11話 初めての身の危険
そして朝、ディートリヒさん曰く、王都に行くにあたって、定期的にやってくる商団の馬車の荷台に乗せてもらえると言うことで、着替えくらいしか大した荷物の入っていない鞄を肩にかけ、ぶかぶかのブーツを履いて、王都・シーアルテに向かう準備を終えた私は、玄関で見送りをしてくれるメリーさんに抱き締められていた。顔面おっぱいを喰らっている私の感想としてはおっぱい柔らかい。
「ディー様がいるのですから大丈夫とは思われますが道中魔物が出ますのでお気を付けになられてください~…。」
切なげな声とともにメリーさんの腕の力が強まった。心配してるのは充分分かったから放してください、死因:おっぱいは勘弁させてください。
「その辺にしておけメリー。…ディアが死にそうだ。」
「はっ、申し訳ありません!」
「…死ぬかと思った。」
ディートリヒさんの命令でやっとおっぱいから開放されたかと思ったら、頭に何かを被せられて、何だと手に持てば、フード付きの外套だった。道中はこれを着ろ、と言うことらしい。
「メリーが使っていた物だ。サイズ差は気にする程でもないはずだ。」
私は外套を羽織って、さらにフードで顔の大半を隠した。
この世界は魔法があるということで、全ての生物は魔力を宿しているという。生物の種類で大体の魔力量は決まっているが、人間に至っては上から下までの魔力量の差はかなり幅があるらしく、そして見た目にも影響されやすいと言う。定義としては主に髪の色が濃いほど保有する魔力量が多い、と言うことで(目の色の関係性は不明瞭らしい)、髪が真っ黒な私はその定義に当てはめるととんでもない化け物のような魔力量を持つ者と思われ、王国に捕らえられて洗脳やら人体実験やら、兎に角面倒を通り越した事態になることが容易に予想されるので、外套で見た目を隠すことになった。しかし残念ながら私にこの髪色に合った魔力量があるかと問われれば、ディートリヒさん曰く、分からないとのこと。魔力を溜める内臓器官は体内にあり、単に黙視しただけでは全く分からないそうで、専用の道具で測らないといけないとか。
ディートリヒさんの髪の色は鳶色で、かなり多くの魔力量を保有しているようだ。しかし何故そんな人がこんなド田舎の領主をやっているのか謎ではあるが、それこそオブラートに包まれるべき事情でもあると思って深くは追求しなかった。本音を言えば単に聞くのがめんどくさかったからである。
「そろそろ行くぞ、ディア。」
「うぃーっす。行ってきまーすメリーさん、ついでにジュード。」
「お気を付けに~!」
「気を付けろよー。」
ひらひらと手を振ると、同じくメリーさんも手を振ってくれた。ジュードは相手にされたことが嬉しかったのか微妙に口角があがっていた。そこは『ついでってなんだよ!』って突っ掛かってくると思っていたから、拍子抜けだ。
「私そんなにジュードを仲間はずれにしてましたっけ。」
ディートリヒさんに聞いてみると、妙に既視感のある顔をされた。
「お前は…本当に悪魔だな。」
「失礼な。ちゃんと人間っすよ。」
商団の人たちがいるという所までは歩いて30分程かかった。
馬と荷台。それとは別に護衛の人が乗るらしき馬が4頭。正直商団というか商人と言っても違和感のない、小規模なものだった。
「そんなことはしないと思うが、あまり前に出るなよ。」
ディートリヒさんが忠告を囁くと、馬車の持ち主らしき商人に話しかけた。見た目は中肉中背の明るい茶色の目と髪の、服装も普通の平民が着るもので、よくいるような穏やかそうなおじさんだった。年齢は40後半かな。
私は目立たないようにそっとディートリヒさんの背中に隠れておく。ちなみに設定のコンセプトは『人見知りのお嬢ちゃん』だ。
