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マサイアス家討伐―後編―

ラインハルトと別れた後、王城の広い廊下を独り歩く。すると、前から陛下と宰相が向こうからやって来たのが見えたので、脇に寄って頭を下げた。



「ヴィクトール、クリスを見なかった?」



朗らかな声が聞こえた。それが陛下の声だとわかっているので、頭を下げたまま答える。



「元帥閣下でしたら、自室に下がりお休みになったとミカエリス将軍が言っていました。」


「クリスが?…珍しいな。」


「そうだねぇ。あ、頭上げて良いよ、ヴィクトール。」



はっと短く答え、頭を上げた。目の前のお二人をまじまじと見てしまう。相変わらず美女の如き華やかな美貌のレイエス宰相と、天使のような無邪気さと神のような神々しさを纏ったアレクサンドロ皇帝陛下。

我がルグレス帝国を支える三柱の内の二人。


最後の一柱。


あの人は今、どんな夢を見ているのだろう。





「誰もいないのか、この屋敷は…。」



思わずそう言ってしまう程、マサイアス家の本邸はひっそりと静まり返っていた。俺とザック、ゲイリーにウェスの4人の他にも何十人かが同じく屋敷を探索していたが、肝心のこの屋敷に住んでいるはずの住人が見当たらないのである。本当にここで生活していたのかと疑うほどの整然さが、逆に不気味さを否応無しに自分達の恐怖心を煽る。

何部屋か探索していたがここに来て疲労が頂点に達した。それはここにいた大半がそうだったのだろう、誰からとも無く、最初に入ったダイニングルームで休憩を取る事になった。


ダイニングルームに集まった面々を見渡して、あまりの少なさに愕然とする。この屋敷に到達出来たのは、最初にいた人数の半数にも満たないようだ。

辺りには、不安と焦燥の入り混じるため息が自然と多く聞こえる。ダイニングの端に置かれた振り子時計のカチカチという無機質な音が響く中、これから何が起こるのか、それだけが怖かった。


静かな中で、ボソボソと話されるのは自然とこの討伐に関する噂話についてだった。噂の内容はやはり、陛下の怒りに触れたせいでこの討伐が行われただとか、旧臣の一掃だとかだったが、不思議と選抜試験なんたらの件は誰も知らないようだった。ウェスと同じく辺境へと左遷させられていた奴らもまた知らぬの存ぜぬの一点張り。ではなぜ、ザック達は知っていたのだろうか…。


俺の中で、ザックへの疑問が疑心へと変わるのは必定の事の様に思えた。



「ザック、話があるんだが少し良いか…。」


「ああ、どうした。」



危険だと思ったが、リビングを出て近くの部屋に二人で入って、ザックに問いかける。



「お前、選抜試験がどうたらって言う話…どこから聞いたんだ?」


「何だ、いきなり。なんか関係あるのか?」


「いいから、どこから聞いた!?」



怪訝そうな顔をしたザックに怒鳴るようにして詰め寄った。俺の勢いに一歩下がったザックは、なおも訝しそうな顔で俺を見た後、一息ついて話し始めた。



「ヴィクトール、とにかく落ち着け…いいな。…俺がその話を聞いたのは今日が初めてだ。そもそもウェスから聞いたんだからな。大体、俺の上官は先帝に尻尾振ってた奴だから、俺が選抜試験だなんて知ってたらおかしいだろ。」


「…そうだよな。って…ウェスから聞いた?何でウェスがそんな事知ってるんだ?あの人だって元は重臣だったとは言え、今は国境警備が任務だろう。そんな人がどうやって試験だなんだっていう事を知ってるのか疑問に思わなかったのか?」


「それはそうが…。何しろあのブリッグハウス将軍だぞ。あの『生きた伝説』のその人が言うんだ。嘘だと思う方が無理じゃないか。お前だってそうじゃないのか?」


「…確かにな。何かがおかしいのはわかるんだが、それが何なのかが全くだ。いや、端からおかしいのはこの討伐そのものがそうなんだがな…。」


「おかしいのはあの小僧がクーデターなんて手を使って、皇帝になったせいさ。」



俺達じゃない声が聞こえた。

その時、背筋にゾワッと鳥肌がたったと思ったその刹那、白刃が振り下ろされるのをどこか他人事の様に見ていたが、突き跳ばされた衝撃が体に伝わって初めてそれが自分に向かってきたのだとわかった。

キィンと酷く澄んだ音が鼓膜に届いた。


急いで体勢を立て直し周囲を見ると、ウェスが自らの愛剣である大振りの剣で見知らぬ若い男の剣を止めている。男の手には、細い剣が握られている。それが俺を狙った剣だとわかったのは、その細い剣の刀身が言葉通り白かったからだ。


はっと気づいた。ザックは!?


