た。


「おーい大丈夫か、ぼっ…」


とっつぁん達は私を見た瞬間坊主と言う言葉を詰まらせた。そうだよな、だって坊主じゃないから。

とっつぁん達の反応を見たディートリヒさんは何やら慌てて私にフードを被せた。…どうやら、走ったときの逆風によりフードがとれてしまったらしい。ディートリヒさんはやってしまったと片手で顔を覆い、とっつぁんは私を指差してわなわなと震えていた。


「ぼっ…じょっ…」


誰がボジョレー・ヌーボーじゃ。と思ったが、多分、坊主、嬢ちゃんとでも言いたいのだろう。


「じょっ、嬢ちゃんの…その目と髪の色はッ…!?」


おっと、どうやらバレていたらしい。馬鹿なとっつぁんが私の見た目よりも私が女だと言うことに驚いてくれないかと期待したが、至極残念だ。しかし、こんな緊急時のための言い訳はすでに考えてある。故に私は慌てない。


「じっ、実は魔法の研究で失敗してしまってッ…こんな色になっちゃって、どうにか治してもらえないかとの思いで王都に向かっているんでーす。」


最初は大根役者だとしても一応演じていたが段々面倒になてきて、最後は棒読みになってしまったけれど、大丈夫だろう。

そんな風に並べた嘘八百な内容だが、とっつぁん達は、そうなのかと安心したように息を吐いて信じてくれた。これガチモンって言ったらどうなるのかな。とっつぁん達気絶するんじゃないか。


「とにかくゴブリンは一掃できたからな、すぐに出発するぞ。」


とっつぁんの号令で、全員がぞろぞろと馬車へと戻る。

私は取り戻した袋を商人のおっさんに返そうと、袋をおっさんに差し出すと、おっさんは私の手ごと袋を両手で包んで涙と鼻水混じりに言った。


「綺麗な手をこんなにしてまで頑張って取り戻してくれて…嬢ちゃんありがとう、ありがとう…!」

「いや、その…」


私の両手は、いつのまにやら受けたゴブリンの攻撃で切り傷だらけになっていた。今更だが、痛い。


「お礼と言っちゃあなんだが、その杖、嬢ちゃんにあげるよ。」

「え、いや別に要らな…」

「ディア、貰っとけ。」

「…。」


ディートリヒさんに嗜められて、私は取り合えず杖(鈍器)を受け取った。


「じゃあ、…あ、ありがとうございます…。」

「礼を言うのはこちらの方だよ…!本当に、…ありがとう!」

「…。」


ありがとう。前に感謝されたのは、いつだっけ。


「一人で突っ走って行ったのは本来は評価できないが…よくやったな、ディア。」


よくやった。前に誉められたのは、いつだっけ。



なぜかその言葉はひどく鮮明に、私の心に残った。





次回王都で行動します、多分。

作品を読んでくださる方々、本当にありがとうございます。

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