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恋にまさる呪いはなし  作者: 日次立樹


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1/3

太陽は沈み、星は目覚める

 灰色の雲が重たく空に垂れ込めていた。冷たい空気は人々の衣の隙間に忍び込み、肌を刺すような冷たさだった。憂鬱な天候にもかかわらず、城内の広場には多くの民が押し寄せていた。

 王城からの知らせがあったのは昨日のことだった。国王夫妻が捕らえられ、処刑される。その知らせは瞬く間に広がり、誰もが信じられぬ思いでここへ足を運んだのだった。誰の顔にも疲れと不安が色濃く滲んでいた。季節は長い冬の終わりに差し掛かっていたが、空気には春の兆しがまるで感じられず、ただ重苦しい予感だけが漂っていた。

 広場の中央には木材で簡素な舞台が組まれている。周囲には見慣れぬ紋章を付けた兵士たちが並び、群衆が近づきすぎないように牽制していた。舞台の上には白い衣をまとった一組の男女が座らされていた。広場に集まった群衆の中で二人の顔を知らないものはいなかった。彼らはこのマグノリア王国の国王夫妻だ。群衆の中にはかつてこの広場でバルコニーから民に手を振っていた姿を知る者もいた。しかし今、赤いマントをまとい堂々とした立ち姿は見る影もなく、やつれて青ざめた顔をしていた。寒さに震えながらそれでも王としての矜持からか、俯くことはなかった。王の憔悴した様子は痛々しかったが、更に人々の胸を締め付けたのは王妃の姿だった。王妃は細い肩を震わせながらも、王の傍らに身を寄せ、必死に気丈さを保とうとしていた。頬には幾筋も乾いた涙の筋があったが、その瞳は不思議なほど澄んでいた。

 広場には抑えられたざわめきが満ちていた。処刑の知らせとともに、民の間には噂が広がっていた。王に忠誠を誓い国を守るべき貴族たちが、迫りくる帝国軍に恐れをなし、我先に裏切って国王夫妻を差し出したのだと。

 ある者は舞台から顔を背け、彼らに降り掛かった不運と自らの不安から目を逸らそうとする。ある者は舞台の上を凝視し、この国の最後の国王の末路を見届けようとする。そしてある者は無言でうつむき、この場にいない者のために祈りを捧げていた。

 人々の吐く白い息が曇天の下でゆらゆらと揺れる様は、まるで広場全体が大きな生き物として呼吸しているようだった。


 石造りのバルコニーから広場を見下ろしているのは、この国の新しい支配者となった男だ。黒いマントには銀糸で大鴉の刺繍が施され、異国風の意匠が鈍く光を放っていた。男の瞳は氷のように冷たく、広場の光景を別世界の出来事のように眺めていた。

 処刑人に命を下すべく、男が片手を上げる。兵士が腕を掴んで二人を舞台の中央に立たせた。

「簒奪者め……!」

 王はバルコニーを睨みあげ、怨嗟の声を吐く。

「マグノリアの血はお前を許さない。必ずお前たちを滅ぼしてやる!」

 広場のざわめきが大きくなる。温厚な人格者として知られた王が声を荒げる場面など、誰も見たことがなかった。死にゆかんとする獅子の咆哮は群衆の心を揺らし、バルコニーに立つ異国の男への敵意が膨れ上がる。しかし黒衣の男はその抵抗を意に介さなかった。


 バルコニーの男は黙って手を振り下ろした。

 灰色の世界に、鮮やかすぎる赤が広がった。刹那、群衆のざわめきが止まり、広場全体が水を打ったように静まり返る。爆発しそうになっていた群衆の熱気は空気の抜けた風船のように一気にしぼんでしまった。

悲嘆と恐怖に揺れる広場に興味を失った男は黒いマントを翻し、バルコニーから姿を消した。


 凍りつくような風がマグノリアの白い花びらを舞い上げ、獅子の亡骸にそっと添える。

 花だけが春の気配を知る冬の終わり、このようにしてマグノリア王国は終焉を迎えたのだった。





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