十話
「仕方が無いわね」
「お、おい」
何でも無いように立ち上がった華山は制止にもなっていない俺の言葉を聞き流し犯人の元へスタスタと歩いくと「来るな!」と向けられた銃口を蹴り上げた。
「へっ?」
犯人が上げた声か俺が上げた声かそれとも他の誰かは分からないが華山の行動に誰かの呆気に取られたような声が聞こえた。
知ってか知らずか華山は無数の視線をその背に受けながら男の鳩尾に拳をねじ込んだ。
そして、華山の続けてとったその行動に誰もが呆然としていた。もちろん、俺もその中の一人だ。
「手応えが無いわね、なさけない」
華山の呆れたような感想にまばたきと呼吸を思い出す。
そして、声を取り戻したのは華山に腕を引っ張られた時だった。
「お、おい」
「逃げるわよ」
何処に、何故、といった言葉は華山の強張った顔と俺の腕を持ったままガンとして緩まない細腕に封じられた。
そのまま店を出てまっすぐに俺の家にたどり着き、ようやく解放された腕にはくっきりと手形が付いていた。
それよりも今は顔色の悪い彼女をどうにかしなくては。と、目をそらす
実際、華山は本当に具合が悪そうに見えた。それこそ今にも吐きそうなほどに
「おい、だいじょー」
「……う……トイ…レ…」
「…………は?」
「吐きそ…」
いや、比喩でもなんでもなく本当に具合が悪くて吐く気だ。
ゆっくりと極力刺激しないようにトイレに連れて行くと戸が閉まるよりも先に盛大な音がした。
程なくしてげっそりとした様子の華山がトイレから出てきた。
それまでどういうことなのか。と問い詰めようか、どうしようか、と悩んでいた口は引っ込み、支えようと出した自分の手を断った彼女の後を付いていった。
リビングのソファーにドサッと倒れこんだ華山の前に水を置いて俺は小説の続きを書くためにパソコンを立ち上げた。要するに放置したのだ。
5行程進んだ頃、「ねぇ」と声を掛けられた。
画面から目を離さず「なんだ」と返せば「何でもない」と返ってきた。
また、しばらくして同じように「ねぇ」と声を掛けられるが今度は続きがあった。
「今は幸せ?」
「いいや、全然」
「なんでよ、不自由して無いでしょ」
「いや、不自由だな」
「どうして、貯金もあるのでしょう、働かなくても良いぐらいに」
「ああ、不自由だ。不幸せだ」
「どうして…なんでよっ」