慌ててウェスの後ろを見ると、俺と同じく突き跳ばされたのか、引っ張られたのかわからないが、尻餅をついて呆然としている。いつの間にウェスが…。疑問に思ったが、当人は剣を弾いて構えなおし、近寄ることが憚れる程の覇気を纏って男を睨んでいる。

睨まれている男はウェスを面白そうに見ていたが、やがて白い剣をブラブラと(もてあそ)び始めた。

良く見ると、年の頃は十代後半と言った感じだ。黒い髪に黒い目を持つその男は、何が楽しいのか突然ゲラゲラと笑い始めた。



「おやおや、まさか『生きた伝説』のブリッグハウス将軍にお会いできるとは!恐悦至極でございます。…って言った方が良いのかな?」


「はっ!その名は既に捨てているのを知らないのか、ガキ。でもまあ、君みたいなケツの青いガキが、俺の(かつ)ての通り名を知っているのには褒めてあげよう。ご褒美だ、受け取れ!」



そう言ってウェスは一気に間を詰め、男に切りかかった。だが男はひらりとかわしたかと思うと、着地ざま剣を突きだす。ウェスの喉元を狙ったそれは目標に届く前にウェス自身の剣によって弾かれる。俺とザックはただその光景をただ唖然と見ていた。

その時、何の前触れもなく元帥がふらりと部屋に入ってきた。そこにいる四人を一瞥し、男を見るが表情が変わらないために、どういう反応をしていいのかわからずにいると、元帥に気付いた男が見るからに不愉快そうな表情に変わった。



「随分と偉くなったな、『忌み子』。貴様がこの屋敷にいる事に吐き気がする。貴様が此処にいるという事は、ミハエルも死んだのか。流石は『忌み子』だな。父上と兄上まで殺しておいて、更に弟まで手にかけたか。」



あまりの物言いに腹が立った俺は声を上げようと思ったが、元帥が手を挙げてそれを止めた。



「吐き気がするなら吐いたらどうですか、兄上。」


「黙れっ!!『忌み子』の貴様に兄などと言われる筋合いはない!」


「すると、兄上がマサイアス家の現当主になったんですか。では、すぐにこの討伐が済みます。楽で助かりました、ありがとうございます。」


「何だと!?」


「感謝と言っては何ですが、わざわざ『生きた伝説』をお呼びしました。貴方は憧れてらしたんでしょう?クリストファー様が教えてくれました。ブリッグハウス、存分に遊んでやれ。」


「はい、では遠慮無く。」



にやりと笑ったウェスは、さっきまでとは打って変わった戦い方になった。防戦一方だった森の中での戦いや、先程の打ち合いと全く違う。


それを形容するならば、流水の如く。


水の流れのような変化に富んだ剣捌きに感嘆すると同時に、やはり『生きた伝説』の通り名は今も健在なのだなと思い知らされた。

あくまでもウェスは、軽そうに扱っている剣なのに対して、受ける側の男は明らかに顔色が変わってきているのが見てとれた。一撃が相当重いのだろう、男はウェスから繰り出されるそれに耐える様な戦い方になっている。



「どうした、ボク。まだおねむの時間なのかな~?折角マサイアス家の人間と手合わせ出来るって言うんで期待してたんだ。早く目を覚まして、俺の相手してくれないか?」



くくくと笑ったウェスの顔は酷薄そのものだった。


怖いと単純に思った。


そして、器が違うのだとも。



「ちっ!言ってくれるね、ブリッグハウス将軍。じゃあ、僕も本気出さないとな…。おい、この屋敷からこいつらを生きて出すな。誰一人として生かすな!!全員殺せぇ!!」


「御意に。」



どこからともなく現れた刺客を残して、男は姿を消した。



「ほぉ、どこにこれだけの人数が隠れていたんだか。驚くと言うより、呆れるな。閣下、どうします?」



「どうするも何も、全員殺すまでだ。ブリッグハウス、当主を討っていいぞ。私は雑魚の相手でもしてるから、存分にやるといい。ただし、手応えがなかったとしても文句は聞かん。」



