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恋にまさる呪いはなし  作者: 日次立樹


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3/3

色彩に惑う

 城門の前は混み合っていた。もうとうに日は昇っているが、真冬の空気は冷たく、シャルルは毛皮のついた外套の襟をかきあわせた。城門には品評会に参加する商人たちが並んで待っている。ようやくシャルルたちの順番が来て、代表者のマリウスが通行証を見せる。通行証の確認が終わると中に通される。

 品評会の会場である広場にはすでに多くの商人が集まっており、与えられた場所に自慢の商品を並べている。マリウスたちも自分らの場所を目指して会場に踏み入った。その後について歩きながら、シャルルは周囲を見渡す。優美なガラスの小瓶、華やかな柄の織物、手の込んだ刺繍のタペストリー。金銀の細工に、青や緑の美しい釉薬のかかった焼き物、本物と見紛うほど精巧な彫刻。商品を身に着けて自ら広告塔になっている商人もいる。

「……すごい」

 シャルルは息を呑んだ。建国祭中の皇都はどこも華やかだが、やはりこの品評会は気合が入っている。見たこともない美術品に次々と目を奪われ、色の氾濫に圧倒されてめまいがしそうだった。

 どん、と衝撃を受けたたらを踏む。よそ見をしていたせいで人にぶつかってしまった。

「っすみません」

「気をつけて」

 シャルルがぶつかったのは異国風の布を巻き付けたドレスの女性だった。薄いベールが顔の下半分を覆って神秘的な雰囲気を醸し出している。確かこれは東の王国の衣装だ。マグノリアより数年前に、前皇帝によって皇国に滅ぼされた国の。シャルルの胸がつきりといたんだ。彼女はどんな思いでここにいるのだろう。シャルルは立ち去る彼女の背を見送った。

「シャルル、どうした。揉め事か?」

 先を行っていたマリウスが振り返る。いつの間にか距離が空いてしまっていたと気づき、小走りで駆け寄った。

「大丈夫。ちょっと人にぶつかっただけ」

「それならいいが。あまりはしゃぐなよ」

 マリウスの注意にこくりと頷いて応える。あまり浮かれてはいられない。広場には巡回の兵士が何人もいる。不審に思われる言動は避けなければ。マリウスたちが長い年月をかけて練った計画だ、自分が原因で失敗しては申し訳なかった。

 品評会が終わった後には、参加者を労う宴がある。マリウスたちはその宴で皇帝に接触するつもりだった。

 マリウスたちは前皇帝に滅ぼされたマグノリア王国の旧臣だ。マグノリア国王から信を受けていたマリウスは国王からシャルルを託され、商人に身をやつして皇国に潜伏してきたのだった。当時のシャルルは両親の顔を覚えていないほど幼く、皇国への恨みも彼らほど深くはない。それでも、いままで彼らに育てられたことの恩義を感じ、彼らの計画に協力していた。


 商品を並べ終えた商人たちは持ち場に控えながらも落ち着かない様子だ。広場には期待と緊張の混ざった気配が漂っている。

 マリウスたちはじっと黙り込んでいて、その隣でシャルルも胸がざわつくのを感じていた。

 やがて広場に角笛の音が響いた。空気が張り詰め、ざわめきが吸い込まれるように消えていく。人々の視線は自然とバルコニーに向かった。

 バルコニーには黒髪の男が立っている。黒い重たげなマントには銀糸で大鴉の紋章が縫われていて、この男が皇帝なのだとわかった。威厳のある立ち姿に、心臓を掴まれたような威圧感を覚える。

 これが、皇帝。そして、自分の両親を殺した男の息子なのか。

 皇帝がゆったりとした動作で広場を見回す。シャルルの位置からバルコニーまでは距離があるのに、視線があったような気がした。皇帝は何故かそのままこちらをじっと見ている。不審に思われたのか。いや、こちらの計画が漏れているはずはなかった。大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、拳を固く握り、動揺を顔に出さないように努める。

 皇帝が挨拶を始めると、視線は逸らされた。シャルルはそっと息をつく。恐ろしいと思ったのに、なぜか解放を惜しく思う気持ちもあった。

 開会が宣言され、広場が歓声と熱気に包まれる。その中でシャルルは不思議な胸の高鳴りに身を震わせた。



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