五番隊隊長
***
その日の夜、愛宕山に向かった隊員たちは、なんとか全員無事に屯所に帰り着いた。
竜巻に吹き飛ばされた隊員たちも、草むらや木の上など衝撃が少ない場所に落ちた者が多数で、骨折程度で済んだのは幸いだった。
「菊男さん、見つからなかったですね……」
ガーゼのような物を頬に貼った七男が、隣で肩を落とす。
隊員たちは遠くに吹き飛ばされた者も含めて全員見つかったが、菊男だけが見つからなかった。
愛宕山のどこを探してもいない。そうこうしているうちに夜が近づいてきたので、捜索は明日再開しよう、ということになったのだ。
あの薬を誰から買ったのか聞き出したかったのに……。
ただ一人短子の潔白を知っている佐助は、あの薬が短子の物でないとわかっていた。
短子に罪をなすりつけるために、菊男が自分が持っていた物を短子の物だと偽っていたのだと。
これを売りつけてきた人物を突き止めるためにも、早く菊男が見つかってほしいものだが……。
「すみません。俺が不甲斐ないばっかりに……」
背後から聞こえてきた声に振り向けば、腕に包帯を巻かれた隊員。名前は——。
「岡田——お前一人が責任を感じることじゃないだろう」
「でも副長……。俺は飛ばされる直前まで菊男さんの近くにいたんです。なのに守れなかった……」
半分涙声になる隊員に佐助はもう一度、
「お前が悪いわけじゃない」
と言った。
「お前は精一杯自分の仕事を果たした。そう自責するな。怪我の具合はどうなんだ?」
「結構出血しましたが、一週間ほどで完治するだろうって、医師に言われました」
「そうか。大事にしろよ。今は怪我の回復につとめろ」
「はい!」
岡田がキョロキョロと周りを見回したので、佐助は「どうした?」と尋ねる。
「局長はどこにいるのかと思って」
「ああ。執務室だろう。何か用があるのか?」
「あ、いや。そういうわけではないのですが」
では失礼します、と岡田はその場を去っていく。
その時、重い緊張感が張り詰めた空気にはおよそふさわしくない、頼りなさげな声が聞こえた。
「ああ! やっと帰ってきてくれた〜……!」
佐助の顔を見るなり、張り詰めていた顔面の筋肉をへにょへにょと緩ませた隊員が、こちらに駆け寄ってくる。
肩くらいまで伸ばした髪はこの時代の男の中では長髪に入る。そんな珍しい髪型に長い手足が特徴のその隊員は——。
「武田隊長! お疲れ様っす!」
「そ、その呼び方はやめてよ〜……。田郎って呼んでっていつも言ってるじゃん……」
「あっ、そうでしたね!」
七男と田郎のやり取りを、佐助は黙って眺めていた。
五番隊隊長、武田勇志郎。
今回の任務では、この拠点の護衛を命じられた者だ。さすがに実力者をごっそり連れていくわけにはいかないので、一人くらいは隊長を屯所に残しておくべきだと統一郎は判断した。
それで、彼が率いる五番隊は留守番ということになったのだ。
「ふ、副長たちがいない間にあやかしに攻められたらどうしようって考えると、寿命が縮みそうだったんですよ! やっぱり私の他にも一人残るべきなんじゃないか、って三秒に一回くらい思って……ああもう本当に生きた心地がしなかった〜……」
ヘナヘナと床に頽れる姿を見て、七男が不安そうな顔つきになる。
隊長がこんなに臆病な性格でいいの? という顔である。
彼の心の声を察した佐助は言う。
「こんなんでも隊長なだけあってちゃんと頼りになるんだ」
「ちょっ……! 新人に変なこと吹き込まないでくださいよ……!」
フォローしたのに恨めしげに睨まれた佐助は『面倒くさい』という顔をする。
「い、今! 今、私のこと『面倒くさいな、この役立たず』って思いましたよね……?」
「そこまでは思ってない」
「面倒くさいとは思ったんじゃないですかー! あ、それとも役立たずの方? どっちにしろ最悪だー!」
勝手に暗い妄想を膨らませて頭を抱える隊長を、五番隊の隊員は「また隊長の発作が起きた」と生温かい目で見ている。
この武田勇志郎という男、超超超超ネガティブ人間である。
