五年間の真相
***
「さて、どこから切り落とすべきか……」
どこぞの竹林の中。
簀巻きにされて口に手ぬぐいを突っ込まれた東雲家の当主がいた。
食材を見る料理人の目で見下ろす統一郎と、少し離れた場所で上司を眺める佐助がいた。
寝ているところを突然攫われた東雲家当主は「なぜ……」という目で統一郎を見ている。
「何か言いたいことがありそうだな。——佐助」
「はい」
名前を呼ばれただけで統一郎の意を察した佐助が、口に猿轡がわりに突っ込んだ手ぬぐいを外してやる。
統一郎の命令で彼を攫ったのは佐助だった。
「なぜ俺がこんな目に遭う!? 望み通りあの役立たずをそちらにくれてやったじゃないか!」
「役立たず? 誰が誰に誰の罵倒を吐いている」
「ぐああっ!」
指がポキンと音を立てて折れる。
これは相当頭に来ているな……。
佐助はここしばらく目にしていなかった統一郎の激昂ぶりに、総毛立つ。
「それで誰が役立たずだと抜かしている」
「間違えました……許してください……。私は何もかも要望通りにいたしました。今日も『最後の頼みだ』というあなたの言う通りに小春を渡したはずなのに、なぜ今このような扱いを——グフッ!?」
「お前ごときが彼女の名を口にするな」
統一郎の下駄が頬に食い込み、初老の当主は見るも情けない泣き顔をさらした。
「お前はもう殺す。この決定は何をしたところで覆らない」
「それはあんまりでございます!」
「だとしたらこの五年間は何だったのですか!」と叫ぶ当主。
「あなたの言う通りに小春を育ててきた! 毎日欠かさず罵倒して、飯は残飯を一人きりで食わせ、家中の者に小春への差別を徹底させた! すべてあなたの命令通りだ! 小春を死なぬ程度に虐げて育てよ、というあなたのわけのわからぬ命令をこの五年間守ってきた俺に、どうしてこのような最後を迎えさせるのか!」
これまで忠実だった自分にあんまりの仕打ちだ。どうか考え直してくだされ……と足に縋り付かんばかりに泣き、懇願する男。
「自ら『罵倒して育てよ』と命令しておいて、なぜあの娘の悪口を言われてお怒りになるのです。俺はずっとあなたの言うことを聞いていただけで——」
「ああ、お前は五年間私との約束を守って、私の希望通りに彼女を養育してくれた。それは礼を言う。しかしな」
統一郎の雰囲気が変わった。
開き切った瞳孔を見て、当主がひいいっ! とうめく。
「彼女を別の男の元へ嫁入りさせるとはどういう了見か」
「——は?」
言っている意味がわからない、というような素っ頓狂な声を出す当主。
「え? は? だってあなたは小春を嫌っているのでしょう? だからこそ五年前、私にあのような契約を持ちかけてきたのでしょう?」
五年前小春を引き取った俺に、この男は急に現れて奇妙な契約を持ちかけてきたのだ。
——永爽家の娘が最近そちらに引き取られただろう。その娘のことだが、死なぬ程度に虐げて育てよ。家中から彼女の味方をなくし孤立させるのだ。頼れる存在も希望も見えない心中暗澹とした気分になるよう骨を折れ。
小春をそのように育てれば金銭的な援助を授けてくれるという。余裕があるとは言えない家の状態を知っていた俺は、小春が少し苦しむだけで家族が潤うならば、とその言葉に乗った。
すべてこの男の命令通りに、小春を差別して虐めて惨めな生活を送らせてきた。時折面会して小春の様子を報告した。報告のための面会のたびに金銭を受け取っていた。
この男の頼みで小春を虐めるようになってから、我が家の財政状況はみるみる好転した。
なぜ小春にこのような仕打ちを? この男は理由を語りはしなかったけれど、俺はわかっているつもりでいた。
なぜ小春を虐めるのか? 小春を憎んでいるからに決まっている。
この男と小春の間に何があったのかはわからないが、きっとこいつは小春に憎しみを抱いているんだ。
そう信じて疑わなかった。なのに今——。
「勝手な解釈を施すな」
心外でならない、というように殺気を鋭くする統一郎。
「私の望みは彼女の心を手に入れることだ」
「は……?」
「すべては今日のためだった。小春さんを酷い境遇から救い出して、私に深い感謝の念と好意を抱かせるための……」
小春のことを思い出しているのか、頬に赤みがさしている。
「小春さんの心に私という存在を最も良く印象づける。そのための五年間だ」
