1-2
事の発端は、僕が春休み中に風邪を引いてしまったことだと思う。
修了式が終わった翌日に三十九度の熱を出し、家の中で倒れたのだ。病院へ行ったところ、疲労が溜まってストレスからきた風邪だろうと診断された。薬を処方され家に返されたが、薬を飲み続けても全く熱は下がらず、むしろ熱は上がっていくばかりだった。
僕の家は両親が共働きで日中は二人とも家にいない。高校生にもなったのだから、親の手はあまり煩わせたくなかったため仕事を優先するように頼み、僕は一人で闘病していた。
いや、一人ではなく、そのときは彼女が居てくれた。正直なところ、親にいて欲しくなかった理由の大きな一つでもある。ろくに料理もできず大した看病もできない彼女だったが、必死にいろいろなことをしてくれた。その献身さが嬉しくて、それはもう嬉しくて仕方なかった。あの時ほど彼女が居てくれて良かったと思ったことはない。
しかし彼女はすぐにいなくなった。
理由は、元々僕と彼女とその他の友達で旅行に行く計画があったのだ。僕の学校の友達数人と彼女の学校の友達数人。学校は違えどある程度の面識があった僕たちはより親交を深めようと旅行を計画していたのだ。
僕はその旅行までに風邪が治らず、行くことはできなかった。彼女も始めのうちは行かないと言っていたが、とても楽しみにしていた様子だったため、僕は行ってくるように言ったのだ。
「お土産、期待しててよね!」
そう言って彼女が持ってきたお土産は、別れ話だった。
久坂部さんは僕の話に静かに耳を傾けていてくれた。
「きっと旅行で何かあったんだと思う。僕が風邪さえ引かなければ、一緒に旅行に行ってさえいれば、彼女と一緒にいられた。そう思うと悔しくて仕方ない」
「多分だけど、私もそう思う。私から見ても羨ましいぐらい仲が良かったものね、あなたたち。なんていうか、ホントお似合いだったと思う。彼女と話す機会があったときも、大輔君の惚気話が中心だったもの。あんなに大輔君ラブな状態から突然別れ話を切り出すなんてなかなかあることじゃないと思うわ」
男を取っ替えひっかえしている人の言うことかと疑問に思ってしまったが、いやむしろそういう久坂部さんだからこそ、そう思うのかもしれない。ただの偏見かもしれないが、きっとこの人は本当に人を好きになったことがないのではないかと思う。
「で、大輔君はどうしたいの?」
復讐だ。決まっている。
しかし、まずは探りを入れていくのがいい。できるだけ情報を多く集めてから攻撃に出たほうがいいに決まっている。
一つ気掛かりがあった。僕はどうして別れなければならないのかを何度も彼女に訊いたのだ。しかし彼女は「他に好きな人ができた」の一点張りで、他の理由を挙げなかったのだ。僕と彼女の関係はそれだけの言葉で別れられる程のものだったのか、僕はずっと考えていた。だからこそ、彼女のことを信頼していたことに裏切られた自分に腹が立ったし、僕を裏切った彼女のことも許せなかった。
別れる前は、僕の家から彼女が去っていく直前まで「大好きだよ!」と連呼していた彼女が、糸も容易く気持ちが変わる。僕には信じられなかった。
「まずは、旅行で何があったのか知りたい。僕は、真実が知りたい」
もちろん、真実が知りたいのも本音だ。しかしどんな理由であれ、僕の気持ちは彼女に復讐することしかない。
「んー、やっぱ旅行が怪しいよね。ちょっと探り入れてみるよ」
「え、いいの?」
「もし旅行で何かあったとして、大輔君が旅行のメンバーに聞き回ったんじゃ多分ホントのことは誰も教えてくれないでしょ?でも部外者の私が聞いて回ればある程度の情報は得られるんじゃないかな」
それに、と久坂部さんは続けた。
「大輔君の大事な彼女だったから大輔君には秘密にしてたけど、私あの子のことあまり好きじゃなかったのよね。だから協力してあげる」
学校はお昼過ぎに終わり、それからずっと久坂部さんと話していたため十五時というなんとも微妙な時刻になっていた。
「何かわかったら教えてあげるね。それと、クラス一緒になれるといいわね」
店内で一番高いパフェとコーヒーを頼んでおきながら、久坂部さんは先に帰っていった。僕が久坂部さんの分のお金を払うことは構わないのだが、このことについて何か一言言い残していってくれても良いのにと思いつつ、僕は自分の分と久坂部さんの分のお金を払い、お店を後にした。
お店から出て気がついたが、僕はどうやらとてもお腹が空いているようだった。
お店ではコーヒーしか頼まず、ずっと久坂部さんと話していたため何も食べていない。出る前に気が付けば何か頼んでいたのだが、店を出てからもう一度入り直すのには抵抗がある。腹ペコのお腹を何かで満たしたいとは思うが、先ほどの出費と今の時間を考慮し、大人しく家に帰ることにした。
別れた彼女の家は、僕が降りる駅の一つ手前の町にある。
春休み中は結局どこにも出掛けずにずっと家にいたため電車に乗ることがなかった。しかし学校が始まった今、これから毎日電車に乗ることになる。学校に行くにも帰るにも僕と彼女は一緒にいた。学校は違えど、通学路はある程度まで一緒だったからだ。二人で一緒に通っていた通学路が、僕は今一人で通っている。彼女ができる前の、二年前と何も変わらないはずなのに、電車の中はこんなにも静かだったか疑問に感じてしまった。僕にとってこの登下校が一番、彼女と別れたことを痛感させられる場所のようだ。
