天狗大戦5
「羽団扇は最後の最後に、って作戦でしょ? 太郎坊」
「お前……戦闘には参加しないと言っていたじゃないか」
「うん、そのつもりだったけどね。見学にも飽きてきちゃって。それになんか負けそうな感じだし?」
短子の姿を捉えた統一郎が、彼に向かって何かを投げつけた。
背後の木に刺さったそれを振り返って、短子は「うひゃー」とおどけたように言う。
「手裏剣? 武士が持つものなの、それって」
「私の部下に忍びの里の出身者がいてな。その者に作らせた特別な武器だ」
四番隊隊長が作成したその手裏剣は、刃先に猛毒が仕込まれた特製品だ。熊も10秒で絶命するほどの強力な毒。それを短子はすんでのところでかわした。
「怖い怖い。太郎坊、もうちょっとだけ頑張ってよー。"雑魚ども"の相手は俺がやっとくから」
太郎坊は、短子のありがたい申し出を受けることにした。
「お前……」
佐助は多くの思いを込めて短子を睨んだが、短子は佐助を一瞥すると、それきり興味をなくしたように目線を外した。
「さて……面倒くさいけどやるしかないか〜」
短子は頭をガシガシとかくと、一つ瞬きした間にこの場にそぐわぬゆるっとした雰囲気を脱ぎ捨て、代わりに戦士の雰囲気を纏った。
もちろん短子の登場に警戒はしていたものの、武器など何も持っていない素手の彼に、隊員たちはどこか油断していた。
「うわっ!?」
「ぐあっ……!?」
あちこちから困惑が混じったうめき声が聞こえる。自分が何をされたのか理解できぬうちに、体が地面に落ちていく。
隊員と天狗。それに鬱蒼と茂った木々が入り乱れる混沌とした戦場を、短子は我が庭のようにすいすいと移動していき、その合間に鉄拳を器用に隊員たちだけを選んで的確に当てていく。
その軽やかで素早い動きは、戦いというよりも舞を舞っているようだった。
次々と隊員を地面に落としていく短子の舞踏は、戸惑いとどよめきの波を大きくしていく。
短子がこれほど強かったなんて、佐助は微塵も知らなかった。
これほどの実力を持っていながら、行うことが天狗の復讐の手助けか。
佐助は、何とも言えない濁った気持ちになる。
しかし、短子の戦いぶりを見ているうちに、佐助は強烈な違和感を覚える。
素早く移動しながら何人もの隊員をあしらっているが、特定の人物を避けながら移動しているような……。
そうだ。あいつは隊長たちを避けている。隊長や隊長格の強さを持つ実力者に拳を打ち込もうとすることはしていない。
まるで相手と自分の実力差を明確に把握しているようだ。
それだけではない。あいつは——。
「副長!」
その声にハッとする。
見れば、七男が佐助を見ていた。
「ここは俺が引き受けます! 副長は宿先生のところに行ってください!」
「それはありがたい。だが……」
「俺だって、ただ仕事を教えられてたわけじゃないっすよ! 魔性討伐軍に来てから、隙を見て皆さんの技を盗んできたんです!」
「だから行ってください!」と佐助が手こずっていた天狗たちの一人を切り伏せる七男。
「それに副長くらいじゃなければ、宿先生の勢いは止められなさそうっす!」
七男の言う通りだった。隊長クラスの実力者を器用にかわしていく短子の手にかかった隊員は、次々に倒れ伏していく。中には立ったまま体中の筋肉が硬直したように固まっている者もいる。
このままでは戦力を大幅に削られる。敗北してしまう。
敗北は死を意味する。動けなくなった自分たちを超えて、太郎坊たちは屯所に向かうだろう。憎き魔性討伐軍の拠点へと赴き、隊員たちを鏖殺するだろう。
屋敷にいる小春のことを思い出して、佐助は「頼んだ!」と七男に天狗たちの相手を任せて、短子のもとへ向かう。
「うわ、よりによってお前かよ。最悪なんだけど」
短子がうへえ、と舌を出して佐助を迎える。
「今日の俺は刀を持っているぞ」
「知ってるよ。だから来ませんように、って祈ってたんだけどな」
短子は遠くの方で奮闘している七男を一瞥して、
「良い部下を持ったじゃん」