一、二言言葉を交わすと、今度は護衛の人たちに挨拶に行くようだった。各々鉄製の武器を携え防具に身を包む、30~40後半ぐらいのおっさん4人と、他の人より少し濃い茶色のツンツン跳ねた髪と威圧感のある菫色の三白眼を持った、私と同い年くらいに思われる少年がいた。背は少しだけ彼の方が高い。
「若いとは聞いていたが、なかなか良い男やの!俺はヴェストだ。よろしく。あとは、そっちのひょろ長がイスタ、髭がノース、のほほーんとした奴がサウス、んでこの目付きの悪いガキがヴェクタルだ。」
「ガキ言うんじゃねぇ!子供扱いすんなっての!!」
乱暴に頭を掴まれて引きずり出された、ヴェクタルと呼ばれたガキも長剣を腰にさし、鎧もややサイズが大きめで合っていないものではあるが、他のおっさんと同じような物を纏っていた。
「俺はディートリヒだ。よろしく。」
ディートリヒさんは軽く微笑んでヴェストのおっさんと握手を交わした。コミュ障の私とは違って、随分慣れた様子だ。ここの世界の人にとっては普通なのかもしれないが、私にとっては恐ろしい程のコミュニケーション力である。
「んでそっちの坊主は何て名前なんだ?」
ディートリヒさんの後ろに隠れていた私を覗きこむように屈まれて、私は慌ててディートリヒさんを盾にするように隠れる。止めろ!コミュ障の私に何をするというのだおっさん!あと坊主じゃなくて設定は嬢ちゃんだからな。
「こいつはディアだ。世間を知らないボンボンだから、戦闘においてこいつは力にならないと言っておく。…ついでに人見知りが激しい奴でな、口数も殆ど無いから、そこのあたりもよろしく頼む。」
私がぼそぼそと背中で囁く設定を、ディートリヒさんは人の良い笑みを一切崩さずおっさんに伝えてくれた。よし、これで道中私は寝るだけで良くなった。
「んじゃ、面子も揃ったことだし、出発するか。」
ヴェストのとっつぁんが号令をかけると、各々馬に乗るなりして準備を始めた。そしてちょうど私の中でヴェストおじさんの通称がとっつあんに確定した。よろしく頼むわ、とっつぁん。
…予想はしていたが、木製の車輪のため移動中の馬車の揺れはかなりのものだった。幸い体が無駄に丈夫な私の三半規管はかなりの揺れにも動じなかったようで、乗り物酔いで朝食べたパンがお口からリバースするような最悪の事態にはならなかった。しかし、逆に最良の事態、ずっと寝れるーーーなんてことは無理だった。いくら私が物臭で三度の飯より寝ることが好きな私でも、この揺れで寝ることは難しい。
馬車の荷台で出来ることは、乗り物酔いにならないように遠くの景色をぼんやりと眺めることぐらいかと思ったが、荷台のため布で視界は一切遮られ、外の様子は分かるわけもなく、結論することは何も無い。
聞いたところ村などの中継地点を挟まずダイレクトに王都に向かうそうなので、時間にして約8時間、この馬車の上でガタガタ揺さぶられなければならないと言う。
ちなみに護衛の人たちはそれぞれ馬に乗って、馬車を上から見て前方向にノースさん、右にヴェストのとっつぁんとヴェクタル、後ろにソースさん、左にイスタさんと言う布陣だ。こんなちっこい馬車にしては護衛の人数が多いような気がするけれど、まあこれくらいが普通なのかということにしておいた。
「…ねぇ、ここらへんって魔物とか出るんですかね?」
薄暗い荷台の中、こそこそと声をひそめて気になったことをディートリヒさんに聞いてみると、
「出る。」
と、何とも簡潔なる答えが返ってきて、『まあ、たまにな。』ぐらいを予想してた私は微妙にテンションが沈んだ。
「必ず?」
「襲われる。」
危険すぎだろうが王都への道。
