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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン


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いつも見る悪夢

 今から五年前——。


 小春が自宅に帰って最初に目にしたのは、門柱に狛犬のごとき飾られた両親の生首である。


 こぼれ落ちんばかりに見開かれた眼球。乾いた血涙が溜まった目の端。真っ暗な洞窟のような口の中。


 変わり果てた両親の姿に、深い絶望が小春を包んだ。


 由緒正しい永爽家を嘲笑うかのように、門は夥しい量の血しぶきで化粧されていた。生き残りはいないかと小春は庭に踏み込んでいく。


 庭の有り様も凄まじいもので、池、玉砂利、桜の木。様々な場所に奉公人の死体が転がっていた。


 木の枝に引っかかっている姉の死体を見つけた小春は、その場に崩れ落ち顔を覆った。


 気力を奪われた体に鞭打って屋敷の中に入ると、さらなる地獄絵図が飛び込んできた。


 倒れた襖がそこら中にとっ散らかっており、赤きゲリラ豪雨が訪れたかのごとく、畳の色を様変わりさせている。


 真紅の絨毯を敷き詰めたような座敷に、よく知る者たちの顔が並んでいる。——いや。その表現には語弊がある。


 真っ二つになった頭や、もはや何がなんだかわからぬ形の"人間だったもの"も、多くあったからだ。


 故に"並んでいる"などと整然とした印象を与える表現は全くもって正しくない。


 現実は、体内で爆竹でも破裂したかのような壊滅的な死体が大半で、様々なものが襖や柱、天井に飛び散っていた。


 ありとあらゆる臓器、眼球、手足——などなどがありふれた座敷を地獄絵に仕立てていた。


 小春が言葉を失っていると、鴨居から何かがゴロンと落ちてきて、彼女の足元に転がった。


 それは小春が10人以上いる兄弟姉妹の中でも最も慕っていた長兄の生首だった。


 小春は喉が枯れるような悲鳴を上げた後、意識を失った。


 次に目が覚めた時には、分家の客間に寝かせられていた。


 翌日から、小春の地獄の日々が始まった。


 今まで優しく接してくれていた分家の人たちは、別人にすり替えられてしまったように小春への態度を変えた。


 奉公人も例外ではなかった。


 すれ違いざまに汚れを拭いた雑巾を投げつけられた時は、何をされたのか脳が理解を拒み、しばらくその場に佇んでいた。


 親友だと思っていた珠生から、ほぼ毎日のように蔵で虐められた。


 暴言と共に振り下ろされる腹や腰に振り下ろされる拳。やめてと訴えば訴えるほど、暴力は激しさを増していった。


 小春は着物の下に大量のあざを隠していた。


 夏も冬も、狭く湿気のこもった蔵の中。時折やってくる珠生の残虐な行為に耐えるだけの日々は小春の自尊心をへし折り、心を陰気にしていった。


 いくら泣いても涙を拭ってくれる人はおらず、いっそのこと家族のもとに行ってしまいたい、と何度も思った。


 しかし、小春は一抹の希望を捨てなかった。いや、捨てられずに縋っていた、と言うのが正しい。


 今は少しも日がささない暮らしの中にいるけれど、いつか何もかも変わる時が来る。この嵐を抜けて、幸福に辿り着ける日が訪れる。


 小春は、自分にも幸せになれる未来があると信じたかった。


 でも、そんな希望をへし折る勢いで不幸は彼女を苛んだ。


 珠生は、小春の腹を蹴り続ける。


 「このドブネズミ! 生きる価値のない寄生虫が! あんたみたいな何にもできない奴、さっさと死ねばいいんだ!」


 珠生の言葉は、一つ一つが小春の胸をナイフのように突き刺す。


 小春は声を漏らさぬように奥歯を噛み締めて耐える。できるだけ珠生を刺激しないように、存在感を薄めて死んだようになる。


 そうすると、自分が生きている意味はなんだろう、とそんなことを考えてしまい、心が揺らぎ最悪の道を選び取りそうになる。


 早く終わって。私が真っ黒な思考に取り憑かれる前にどうか早く。


 早く早く早く——。


 ***


 いつもの悪夢にうなされていた小春は、自分の唸り声で目が覚めた。


 「嘘っ!? もうこんな時間!?」


 外の明るさに気づいて、勢いよく体を起こす。


 慌てて身支度を整えて廊下へ出ると、真昼の日差しが降り注いできた。


 「こんな時間まで寝ちゃうなんて……」


 人様の屋敷で恥ずかしい。


 「おはようございます」


 背後から挨拶をしてきたのは佐助だ。慇懃に頭を下げた彼を、小春は慌てて止める。


 「そんな改まった態度を取られると、逆に緊張してしまいます。私は居候の身分ですし、どうかもっと楽に……」


 小春があまり熱心に言い募るので、佐助は彼女の心理的負担を考えて、もう少し砕けた態度でいこうと決めた。


 自分としては馬鹿に丁寧な態度を取らされる方がありがたい。強固な上下関係があれば、彼女を意識しないですむから。


 「佐助さんは今日はお休みですか?」

 「はい。今日のところは小春様のそばにいてあげろと、局長から頼まれましたので」

 「そうなんですね。すみません、私のためにわざわざ……統一郎さんはどちらに?」

 「町奉行所に昨日の件について報告に向かいました」

 「そうですか……私、おはようございますもいってらっしゃいも言えずにぐーぐー眠りこけて……」


 頬を赤く染める小春。その時ちょうど腹の虫が鳴き出したので、その赤さは茹蛸のようになる。


 「ちょうど昼食を食べようとしていたところです。どうされますか?」

 「はい……では私もいただきます……」




 この屋敷には、統一郎、佐助、小春の他に飯炊き係の婆さんがいる。この婆さんは通い勤で夜になれば帰っていく。


 食事が乗った膳が二つ出される。


 「!? ちょっと待ってください!」


 佐助が膳を持って自室に下がろうとしたので、小春は引き止める。


 「一緒に食べないんですか?」


 当然一緒に大座敷で食べるのだと思っていた小春は驚く。


 「はい。俺は自室で食べます」

 「そう、ですか……」


 小春が萎れた子犬のような落胆ぶりを見せるので、佐助は思わず尋ねてしまう。


 「そんなに残念ですか?」

 「残念——そうですね。久しぶりに誰かと一緒にご飯を食べられるかと思って、少し浮かれてしまいました。あの家ではいつも一人で食事を摂らされていたので……」


 頼む。そんなに悲しそうな顔をしないでくれ。


 佐助は距離感を間違えてはいけない、親しくなりすぎてはいけない、と自分に言い聞かせたものの、心苦しさに耐えかねて言ってしまった。


 「ではここでご一緒させてもらってもよいですか」

 「……! はいっ! もちろん」


 蕾が花開くような笑みに、佐助の胸がきしんだ。

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