「何だそれは……。つまりこういうことか!? お前は小春に英雄視されたくて——夢も希望もない暮らしの中に突如現れた唯一の光となりたい一心で、小春を地獄に突き落としたということなのか!?」
いかにも。
統一郎は顎を引くと「さて——」と愛刀の刀身を見やる。
「最後にとんでもない失敗を犯したが、お前には五年間世話になったからな。だんだんと殺してしまうのはあんまりに思えてきた」
「ほ、本当ですか!」
「ああ。だがケジメはつけないといけない。——佐助」
「はい」
佐助に拘束を解かせると、統一郎は自らの愛刀を当主の足元に投げた。
「一本でいい。指を切り落とせ」
「は——」
「できないと言うなら構わない。私が苦しみのないように一撃で葬ってやる」
「や、やりますやります! 今切り落とします!」
命には変えられない。自らを傷つけたことなんて一度もないが、やれば命が助かるならば指の一本や二本、切り落とさなければ。
「ぐっ……うっ……あああああ! フーッ……! フーッ…………」
ポトリと地面に落ちた小指を拾い上げて「よく頑張ったな」と労う統一郎。
「そ、それでは俺は家に帰りま——」
首と胴体が離れ離れになったので、最後まで言い切ることは叶わなかった。
そこら中の竹に当主の鮮血が飛び散る。
「佐助。行くぞ」
「野ざらしにしておいていいんですか」
「ああ。この竹林には野犬が何匹も出没する。このままにしておけば、一日も経たぬうちにそいつらが残さず食べてくれるだろう」
佐助は死体を見下ろす。
理不尽な命令をやっとの思いで耐え抜き、安堵している顔だった。死を覚悟していない状態で殺された男。
「なぜ希望を持たせるようなことをしたんです? どうせ殺すつもりだったんでしょう」
「さすがに鋭いな」
「はぐらかさないでください」
「今は機嫌が悪い。これ以上話しかけるな」
背中から立ち上る怒気に、佐助はここまでの激情を見るのは初めてだと、体の震えを抑え込んだ。
小春が他の男に娶られることが、よっぽど嫌だったのだな。
この人も恋愛感情に振り回されるのか。
佐助は統一郎にそれほど人間くさい部分があることが信じられなかった。
二人が竹林を出た途端に、背後で生き物が蠢く気配がしてきた。統一郎の言っていた野良犬共だ。
「佐助」
「はい」
「お前が率先して小春さんの世話をしてやれ」
佐助は息を呑む。しかし、彼の動揺に統一郎は気づかなかった。
「もちろん仕事の合間で構わない。だが彼女が何か困っている時はお前が率先して動け」
「わかりました」
局長である統一郎は常に多忙だ。小春のそばについてあげられないことも多い。それを踏まえて自分が不在の時は彼女を頼んだぞ、という命令だった。
佐助は、現在統一郎の屋敷で共に暮らしている。
それはつまり、これからは小春と一つ屋根の下での生活が始まるということだ。
「私はお前を信頼している。隊員の中でも一番、な」
たらし込むような口ぶりと共に、見れば万人が幸福になるような微笑みを浮かべる。
三秒後、その表情が圧力のある真顔に豹変する。
「立場をわきまえた振る舞いを常に心がけろよ」
距離感を間違えるな、と釘を刺しているのだ。
「わかっています。自分の立場はよくわかっていますから」
「まあ、お前のことだ。私を裏切るような真似は決してしないと分かり切っている」
冷たい真顔から、パッと砕けた笑顔に変わる。
この人の中で自分はかなり信頼されている方であることは、わかっている。
ただどんな相手であろうと疑念を完全には拭い切れない性格の持ち主なのだ、この人は。
佐助はずっとそばで統一郎を見てきたので、彼のことをよく理解していた。
彼の美しい外見に隠された恐ろしい気性も——。
佐助の脳裏に、小春の顔が浮かぶ。
あの人は何も知らない。
自分が五年間受けてきた責苦が、一人の男の身勝手な計画が元凶であることも。
屋敷に到着しても、"殺人鬼"が正体を表して小春に襲いかかるまで聞き耳を立てて待っていよう、と俺に言っていたことを。
自分が五年間ずっと監視されていたことを。
そして——。
家族を皆殺しにした犯人が鬼頭統一郎その人であることも。
小春はなにも知らないのだ。
佐助は目を伏せる。
統一郎が創作した芝居。その役者として操られていながらそれを知る由もない小春を思うと、佐助は心中暗澹たる思いだった。
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