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まりあ最後の謎

作者: 高橋亮

悲劇やドラマチックな事があってもなくても、

きっとわたしたちの心の中は騒がしい。



だからわたしは書き続けたい。



生きて、と。

それは至極余計なおせっかいで、

そんなおせっかいにお付き合い頂き、

目に止めて下さった皆様に感謝致します。

窓際のまりあ。

それがわたしの後見人の俗称だった。

聞けば日系人だと言う。

母と弟たちが死に、その犯人であるところの父が射殺された夏の夜に、わたしはひとりサンクトペテルブルクの裏街を血だらけでさ迷い続けた。

どうして彼女と出会ったのか覚えていない。

強烈にフラッシュバックする記憶のかわりに、自分の名前も忘れてしまった。

まりあはわたしと出会い、

わたしに「アイリーン」という名前を、

暖かいシャワーと眠る場所を、

飲み水と肉やスープを、

歌と「情緒」を、与え続けてくれた。

帰る故郷のない13歳のスラブ娘を何の因果もなく、育ててくれた。

この不思議な日系人の年齢や過去は最後までわからなかった。

窓の外の、一体彼女が何を見つめていたのかも。

今、どこでどんな風に、まりあが生きているのかも。



「羅生門なんて、なかったのよ」



ある日彼女は微かなこえで、わたしにそう呟いた。

果たしてそれはわたしにだったのか。

わからないくらい清謐なこえで。



まりあ。

いつもぶかぶかの白いシャツをまとっていた。

コンクリート詰めのマンション、その出窓に腰掛けあなたは窓の外を見ていた。

黄色人種と思えないくらい白い肢体を、

窓からさす光に絡ませながら。



「アイリーン。大事なことだから良く聞いて。羅生門は、なかった」

窓際で、わたしの目を固くとらえながら、まりあは言った。

「ラショウモン?」



それは奇怪な門があると言う。

彼女の生まれた街に。

あまたの死体と魑魅魍魎の巣窟で、そこには鬼が住んでいると言われている。

その神秘は幼いわたしを、惹き付けた。



あれから4年になる。

わたしは今、ニッポンの、

それとおぼしき場所に、

同じ境遇の少年と、立っていた。



人間として生まれた事を呪いたいのはわたしがそもそもヒトであるからだろう。

羅生門を見上げれば、本当はそこにはおどろおどろしいものが見えると信じていた。



しゃがみこんで、そっと地べたに触れる。

そして静かに、はらはらと、頬を、零れた真実。



嗚呼。

羅生門は、ないんだね、まりあ。

本当だ。



何故ならそれはあまたの昔に街が滅びてしまったから。

何故ならそれは、

おどろおどろしいものが本当は、

わたしの中だけに生きていたから。

何故ならそれは、

新しい街が、人が、生まれ出でていくから。



時がわたしを待つことはない。

わたしは勝手に、立ち止まりたかっただけ。



せねばならぬのではなく、

生きたいと言おう。



憤りや悲しみや失望にももういい加減飽きたのだから。

わたしは本当は笑いたかったはずだ。

何もかもを。



女に花と髪飾りを。

裏切りに赦しを。

仲間に歌を。

思い出に、決別を。

そしてわたしに、夢を。

手のひらから零れてもいい。



素敵なことは門の外に沢山あるでしょう。

だってわたしには今、羅生門が見える。

だから門を開けられる。

まりあが人生をかけてくれた可愛い謎解きの答え。



「アイリーン。羅生門はない。だからあなたは、もう眠ってもいい。夜は明けてしまうから。明けてしまうことを恐れなくていい。あなたの道をそこに残していくから。わたしは残していくあなたに。そこにない羅生門の謎を」



その窓際にもう、まりあはいない。

まりあとは一体誰だったのか、

今は不可解な記憶だけにその姿を残して。

あまたある作品の中で最後まで読んで頂いて、

又はクリックして下さって、本当にありがとうございました。

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