と祝福するように言った。
すぐに戦闘が始まるかと思いきや、二人はじっと睨み合っている。
「お前、自分がしたことをわかってるのか」
佐助が尋ねるが、短子はその質問は予測していたと言わんばかりに、表情一つ変えなかった。
「説教なら意味ないよ」
短子が拳を構える。佐助も刀を持ち直し、目の前の敵を睨んだ。
最初に仕掛けたのは佐助だった。短子の腕を切り付けようとするが、逆に短子の肘鉄によって刀を握る手にダメージを与えられてしまう。
絶対に取り落としてはならないと激痛を耐えて刀を持ち続ける。生理的な涙が溜まった目で、中腰で短子を睨み上げる。
短子は後ろにヒョイッと飛び退き、そのまま木に登ろうとするが、「待て!」と叫んだ佐助がすっ飛んでいき、今度は短子の足を狙う。
「手足、ね——」
短子がどこか呆れたように、それでいてどこか苦しそうに呟くと、強く拳を握りしめた。
来る。
重い一撃に身構えた佐助。
次の瞬間、脛に短子の蹴りが思いっきり入った。
「ぐっ……!」
「こんなのに引っかかるとか、副長様も大したことないんだな」
拳に意識を向けさせて、足元への意識をおろそかにさせたのだ。普段の佐助であれば、こんな手に引っかかることはない。
「真面目にやれよ。太刀筋もふにゃふにゃしてるしさ。せっかく七男が好機を作ってくれたのに」
七男はといえば、腹でも切られたのか痛みを堪えるように顔を歪ませて、それでも懸命に佐助から引き継いだ役目を果たしている。
その姿を短子は遠目に見たのだが、すぐに目を逸らした。
次いで、視線を統一郎と戦っている太郎坊に移す。
その表情が、何故だかうんざりしたものになる。
「お前の上司も案外大したことないな。やっぱり上には上がいる。この世は化け物だらけだ」
統一郎は傷こそないものの、その代わりに太郎坊にろくなダメージも与えられていなかった。
場所のせいもあるのだろう。向こうはいつでも空中に退避できるのに、こっちは最悪な足場に縫い止められてうまく動けない。
太郎坊にはかすり傷一つなかった。天狗の皮膚は分厚く、刃先が少し当たったくらいでは流血などしない。
生まれ持った才能が違うのだ。ただの人間と強大な力を持つあやかしでは。
「……たしかにな」
「ん?」
佐助の口から弱々しい声が聞こえてきて、短子は聞き返すように小首を傾げる。
「でも……相手が化け物だからって諦めるわけにはいかない! 俺は——俺たちは必ず殺人鬼のいない世界を作る!」
佐助の決意表明に地面に伏したまま動けずにいた隊員たちが、ハッとしたように顔を上げる。
佐助は口の中に溜まった血を地面に吐き出すと、痛みを訴える足を無視して、短子に斬りかかろうとする。
先ほどとは明らかに違う、力強い動きである。
短子が冷や汗を垂らしたその時、ちょうど太郎坊の悲鳴が響いた。
「ぐああ……! うううう……!」
太郎坊の眉間から、ダラダラと流れるのは紛れもなく赤い血潮である。
統一郎の渾身の一撃をまともに喰らい、いよいよ流血したのだ。
「なんだ……なんだこれは! なんなのだ!」
自分が血を流しているという現実を受け入れられないのか、太郎坊は眉間を押さえて狼狽している。
今こそ好機、と統一郎は再び刀を振りかぶる。
「あっ、おい!」
短子が脇目も振らずに太郎坊目指して駆け出したので、佐助は慌ててその後を追いかける。
「離せ! 離せよ!」
佐助が短子の背中にのしかかって地面に押し倒すと、体の下で短子が暴れ回る。
しかしこのような不利な体勢に持ち込まれては、まともに身動きなど取れるわけがなく、佐助の厚い体を押し返すこともできない。佐助とてここで短子を応援に行かせるわけにはいかず、全身に力を込めて取り押さえる。
うつ伏せの状態で虫のように身を捩る短子は、上に乗っている佐助を怒鳴りつける。
「離せって言ってんだろ! 邪魔すんなこの野郎!」
先ほどの人を食ったような態度はどこへやら、焦りを全面に出す短子に佐助は戸惑う。




