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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン


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あいつを殺すために

 「これ以上あいつの好きにさせるわけにはいかないって。あいつを生かしてたら、香澄が、はな、なつ、つばめが——何より菊之助の人生が乗っ取られちまう。俺は菊男を殺すことを決意した。でもな、ここで問題発生だ。俺が弱すぎる、ってな。いやいや俺は弱くねえよ。菊男が強すぎるんだってーの」


 はは、とおそらく笑うつもりであったひどい掠れ声が、短子の口から出る。


 「あー……。ごめん。なんか喉の調子悪いわ」


 何度も咳払いするが、決して喉の調子はなおらない。


 佐助の喉元にも何かが込み上げてきて、一言でも口を聞こうものなら短子よりもひどい声が出そうで、口を真一文字に結ぶ。


 「なんかさ、こんなことになるんだったら、もっとちゃんと鍛錬積んどくべきだったな、って。俺一応兄ちゃんなのにさ。兄弟喧嘩まったく勝てないわけ。間違った弟を殴ることもできないのよ。あー…………。情けねえなあ、ホント」


 聞こえてくるのは鼻を啜る音。


 佐助は、自分には短子のことを責める資格などないと思った。


 愛する人を救うためにはこれしかないと思い詰め、手を汚し周りを巻き込み、他を犠牲にする覚悟までした。


 そんな短子を、自分は決して罵れまい。


 それでもこいつは情を捨てきれなかった。


 七男を助け、敵対した魔性討伐軍(俺たち)を殺さないように戦い、殺そうとした太郎坊を慌てて止めた。


 佐助の中にあった燃えるような怒りが、すうっと消えていく。


 怒りと悲しみ。もつれ合っていた二つの感情は一つになり、今は冷たい悲しみだけがこの胸を満たしている。


 「強大な弟を滅ぼす力が欲しかった。あの人たちを守れるほどの力が。あやかしに対して圧倒的な力を振るえる彼女の体を借りたかった。でも失敗して、途方に暮れてるところに太郎坊に声をかけられたんだ」


 ——お前、魔性討伐軍に追われてるんだろ?


 短子が討伐軍の拠点から逃走する場面を、たまたま見かけたのだと太郎坊は言った。


 「そういうことなら匿ってやる、あいつらには恨みがあるからな——そう言って山に連れてってくれて、これは幸運だ、って思ったね。勝手に親近感を抱いてる様子の太郎坊を見ながら、こいつの体を借りれないか、って」


 大天狗である太郎坊の力なら、菊男にも勝てるのではないか。


 起死回生の一手を思いついた短子は、まさに地獄に仏だ、と目の前が急に明るくなったようだった。


 「でもさすがに天狗。寝てるところをグサーッとやるのも無理そうでさ。あいつの皮膚めっちゃ硬くて、ちょっとやそっとじゃ血なんて出ないんだよ」


 太郎坊に切り掛かった感触がまだ手に新しい佐助は「そうだな」と頷く。


 「だからお前らに戦ってもらって、血を流させようとしたんだ。太郎坊が一滴でもいいから血を流したら、どさくさに紛れて俺のと混ぜるつもりだった。でも……これも失敗失敗! もー今度こそ本当にダメになっちゃったね。やっぱり俺じゃ無理だったんだなあ……」


 短子は潤んだ瞳を空に向けると、ふいに限界を迎えたように嗚咽を漏らした。


 それから長い間、佐助も短子も何も言わなかった。


 佐助は、ずっと短子のことを考えていた。


 どうすれば短子の願いが叶うのか、叶えられるのか。自分には何ができるのか。


 ふと、佐助の頭に妙案が浮かんだ。これしかないと思った。


 「局長に俺が説明する。お前がやったことは、全部太郎坊に脅されていたからなんだと」


 統一郎の怒りようを思い出して弱気になりそうになるが、いやここは俺が何としてもあの人を説得してみせる、と覚悟を決めた。


 そうすれば。短子は悪くなかったのだと認めてもらえれば。そしたらあとは——。


 「お前が弟の元から彼女たちを連れ出して、支えればいいじゃないか」


 佐助がそう言いかけた時だった。


 「ゲホッ! ゴホッ!!」


 突然短子が大きく咳き込んだかと思えば、口から吐き出したのは多量の血液。


 「おい!?」

 「あー大丈夫大丈夫。いつものやつだから」

 「いつものやつって……」

 「俺、肺の病持ってんの。25まで生きられないだろうって、ガキの頃からずっと言われてきた」


 寝耳に水の情報に、佐助の脳が理解を拒む。


 とてもそんなふうには見えなかった。病人とは思えないほど、短子はいつも陽気に振る舞っていた。


 気丈に見せるのが上手いだけだったのか。


 「親父は俺に長生きしてほしくてさ。"健康な体"を用意してくれたんだけど、それを突っぱねて出ていったのが14の頃だった」


 健康な人間の体を奪い取って暮らせばいいと、他人よりも我が子の生存を優先した父親だが、当の短子に突っぱねられた。


 勘当ではなかった。短子が勘当だと言いふらしたのだ。父親ではなくて自分の方に非があって、だから追い出されたのだと。


 「まーそんなわけで、俺はそう遠くないうちにこの世とおさらば。薄幸の美青年ってやつだね。死ぬには勿体無い良い男なのにね〜」

 「…………」

 「なんか言えよ」


 佐助は無言だった。


 何も言う気になれなかった。


 短子は長く深いため息を吐き出した。


 これまでの何もかもを吐き出すようなため息だった。


 「ホントお前ノリ悪……」


 香澄やその子どもたちの成長を、短子が目にできることはないのだ。どれだけ見届けたいと思っても。


 なんの罪もない人間の人生を壊す方法など、短子は選べないのだから。


 「そんなわけで、何もかもおわた。もうこれしかないんだ、絶対やってやるんだ、って覚悟決めて、天狗に縋ってまでみっともなく足掻いてみたけど、やっぱ無理だったわ。……なあ、佐助」


 短子は絞り出すように言った。


 「ごめんな」


 短子のその謝罪には、佐助以外の全員にも向けられていた。


 短子はギロチンに首を差し出すように、木の間から首だけを突き出して佐助に見せつける。


 「お前も色々ムカついてるだろうし。殺してスッキリしていいよ」


 今がチャンスだよ、とアピールするように目配せする短子。


 佐助は振り返って、短子の赤くなった目を見て視線を落とした。


 「……お前なんか殺したくねえよ」


 佐助はそう呟くと、周りに人の気配がしないことを確かめて、短子の上にのしかかっている木の幹に手をかけた。


 「は?」


 グググッ、とかかっていた重みが上にいったので、短子の口が半開きのまま固まる。


 「早くしろ……! これキッツイんだぞ……!」


 歯を食いしばって、圧倒的質量に耐える佐助。その逞しい腕には、見ていて恐ろしくなるほどの筋が立っている。


 彼の体に半分流れている鬼の血が、人間にはどう頑張っても出せないパワーを引き出していた。


 「お前……でも……」

 「いいから早くしろっつってんだよ!」


 佐助の剣幕に押されて、思わず這い出してしまう短子。


 「行け。今なら誰も見てないから」


 短子を逃すということがどういうことなのか、佐助がわかっていないはずがない。


 それすなわち、統一郎に背くということになるのだが……。


 短子は佐助の目を見る。その瞳に迷いがないことを確かめて苦笑をこぼした。


 「そんなんでこれから先、やっていけんのかよ」


 そう言い捨てると、山を駆け降りていった。

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