ふっと笑ったウェスは了解と言った後、男を追って出て行き、元帥もそれを見送り平然と出て行った。

残された俺とザックは、襲ってきた奴等からの攻撃を必死になってかわす。部屋には五人はいる。それも全員手練れと来てるしな。一瞬でも気を抜いたら、確実に殺られる。

ここまで来たら、既に覚悟は出来ている。


俺は生きる。


それだけだ。



流石に二対五はキツい。だが、こいつらは確かに手練れだが、雑魚だ。俺だって戦場へ出ているし、一部隊を率いてもいる。人数では不利だったが、なんとか全員を静かにさせた後、肩で息をしているザックを見た。血で塗れた顔がいやに歪んでいる。



「どうした、ザック。どこかやられたか?」


「…いや…何でもねぇ。それより他の皆と合流しねぇと。それに、ウェスと元帥も…。」


「おぉ、そうだな。しかしよ…一体どうなってんだ、ここの家族。あの当主って奴、明らかに元帥の事嫌ってたか。何て言ってたっけ…『忌み子』…?」


「あんま考えてんなよ。この家は狂ってやがる。頭悩ますのなんて無駄だろう。」


「…まぁな。」



釈然としないまま、食堂に行くと、そこでも一騒動あったらしい。ゲイリーと何人かが生き残っただけのようだ。

その奴らと一緒にエントランスに出ると、全員が一様にして息を飲んだ。




辺り一面が真っ赤だった。



血の海とはこの事だと初めて知ってしまった。





いくつも死体がある。

ホールから続く階段には、折り重なる様に死体が連なっている。手すりに(もた)れるように事切れたメイド達、腕が手すりに引っかかっている使用人。それでも原型を留めているが、ホールの死体はもっと酷い。

体の一部が無かったり、胴体が切り離されていたり、中には内蔵が飛び出している死体や、首がない死体もあった。

玄関ドアに貼り付けにされていたのは、燕尾服を来た執事と思しき老人だった。その手にあるサーベルは自分の胸に刺さっている。



まさに地獄。




その地獄を造り上げたのは、他ならぬ元帥だ。


血の海の真ん中にポツンと佇んでいるその存在は、やはり周りと同じく全身が血まみれなのに、手に握られた双剣と黒い髪が鈍く光るその光景は、どこか神聖で近寄りがたかった。



剣からポタポタと滴る血は凝固しておらず、つい先程まで殺戮が行われていた事を如実に表している。

死臭に耐えきれなくなったザックやゲイリーは顔を背け、吐いた。俺もたまらず吐き出しそうになったが、なんとか堪えた。

ザック達の呻き声を聞いた小さな体がこちらを向いた。辺りと同じ、血のような真紅の瞳は相変わらず感情が全く感じられない。

気付いたら俺は子供の頬を叩いていた。きょとんとした目が俺を見ているが、構わずに片腕に抱え上げて近くにあった椅子に座らせた。身体が小さい分、椅子が余る。



「…何事だ。」


「お前、あのままだと戻ってこれなかっただろ。俺達まで殺されんのは御免だからな。…おい、ラインハルトはどうした。あと付いてた護衛も。」


「ラインハルトはブリッグハウスに付かせた。護衛はそこにいるんじゃないか?後ろから悲鳴が聞こえたから。」


「…なっ!まさかお前が殺し…っ」


「違う。」



それきり黙った元帥を見下ろす。血まみれの顔を見てうんざりしたので、血を拭ってやろうと拭くものを探したが、何もないので仕方なく自分の袖で拭ってやった。若干強めにグリグリと拭ってやるが、文句も言わずにされるがままの元帥は、こうしていると随分と幼く見える。そういえばまだ十かそこらじゃなかったかと思い出す。末恐ろしい子供だ。ここままデカくなったら帝国を一人で守れるんじゃねぇか?

