〜指輪〜
辺境の村『マサリア』。
森に囲まれた小さな村は、違う町から来る人など滅多にいない。
村から出ていく者も滅多にいない。
空気もきれいで、食べ物にも困らないこの村を出ていく理由がないからだ。
時々、旅人は出たりするが…
「…はぁ……。少し休憩するかぁ…」
畑仕事をしていた一人の男が自分に言うように言い、道具を置いて地面に座る。
「おぉい!!ジェーダさん!!」
休んでいる男の名を呼びながら一人の若い男が駆け寄って来た。
「おぉ…ガイラ。どうかしたか?」
息を切らせ走ってくる若者に落ち着いた様子で言う。
「はぁはぁ…村長が…呼んでるよ!!」
この村は小さいからここまで走ってきただけで息切れするのはめずらしい。
ガイラは肩で息しながら、ジェーダに用件を伝えた。
「なんだ?何かあったのか?」
ガイラの様子を見て、少し真剣になって立ち上がった。
「ふぅ……。何かさっき旅人が来て村長と話をしてたんだ…。で村長があんたを呼んで来いって…」
急いで息を整えて、できるだけ詳しく説明した。
「旅人?珍しいな…。わかった。すまんな…」
息切れするガイラにお礼を言い、村長の家へと走ってゆく。
「で…ここへは何の用で来たんじゃ…?」
村一番の大きな家で老人が椅子に座りながら口を開く。
「はい…。私はある人を探しているのです…。この村に15年前…誰か来ませんでしたか…?」
村長の前に正座で座り、頭を下げながら女が訪ねる。
見たところ旅をしているようだ。
「……はてなぁ…。わしももう歳でなぁ…、そんな前のこたぁ…覚えてないんじゃよ。」
少し咳き込み、落ち着いた様子で老人が答える。
「…では、誰か呼んでいただけませんか?」
頭をあげ、老人の目を見ながら女の旅人は言った。
「…もう呼んでおるよ…。もう来るじゃ…」
「村長!!私に何か用ですか?」
老人…いや村長の言葉を遮るようにドアをあけ、ジェーダが入ってきた。
「おぉ…来たか…。のぉ…ジェーダ…15年前この村に誰か来たかいのぉ?」
村長は家に入って来たばかりのジェーダに言った。
「…15年前です…か?…ん?あんたが旅人か?女だったのか…」
ジェーダは村長の質問に不思議そうに聞き返し、正座で座っている女を見ながら言った。
「どうも…シェイと言います。」
女は名を名乗り、ジェーダに頭をさげた。
「うむ…わしもようわからんのじゃ…。詳しくは聞いてくれ…」
村長はシェイを指で指しながら言った。
「はい…。で…シェイさんとやら…15年前とは…」
ジェーダは村長に頭を下げてから、シェイの前に座った。
「はい…15年前、この村に一人の女の人が来たと思うんですけど…」
シェイはジェーダの質問に詳しく答えた。
「女…?15年前…。……さぁな…、来てないだろう…」
ジェーダは何かを思い出したようにしたが、少し間をおいて首をふった。
「…そうですか……。では……私はこれで…」
シェイは立ち上がり、頭を下げて出ていこうとする。
「おぃ。こんな村まで疲れただろ……」
ドゴォォーン!!!!
ジェーダの声を遮って家の外から大きな爆発音が聞こえた。
「そ…そんな…」
シェイがその爆発音を聞いた瞬間、腰を抜かし青ざめた顔をして脅えだした。
「なんだ!?!?何が起きた!?」
ジェーダは急いで家の外に出て音のほうへ走っていく。
そこには、炎が舞い上がり家は破壊された悪夢のような村の姿があった。
「クヒ…クハハハ!!」
燃え盛る炎の中から黒いコートを着た男が笑いながら出てきた。
「な…何者だ!?!?」
ジェーダは地面に落ちていた桑を手にとり構えた。
「何者…?クハハハハ!!死ね…クヒ…」
黒いコートを着た男は狂ったように笑いながら、手をジェーダに向け炎の塊を放った。
「な…グワァァ!?」
ジェーダは炎の塊をまともにくらい、吹き飛んだ。
「やめてー!!!!」
村長の家から泣きながら出てきたシェイが、黒いコートを着た男に向かって叫ぶ。
「クハハハ!!女ぁ…やっぱりここにいたな…クヒ…」
男はシェイの方を見て、悪魔のような笑みをこぼした。
「…やめて……やめて…もう逃げないから…許して…」
シェイは泣きながら必死に言った。
「許すぅ…?あはぁ…。いいだろぉ…クヒ…」
男はそう言うと体を動かさず滑るようにシェイの目の前に来る。
「ひ……この村は…だめ…」
シェイは脅えながら頼んだ。
「クハハ!!クヒ…」
男は笑いながらシェイを抱え、空に浮かんで炎を村全体に放った。
「駄目…いやぁー!!!!………」
シェイは叫び、気絶した。
シェイの叫び声は燃える村に虚しく響いた。そして、気絶したシェイの指から一つの指輪がすり抜け、倒れているジェーダの横の地面に落ちた。
「クヒヒ…クハハ!!!」
燃えていく村を見て男は笑い続けた。
そして、どこかへと消えていった。