気が小さくてすぐに不安を感じる。悲観的で後ろ向きな言動が目立ち、江戸にその勇ましさを讃えられる集団『魔性討伐軍』の隊長の一人だなんて、パッと見てわかる人はいないだろう。
本人もそんな自分の性格を疎んでいて、
「完全に名前負けしてるよね……」
と自嘲している。
名字が"武田"な上、名前に"勇ましい志"という意味が入っている。名付けた親の思いが察せられる分、悲しいことである。
なので、本人は残った部分の『田郎』で呼ばれることを好む。
「結構良いあだ名だと思うんだ……」とは本人の感想。
田郎は留守中屯所を護っている間も、自分が発したネガティブ発言でさらに不安になる……というアホみたいなことを繰り返していた。
そのたび五番隊の隊員たちが、
「大丈夫ですよ隊長!」
「もうすぐ帰ってきますよ!」
「局長が向かったんですから、五秒で解決してきますって!」
と口々に隊長を鼓舞した。
トップの田郎が隊員を励すのが本来あるべき形なのだろうが、これはこれで隊員たちが団結して悪い空気にはならないので良し——なのかもしれない。
「あの子、ずっと暗い顔してるし……あっ、もしかして私と一緒にいるのが嫌すぎたのかな……? まったく自覚ないけど、実は口臭がキツかった? 無言に耐えられずに話しかけたのがウザいと思われた? ど、どうしよう! 不快にさせちゃってたら……嫌な思いさせてたら……! そ、そしたらもう……もう切腹して詫びるしか……!」
「落ち着けよ」
田郎の頭をチョップする佐助。
「彼女とどんな話をしたんだ?」
「え、えっと……まず自己紹介して……その後天気の話を振って……それから休みの日は何してるのかって話になって……」
お見合いかよ。
人見知りの田郎がぎこちない態度で小春と接したことが、佐助にはよくイメージできた。
慣れないながらも、小春の不安を払拭するように頑張ろうとしたのだろう。統一郎の命令を守るため。
『お前が彼女の護衛につけ。彼女も心細いだろうから、楽しい話でもして気持ちをほぐしてあげてほしい』
あの人も難易度の高い頼み事をするものだ……と出発前に横でそれを聞いていた佐助は、内心苦笑した。
統一郎直々に命令を下された、という事実に有頂天になって頭がハッピー状態になっていた田郎は「は、はいっ! 承知しました局長……!」と胸の前で両手を組んで目をハートにしていたが、いざ統一郎たちが出ていってしまうと、命令のハードルの高さに泡を吹いてぶっ倒れた。
でも……そうか。
「そりゃ暗い顔になりますよね……」
七男も自分と同じように、小春の浮かぬ顔を思い浮かべたようで、しゅんとした表情になる。
田郎が言う。
「あの子、ずっと副長のことを心配してましたよ」
「俺のことを……」
「副長だって愛想なんてカケラもなくていつも仏頂面なのに、なんですぐに仲良くなれたのかな……それも女子と。いいなあ、羨ましいなあ……」
ナチュラルに失礼なことを言う田郎にも、古株の佐助はもう慣れている。
「とにかくあの子——小春ちゃん……さん? 様? に会いに行ってあげた方がいいです。ずっと副長のこと気にしてたんですから」
「ああ、わかっている」
佐助は顎を引くと、小春が待っている統一郎の屋敷へと足を向けた。
「あとな」
佐助は振り返り、田郎に言う。
「様呼びは本人が嫌がると思うから、やめておいた方がいいぞ」
統一郎は、執務室で今回の件に関する書類を作成するのに忙しくしていた。
任務を終えた際には、町奉行所に報告書を提出するのが義務となっている。どんな小さな事件でもだ。
統一郎が一人執務室で集中していると、扉の前で声が聞こえた。
「すみません、局長。今よろしいでしょうか」
「岡田か……」
隊員の一人一人と話す機会は少ないが、統一郎は隊員たち全員の声を聞き分けられる。
今回も声で岡田だとわかった。
「少しだけなら大丈夫だ。入ってくるといい」
ありがとうございます、と答えた岡田の口角が、ニヤリと吊り上がる。
扉を閉める音が、誰もいない廊下にやけに大きく響いた。
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