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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン


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天狗大戦6

 「この——!」

 「!?」


 短子が急に自身の手の甲に噛みついたので、佐助は何事かと驚く。


 皮膚を食い破らんばかりに自傷した短子の口元が、赤い液体で濡れている。


 何をやっているんだ、こいつは。


 佐助が不可解な行動に恐怖を抱き始めていると、短子は手の甲の傷口を、自身の顔の横にある佐助の切り傷まみれの手に合わせようとした。


 その時だ。


 「短子!!」


 一体どこにいたのか、今の今まですっかり存在を忘れていた菊男が、数歩先に立って兄を睨みつけていた。


 「なんで……なんでお前がここに……」


 短子は珍しく怯えたような様子で、弟を食い入るように見つめる。


 「お前の企みはすべてバレているぞ!」


 菊男がそう叫んだ瞬間、短子の顔がぐにゃりと歪んで、子どもが泣き出す寸前に似た表情になった。


 これまで必死に打ち込んできたことのすべてが台無しになったかのような、そんな絶望がありありと伝わってくる表情だった。


 「あああああ!!!」


 突如短子が絶叫すると、まだそんな力を残していたのか、と思うほどの怪力で、彼は佐助の下から抜け出した。


 「あっ……!」


 最後の力を振り絞って、短子は菊男のもとにすっ飛んでいく。振り上げた拳を顔面に叩き込もうとするが——。


 脳みそを直接殴られたような衝撃に襲われると、短子の体は地面にめり込んだ。


 筋肉や内臓など、身体のあらゆる機能が停止させられたように、まつ毛一本たりとも動かせない。


 「うっ……おええぇ……!」


 地面に胃酸を吐き出す短子。眺めている佐助にも、二人の間にある実力差がどうしようもなくわかってしまった。


 短子だってかなり強い。しかし、そんな短子でも菊男には到底敵わないのだ。


 勝負することすらできない。傷一つつけることも不可能なほどの差があるのだ。


 菊男の足元でうずくまる短子が、狼の前に現れた一匹の子猫のように頼りなく見えてくる。


 息も絶え絶えな弟を睨み、菊男は大きく足を振り上げる。


 短子は死ぬ。


 佐助は頭で考えるのではなく心で感じ取った。彼の本能が色濃い死の気配を嗅ぎ取っていた。


 それは短子の方も同じで、もはやこれまでか、と彼は死を覚悟した。


 菊男の踵が短子の体に当たりそうになった、まさにその瞬間のことだった。


 「統一郎ぉぉ!!!」


 鼓膜をつんざくような大声に、その場にいる全員の意識が愛宕山太郎坊に向く。


 太郎坊は、統一郎との戦いで激しく負傷した体を抱えて、何とか隙を作り出して天空へと避難した。そして懐から羽団扇を取り出し、自身の頭上に掲げる。


 しまった、と思ったその時、一本の矢が真っ直ぐに太郎坊が手に持つ羽団扇に飛んでいく。


 しかし——。


 「こざかしい!」


 羽団扇をぶん! と一振るいすると、矢は風圧に負けて力なく地面に落ちていった。


 「ああっ!」


 卵井の無念の声が聞こえる。


 「やめろ太郎坊!」


 そう叫んだのは、いまだに動けずにいる短子だ。


 「あと少しで勝てる! 俺が勝たせてやるから羽団扇は使うな!」

 「ああ、そういう約束をしていたな。羽団扇はどうしても、という時に使うと。だがもう限界だ!」


 彼は、地上にいる大量の隊員たちをゴミのように見下ろす。


 「何もかもめちゃくちゃになってしまえばいい! ちまちま殺し合っていないで、一気に殺してしまえばいいのだ! これ以上儂を苛立たせるな、下等な人間ども!」


 太郎坊は頭に来ていた。


 たかが人間どもに手こずっている仲間たちの衰え具合を目の当たりにして。憔悴しながらも目は死んでいない隊員たちを見て。


 もう何もかも破壊してしまいたいと思ったのだ。


 「死ね! 壊れろ! 全部全部全部!」


 天狗は癇癪持ちとしてもよく知られている。


 一度頭に血が上ると、気が済むまで暴れ回り、目の前のものを手当たり次第に破壊したがるのだ。


 卵井が二本目の矢を用意していた時だった。


 「ちょっと待ったーっ!!!」


 この戦場に似合わない可愛らしい声が響き、佐助はハッと振り返る。


 「あんこ!?」


 小さい足をせかせかと動かして、全力疾走でこちらに向かっているのは真っ白い毛玉だった。