それこそ、クリストファー・マサイアスのように。



「おや、随分静かだなと思ったら、閣下はそんなことされてるんですか。陛下と宰相閣下に叱られますよ。」



やけに飄々とした声がホールに響いた。その声のした方が見ると、ウェスとラインハルトが死体の山を押しのけて、階段を降りてくるところだった。



「終わったか?」


「はい、もちろん。」


「どうだった?」


「まぁ、それなりに愉しめましたよ。だがやはり閣下ほどではなかったです。今一度手合わせ願いたいものですが…ね?」


「陛下の許可が下りたらな。」


「おや、それは残念。」



くすくすと笑うウェスを呆然と見ていると、俺の視線に気付いたウェスはあぁと破顔した。



「そう言えば、ヴィクトール達も無事だったか?」


「はい…。ウェス…いや、ブリッグハウス将軍…あんた一体何者だ?」


「俺?俺はウェストン・カールリッジ・ブリッグハウスだ。お前達が『生きた伝説』と呼んでいる…ね。」



全ての事はそれで事足りる。


彼はまさに『生きる伝説』。


成程、先帝が殺せなかったわけだ。殺すには惜しい、その人材。それがブリッグハウス将軍ってわけか。



帰途に着いた時、ウェスに腫れた頬の事を指摘された元帥は何でもないと言ったが、ラインハルトに睨まれ、ザックらには遠まわしに目線を送られたが、俺は何も言わないでおいた。



「おかえり、クリス。」



城に帰るなり、陛下から直々の出迎えがあって驚いたが、それよりも驚いたのが、元帥の腫れた頬を見た瞬間の陛下の表情だった。いつもは天使のような陛下の笑顔が、魔王の如き黒いオーラが(ひしめ)く邪悪な笑顔に変わってる。笑っているのに、笑ってない。宝石の様な美しい瞳は、軽く血走っていた。

そっと手を伸ばして、壊れ物を扱うようにして元帥の頬を両手で包んで、心配そうに痛い?と聞いた陛下にふるふると首を振って否定した元帥。その光景を見て、一体俺は何を見ているんだという不思議な気分になった。

後から来た宰相もその頬を見るなり、形のいい眉をピクリと動かした。震えるほど空気が凍っているが、それを物ともしない陛下と元帥、それにウェスが凄い。

陛下は、俺達にご苦労、今は休めと言って元帥と宰相を連れてその場を去っていった。



「おーおー…こりゃあヴィクトール、ヤバいんじゃないかぁ?相当怒ってるぞ、陛下。それに宰相も。」


「知るかよ…。」


「ふっ、そうか。あぁ、いいこと教えてやろうか、ヴィクトール。」


「何だよ。」



ウェスが面白そうに俺に耳打ちをして、その内容に俺は凍った。

しばらく俺を呼ぶザックの声が聞こえず、ただ固まっていた。





『元帥は、お二人のお気に入りの女の子だから。顔に傷付けなくて良かったな。』






結局、マサイアス家討伐で殺された人数は双方を合わせて400人近い。

残ったのは俺とザック、ウェスとラインハルト、それにゲイリーや他何人か…。それしか生き残る事が出来なかった。

その後軍は再編され、俺達もその中に組み込まれた。それも軍の上層部ではなく、元帥や宰相直属の隠密部隊の部隊長に。


しかし、その中にザックが入ることは無かった。あの後、ザックは精神を病み、結局それを理由に除隊した。辞める時に少し話したが、引き止めはしなかった。

ザックは夜中に飛び起きたり、奇声を上げたり、常に剣を離さずに挙げ句、人に斬りつけたり。何があったかを知っているからこそ、同情は出来ない。


ザックは俺と表裏一体だ。


俺があぁなってもおかしくなかったからこそ、同情しなかったし、引き止めもしなかった。


今、ザックは帝国病院精神病棟にいるらしい。


会いには行ってない。


多分、会ったらいけないんだと思う。





ウェスに元帥が女の子だと聞かされた時は固まったが、はっきり言ってそれがどうしたんだ。


子供でも殺せと言い切った元帥は、おそらく女の子扱いされるのは望んでいないのだろう。

と言うか、迂闊に女の子扱い出来ないだろう。


如何せん、陛下と宰相が怖すぎる。


今や、元帥が女だと言うのは密かに知れ渡っている事だが、表立ってそれを言う馬鹿はいない。

言ったが最後、そいつは確実に朝日を拝む事はないだろう。



だから、俺は思う。




せめてあの無表情を止めて、笑ってくれないかと。





マサイアス邸は、初代バイオハザードの洋館がモチーフです。食堂にある時計とか、もろパクリです。

多分マサイアスの屋敷内にも仕掛けがいっぱいあったはずです。天井が落ちてきたり、毒ガスが部屋中に充満したり。

ゾンビが出て来ないのが残念です。

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