あんこの伝言
「んー……んんん?」
胸元でうめき声と共にモゾモゾと動き出したものがあったので、佐助はギョッとする。
「ぷはー! 起きて早々何か汗くさいと思ったらお前の服の中だった! 何これどういう状況?」
「ああ……お前が入っていたんだったな」
佐助は、あんこを胸に入れていたことを今の今まで失念していた。
「お前、さっき起きたのか?」
「そうだよ。この世の終わりかと思った〜……。もう小春に会えなくなったらどうしようって、悲しくて寂しくて……」
あんこは全身の毛が吹き飛ばされて裸にされそうなほどの強風に、すっかり肝を冷やしてさっきまで気絶していたのだった。
「そういえばお前、どうしてここに来たんだ」
「へ? あーお前になんか言いたくて急いで来たんだけど、衝撃で忘れちゃったな……。そうだ! 短子! 短子のことだよ!」
思い出したあんこは、興奮のあまり佐助の胸をポスポスと連打する。
「あいつは敵じゃないよ!」
今朝、朝食を食べるとすぐに家を出ていったあんこは、野良時代に世話になった家にいた。
あんこはその家の奥さん——香澄が好きだった。
ま、小春ほどではないけどね、とあんこの心の声。
懐き始めていた短子が、大好きな小春を害そうとしていたと知ってから、ずっと心がザワザワして、いてもたってもいられなかった。
この気持ちはどうすれば落ち着くのか。あんこの脳裏に、久しく会っていなかった香澄の優しく、しかしいつもどこか無理をしているような笑顔が思い浮かんだ。
香澄に会いに行けば、少しは明るい気分になれるかもしれない。
そう思って会いに行ったはいいものの——。
香澄はあんこを見て微笑んだかと思うと、すぐに限界が来たように泣き崩れてしまった。
香澄は、あんこに苦しい胸の内を告白するように声を絞り出した。
「助けて……。菊男さんが。菊男さんが……」
短子さんを殺しちゃう。
香澄は確かにそう言った。あんこはフリーズして、今香澄が言ったことの意味を飲み込んでいた。
菊男とは? 今朝うちに来て統一郎と話していた、短子の双子の弟だ。
短子が殺される。実の弟に。
「短子さんがお義父さんを殺すなんてありえない。あの人はそんなことする人じゃない」
香澄は確信を持って呟く。短子の人格に対する強い信頼、彼を案じる気持ちが強く滲み出ていた。
「菊男さんがやったんだわ。菊男さんがお義父さんを殺したんだわ。あの人は自分の罪を短子さんになすりつけようと……」
香澄は夫の気性をよく知っていた。人を人とも思わぬ鬼畜ぶりを。
『魔性討伐軍と共に短子を連れ戻しに向かいます』
菊男の残した置き手紙を読んで、香澄はさめざめと泣いた。
愛宕山に向かった夫は、強い覚悟を胸に秘めている。
短子に全ての責任をなすりつけて、殺さなければという覚悟を。
香澄は愛宕山の方角に向かって、必死で祈った。
どうか彼——短子が無事であってくれますように、と。
そばでその様子を見ていたあんこにも香澄の気持ちが移ったように、いつの間にか短子の潔白を信じる気持ちになっていた。
「だから何かの誤解なんだ! 短子はきっと悪いやつじゃなくて——」
「……ああ。知ってるよ」
佐助が深く頷くと、あんこはキョトンとする。
短子は無事に山を降りられただろうか——佐助はそんなことを考える。
あいつは去り際、血をダラダラ流している俺がいるのに、体を奪おうとしなかった。
それをすれば自分は助かるとわかっているのに、奪わないことを選んだ。
「知ってる。よく知ってるよ」
佐助はあんこを抱き上げると、周りを見渡した。竜巻によって薙ぎ倒された木が乱立する愛宕山を。
「まずは皆の無事を確認しないとな」
佐助は隊員たちを探し始めた。




