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恋にまさる呪いはなし  作者: 日次立樹


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2/3

黒猫亭の密談

 夜の皇都は真昼のような熱気に包まれていた。建国祭を控え、国内外から多くの人が皇都に集まっている。普段、夜間は姿を消す露店も建国祭までは日暮れ後の営業が許されており、昼間とはまた違った店が天幕を張って客の呼び込みをしていた。どの店も店先には白い紙に覆われたランタンを吊るし、通りを明るく照らしている。香料や酒の甘い匂いが満ち、賑やかな音楽が聞こえてくる。冬のさなかであったが、皇都は芳春の趣であった。


 酒場「黒猫亭」もまた、いつも以上に繁盛していた。店内には香辛料や肉の焼ける香ばしい匂いが漂い、食器の触れ合う音と喧騒が満ちている。常連や皇都の住民の他に、異国の気配を感じさせる商人や流れ者も席につき、皇都の酒を楽しんでいた。

 商人風の格好をした男たちが何人か店内に入ってきた。一人、砂色のフードを被った小柄な少年が混じっている。酒の席に連れてこられたのは初めてなのか、好奇心に満ちた瞳をくるくると動かして周囲の様子を観察している。折よく大卓が一つ空いたため彼らはそこに向かった。椅子の数が一つ足りなかったため、少年は空いた椅子を探して店の奥に向かった。

 厨房に面した一人掛けの席で空席を見つけたが、椅子の座面には真っ黒な毛並みの猫が一匹、当然のような顔をして居座っていた。黒猫亭の名はこの猫に由来するのだろう。黒猫は座面から垂らした尾をゆらゆらと揺らしながら、アンバーの美しい瞳で少年をじっと見つめた。

「すまない、君、ちょっとこの椅子を譲ってくれないかな」

 少年が話しかけると、猫はまるで言葉を理解したように一度瞬きをして、するりと地面に降り立った。

「ありがとう」

 少年が礼を言うと、黒猫は喉を鳴らして答えた。

「珍しいな。いつもはお高くすましてるのに」

 少年と一匹のやり取りを見ていた常連らしき男が驚いたように言った。やはりこの黒猫は酒場の看板猫らしい。

「そうなんですか」

「誰が話しかけても知らんぷりさ。あんた気に入られたな」

 男の言葉に少年ははにかんで答える。黒猫はさっさと行こう、とばかりに少年の足に体を擦り付けた。

 少年が連れの待つ大卓を見やると、商人たちは戻りの遅い少年に面倒事が起きたのではないかと心配そうに見ていた。大丈夫だ、と少年は小さく手を振って返す。

「早く戻ろう」

 席に戻る少年の後ろを当然のような顔をして黒猫がついていき、椅子の下に丸くなっておさまる。

「うるさくないかい」

 黒猫はぴくぴくと耳を震わせたが、移動する気はないようだった。

「何かあったのか?」

「何も。そんなに心配しないで、おじさん」

 少年が席につくと、商人たちは声を潜めて相談する。傍目には商売の話をしているように見えるが、彼らの目には不穏な光があった。

「明後日は皇城で品評会がある。そこに紛れ込めば城内に入るのは難しくない」

「参加証は手に入れたから、会場までは止められないはずだ」

「入ったら二人は商品のそばについて、残りは侍従や警備に扮して城内の様子を探ろう」

「皇帝は黒髪の背の高い男だ、間違えるなよ」

 建国祭の目玉である品評会では、国内外から集められた珍しい品を皇帝が品定めする。ここで選ばれた品は皇城で買い上げられ、一流の称号を得られるとあって参加を望む商人は多い。しかし、彼らの目的はそれだけではないようだ。

 少年は黙って彼らの会話に耳を傾けている。その頬にはまだ丸みが残っていて、十五、六といった年頃のようだが、その佇まいには商人の見習いには不釣り合いな静かな気品が漂っていた。

 料理を運んできた店員が商人たちの深刻な表情を見て笑い飛ばす。

「なんだい兄さん方、そんなに怖い顔して。心配しなくても、建国祭の時期に皇都へ来て儲けられない商売人なんていないよ。うちの店だってこのとおりだ。全部、新しい皇帝陛下のおかげだね」

 店員の軽口に応じるように、店内のあちこちから「皇帝万歳!」の声が上がる。

「そうかい、そりゃあ景気のいい話だね」

 商人たちは朗らかに相槌を打ったが、店員が離れると、互いに意味深な視線を交わした。


 やがて食事を終え、男たちと少年は席を立った。店を出た少年は外気の冷たさに顔をしかめ、フードを深く被り直す。広場の方ではまだ喧騒が絶えないようだった。

 人波に消えようとする彼らの行先を見届けるかのように、黒猫が静かにあとを追っていった。


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