「この商人は<自由人>を雇っているから大丈夫だろう。4人はいるんだ、充分過ぎて金の無駄遣いじゃないのか?」
ヴェクタルとか言うガキはディートリヒさんの中ではどうやら戦力外らしい。哀れなり。
「じゃあ寝る。意地でも寝る。」
こうなったら襲われること前提で、体力を寝溜めしておくに限る。幸い、商人と言う割には売るものは売れてしまったのか、荷物の量は然程多くない。
「ついでだ。<自由人>について教えてやる。」
「子守唄にはちょうど良いかもしれませんね。」
着替えを入れた鞄を無理矢理枕の形に整えて寝転がる。揺れるせいで何度も木製の床に腰の骨を打って、地味に痛くてやっぱり寝るのは出来そうになかった。仕方なく大人しくディートリヒさんの話を聞くことにしつつ、でもやっぱり諦めきらない私はとりあえず双眸を閉じた。
このラグリア王国だけではなく、世界中に存在する何でも屋に近い存在、<自由人>。各冒険者は各地にある国が管理するギルドに所属し、様々な人々からの依頼を報酬と引き換えにこなす、というなんとまぁ想像通りの形態だった。騎士などの比較的高貴な身分しかなれない職業と違って、冒険者は誰でもなれるという容易な条件から、種族は人間以外でもギルドに所属しているらしい。色んなことに縛られにくいことから、自由人という名前が付いたとか。
就職氷河期の時代の人間からしてみれば、良い下請けの職業かもしれないね、ただし命の保証は無いけど。
「<自由人>になるにはだな…」
自由人になる気など全く持っていない私に、ディートリヒさんはさらに続けてギルドへの登録方法まで説明しようとすると、急に馬車が止まり、ニュートンさんだかの慣性の法則で荷物に立て掛けてあった、恐らく売れ残りの一つなのであろう杖が倒れてきて私の顔面に直撃した。
「あでっ。」
「どうした。」
鼻に残る激痛に顔を覆って悶絶している私をガン無視してディートリヒさんが荷台の外に飛びだした。荷台を覆う布越しに若干くぐもったとっつぁんの声が聞こえる。
「ゴブリンだ!一匹程度じゃ大したことねぇんだが、数が多すぎる!」
「…、ディア、ここで待ってろ。」
「え、あ、ちょっと…!」
荷台から体を乗り出して外の様子を確認しようとした私を制止するように、私のフードを下に引っ張るとディートリヒさんは腰の長剣を鞘から抜いて駆け出した。
すでに外からは武器同士がぶつかる金属音やらゴブリンのものらしきうめき声や絶叫が絶え間なく聞こえてきていたため、外も分からない薄暗闇の中にいるより外の様子が確認できた方が良いと判断して、私は近くにあった、さっき私の鼻頭を直撃した棒を手にした。棒は、布で包まれていて、私の背丈以上の長さがあった。目測で大体160cmである。
馬車を降りると、ゴブリンと呼ばれる、錆びたダガー片手の身長1mほどの緑色の皮膚と本能むき出しの赤い血走った目を持つ想像通りの醜悪な姿をしたモンスター(正確には妖精に分類されるんだっけな)とディートリヒさんたちが戦っていた。
「…ッたく、こいつら何体いるんだ!殺してもキリがねぇ!」
とっつぁんが吐き捨てるように叫んで、目の前のゴブリンを切り捨てた。まさに一刀両断、頭部と胴体が離れたそれは、真っ赤な血を撒き散らして幾度か痙攣し、動かなくなる。うっ…グロい。しかしそんなことを気にする暇もなくゴブリンたちは集団で襲いかかってきて、護衛の人たちは一人ゴブリン5体程を同時に相手していた。ベテランの<自由人>であるらしく、その程度は傷ひとつもなくあしらえるのだが、倒しても倒しても次々とゴブリンは草むらから生まれるように現れてくる。
「クソッ、詠唱する暇さえねぇよ!」
とっつぁん以外の誰かが、また叫んだ。