 朝から姿を消していたあんこだ。


 「待て待て待て! 一旦戦いをやめろ! お前に教えなきゃいけないことがあるんだよ!」


 あんこはジャンプして、佐助の胸元にダイブした。佐助は咄嗟に受け止める。


 「短子のことだ! あいつを殺すな! あいつはな——」


 必死にここまで駆けてきてまで伝えたかったあんこの言葉は、しかし途中で遮られてしまう。


 足が地面から離れていくのを感じた佐助は、ギョッとして近くの木につかまる。


 空を見上げると、太郎坊が羽団扇を振り回すのが見えた。


 「うわわっ! ヤバいヤバい死ぬーっ!」


 あんこが飛ばされる寸前、佐助は急いで彼女をキャッチした。


 「ここに入ってろ!」


 佐助は胸元にあんこを押し込むと、強風が止むまでそこから出ないように言い含める。


 あちこちから悲鳴が聞こえては、その悲鳴が遠ざかっていく。踏ん張っている隊員たちもいるが、多くの隊員が引き起こされた竜巻の渦に巻き込まれて、グルグルと回されている。


 まるで洗濯機の中の洗濯物のように、無抵抗に振り回されるしかない。


 対応が遅れて巻き込まれた隊員たちを助けることもできず、佐助は木にしがみついて耐える。


 正直こうやってしがみついているだけで精一杯だ。少し油断すれば足が地面から離れて永遠におさらばしそうだ。


 強風は止むどころかヒートアップして、パキリと音を立てて折れた枝が地面に落ちていく。それを喰らった隊員がうめき声をあげる。


 両隣の木が嫌な音を立てた気がして、佐助が木を見れば、なんとそれが徐々に傾いていくではないか!


 この辺りの木々は、毎日天狗たちの修行に使われていた。


 天狗の修行とは何をするのかといえば、勘が鈍らないように天狗風を起こしてみたり、神通力を宿した拳で幹を殴ってみせたり——そういう地味な鍛錬である。


 大木は簡単なことでは倒れはしないが、それでも日々ダメージは着実に蓄積されていた。


 それはコップに入ったたくさんの水が溢れ出すように、何かの拍子で限界を迎える。


 太郎坊によって引き起こされた災害級の暴風は、山のたくましい木々すら犠牲にするものだった。


 あちこちで次々に木が薙ぎ倒される。隊員たちの生存確認をする余裕もなく、大木が倒れる衝撃で地面が揺れる。


 佐助の両側の木が、緩慢な動きで地面に落ちそうになる。胸から顔を出したあんこが、大木と大木に挟み撃ちされる恐怖に耐えきれず、失神してしまう。


 しかし、佐助は人間離れした跳躍力でその場を離れると、倒れていく木々の間、枝と枝を飛び乗って、時に巨大な枝に押しつぶされそうになりながら、それを剣で細かく切り刻んでいく。卓越した剣技に感心する余裕がある者は、この場にはいない。


 佐助はまだ無事だった大木の頂上に乗ると、天空で高笑いしている愛宕山太郎坊を冷たい眼差しで見据える。


 「ハハハハハ! これでいい! これでこそ天空の支配者! これが天狗だ! 儂はお前らなど足元にも及ばぬくらい偉大な存在なのだ! 天狗の行動に人間ごときが口を挟むなど、言語道断!」


 恍惚とした面持ちで語る太郎坊には、今の攻撃に巻き込まれて死んだ仲間も、息子の仇である魔性討伐軍の者たちも、目に入っていなかった。


 ただ自分の力が生み出したこのせいせいするような惨状にうっとりして、警戒心など綺麗さっぱり消えている。


 佐助は刀を構えると、渾身の力を込めて跳躍した。


 「ハハハハハ! ハハ——え?」


 ポカンとした太郎坊の顔が、真っ二つに割れた。


 太郎坊の死体が、佐助と共に落下していく。


 佐助は太郎坊の体に足を乗せると、足下の彼で衝撃を軽滅して地面に着地した。


 佐助は、散々な状態になった戦場を見渡す。


 一面、倒れた木ばかり。大木に天狗が潰されているのがチラホラ見える。


 竜巻に巻きこまれた隊員たちはどこに行ってしまったのか、姿が見当たらない。


 どうか無事であるように——そう祈りながら不安定な足場を歩いていくと、頭から血を流して倒れている短子を発見した。


 「!? おい! しっかりしろ!」


 頬を叩くと、その瞼がゆっくりと持ち上げられる。生きている。


 佐助はホッと肩を落として、深いため息を吐き出した。


 短子は木と木の間に挟まれて、苦しくはないが身動きの取れない状況だった。


 「全然動けねー……もうダメだわ」


 短子はどこか安心したような目で空を仰いだ後、佐助の顔を見た。


 短子の顔に浮かんでいるのは、死への覚悟——佐助に殺されることの覚悟だった。

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