今や憎んでいるとはいえ、やはり悲しいもの悲しい。一緒に通っていた、あの楽しかった登下校はもう戻ってこないのだ。思い出せば出すほど辛く、胸が締め付けられる思いになる。
思わず僕はどこか近くに彼女がいるのではないかと電車の中を見回していた。
しかし、そこにはいるはずもなく、いたとして何を話せばいいのかわからない。いてくれない方が今は正解なのだ。正解なのだが、それが正解になってしまったこの現状が、また僕の胸を強く締め付けていくような気がした。
彼女が降りる駅名がアナウンスされた途端、何故か涙が込み上げてきた。周りに人がいる前では泣きたくなかった僕は下を向き泣かないように堪えながら急いで扉付近に移動した。
彼女の降りる駅から僕の降りる次の駅までたった五分。しかし、その五分が今回ばかりはまるで永遠に続くかのように長く辛いものに感じた。
駅に着いたとき、携帯電話のバイブレーションが鳴った。
何故かその時、僕は彼女からの連絡じゃないかと妙な期待が膨らんでしまい、急いで携帯電話を確認した。
もちろん彼女からの連絡なわけがなく、ディスプレイに表示されている名前は「久坂部」の名だった。僕と彼女は別れたのだから冷静に考えればすぐに分かることなのに、酷く落胆してしまった。
メールかと思ったがよく見るとそれは電話で、僕は急いで駅の外に出て電話を取った。
「もしもし、大輔君?旅行のこと、ある程度だけどわかったよ。まだ全て分かったわけじゃないから言うかどうか迷ったけど一応言っておこうと思って。いま大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。何がわかったの?」
「旅行のメンバーに中本君っていたよね。どうもかな美さんと親しかったみたいよ。だいたい一緒に行動してたんだって」
中本は僕の通っている学校の学生で、僕のいるクラスの隣のクラスの男子だ。久坂部さんが校内トップクラスの美女ならば中本は校内トップクラスの美男と言ったところだろう。運動も勉強もでき、性格も良く、男女共に人気がある。僕のような目立たない男とは真逆の男だ。僕自身も中本は美男といって差し支えない容姿だと思うが、久坂部さんの評価は「遠目ならイケメン。近くで見たらカエルみたいな顔」らしい。
そんな中本とは高校一年生の秋からこっそりやっていたファミレスでのキッチンのアルバイトで知り合った。本来アルバイトは校則で禁止されており、僕のような普通の学生はアルバイトをやってはいけないのだが、中本は家庭の事情により特例としてアルバイトを許可されている。初めは学校に報告されるのではないかと気が気ではなかったが、彼は僕のことを黙っていてくれた。
「やっぱり中本が関係してるのか」
「え、知ってたの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
僕と彼女の出会いは、そのアルバイト先だった。彼女の方はウェイトレスだったがアルバイトとしては先輩だったので、僕にいろいろと教えてくれた。気が合った僕たちはそのうちに仲良くなり、僕と彼女は付き合うことになったのだ。
つまり、僕と彼女と中本は全く関係のない間柄ではないのだ。むしろ僕たち三人は他の面子よりも多少長く一緒にいる。
しかし、それを踏まえたうえでも、中本という名前は僕にとって一番聞きたくない名前だった。
「ん、どうかした?」
「あ、いや。えと、他に何かわかった?」
「ううん、これだけ。でも他の男と一緒に過ごしてたんだから怪しいでしょ?だから一応早めに教えておこうと思ったの」
「そか。わざわざありがとうございます」
「いーえー。じゃあまた他に何か分かったら教えるね」
じゃあね、と言って電話は切れた。
久坂部さんの情報はどうしてこんなに早いのだろうか。すぐに情報が得られるのはとても大きい。味方につけて本当に良かった。彼女への復讐なんてものを本格的に始めてしまえば、彼女を擁護する人間と僕を擁護する人間の両者に分かれる。そんな時に久坂部さんが向こう側についていたら、久坂部さんの情報網を使ってどんな噂を流されるか分かったもんじゃない。久坂部さんの性格の悪さやその噂はまた聞きでしかなかったため、実感などしたことがなかったが、近いうちに実感することになるかもしれない。
もし、彼女が言った”他に好きな人”というのが、旅行で気持ちが変わったその相手が中本ならば、いや仮定ではなく確定だ。中本に違いない。彼女が他に好きになる可能性のある男なんて中本ぐらいだ。断定して言えるのには理由がある。
彼女の理想のタイプが、中本だからだ。
章ごとに後書き書くのはあまりよろしくないのかなぁ。
まあ書きますけどね!
んードロドロしたのが書きたいんですけどイマイチ盛り上がりに欠けるようなー。
今後書き続けるモチベーション上げのためにも近々ドロっとした話を書きたいものです。
一章もっと長々と書かないとサブタイトルつけるの難しいな・・・。
でもこれ以上長く書くともっと読みづらくなりそうだわん。