<能力>魔法を発動するには、ちょっとしたタイムラグと言うものが発生するらしい。
媒介に魔力注入→魔方陣起動→照準合わせ+技名詠唱→魔法発動
この一通りは詠唱と呼ばれ、特に魔力注入→魔方陣起動の辺りに時間がかかる。媒介の質と言うのも大きいが、これは現段階の技術がまだ発達途中にあることもある。
次々とゴブリンは飛び掛かってきているため詠唱する暇が無く、魔法で一気に殲滅できないため、下位のゴブリンにも手こずっているのが現状らしい。
詳しい情報は私では知り得ないため、普通の群れの数など分かるはずもないのだけれど、今のこの数が普通でないことは何となく感じていた。
「おい。」
「!」
突然背後から話しかけられたかと思うと、ぐい、と強く腕を引かれて倒れそうになりながらも、腕を引いた主を見た。ヴェクタルとか言う小僧だった。
「戦えねぇ奴がバラけると面倒だから、そこのおっさんと固まってろ。そんで勝手に動くんじゃねぇぞ。」
私の意も介さずヴェクタル小僧はぐいぐいと私を引っ張って、馬車の持ち主のおっさんと馬とで、馬車の先頭に固まって立たされた。…何だこの面子は。
ヴェクタルは目付きの悪い三白眼を細め、次々と襲いかかるゴブリンを見据えた。
私はいつとっつぁんたちを乗り越えてやって来るか分からないゴブリンに怯えて、とっさに持ってきてしまった売り物の杖を両手で握りしめる。商人のおっさんは私と似たような反応をしながらも、両手で包み込めるくらいの大きさの布でくるまれた球を両手で握りしめていた。その様子を見る限り、彼にとってそれはとても大切なものらしい。
「ヴェクタル、そっち行ったぞ!」
ついにゴブリンの数が剣一本で捌ききれなくなり、三体こちらに向かってゴブリンが駆けてくる。
しかし冷静にヴェクタルは鞘に収まったままの剣の柄に手を添え、一つ、静かに深呼吸した。
やがて鞘からは黄色の光が漏れ始め、それは徐々に強さを増していく。
「ーーーーー…<迅雷>!!」
刹那、眩い光が横一線に軌跡を描いたかと思うと、バチッと雷がはぜる音と共に三体のゴブリンが一気に雷に撃たれたかのように、否、撃たれて黒い肉塊へと変わった。
何が起こったのかと目を白黒させている間にも、次々とゴブリンは襲いかかる。それを、稲妻を纏う剣で、しかも一撃で絶命させていく。
それが、この世界で私が初めて“認識した”魔法だった。
魔法というものは大きな効果を持つようで、剣に触れただけで瞬時にゴブリンは消し炭と化していく。あっという間にゴブリンの黒こげの山がヴェクタルの周りに出来上がってしまった。
「ひいぃ!」
ヴェクタルが剣を、魔法を振るい、小規模の雷鳴を轟かす度に商人は小さく悲鳴をあげつつ、しっかりと布に包まれた球は体を使って守っていた。
「…それ、そんなに大切なんですか。」
フードで顔はしっかりと隠し、商人のおじさんに問うと、額に脂汗を滲ませて、
「…大切なものだ。私の命に代えても…絶対に守る…。」
恐怖に声を震わせて、そう答えた。
小物感一杯過ぎて笑えるね。絶対なんて人の世に存在しない法則を口にしちゃってさ。
「へーえ…」
「…娘を守る為なら私は…!」
「おっさん!!!!」
商人の言葉をぶった切ってヴェクタルが叫んだ。反射的に振り向くとヴェクタルの攻撃すらかいくぐったゴブリンたちが、私達に醜悪な笑みを浮かべて迫っていた。
<自由人>の名前は方角と方向の英語からです。イースト、ウェスト、ノース、サース、ベクトル(しかしベクトルは英語なのか…?)
護衛する位置も地図の東西南北のむきをそのまま当てはめました。
そして雑魚キャラとしてメジャーなゴブリンさんです。他に良いのが無いか探しましたがゴブリンがやはり妥当でした。ごめんねゴブリン。




