天狗大戦4
「大将首は儂に任せろ! お前らは雑魚どもの相手を頼む!」
その言葉と共に、太郎坊が統一郎に襲いかかる。
最も恐ろしい敵の相手は首魁が請け負ってくれたという安心感から、天狗集団は勢いを増していき、次々に隊員たちに切り掛かっていく。
激しい合戦の再開であった。
佐助は乱戦の合間に短子の姿を探すのだが、なかなか見つからない。
いや——いた!
あんなところに——と佐助は舌打ちする。
遠目にわずかに見える愛宕神社の鳥居。その上に短子は腰掛けていた。文字通り高みの見物である。
普段であればすぐに辿り着ける距離。しかし、進むこともままならないこの状況では、鳥居までの道のりが三千里あるように思える。
隊員たちの顔を見回す。
疲れた面持ちが目立つ。いかに昔と比べて衰えたとはいえ、天狗は強力なあやかし。一人相手にするだけでも、相当な体力を消費する。ましてや慣れぬ山道という不安定な足場。
——誰一人死んではならない。
統一郎の望みは、ひょっとしたら叶わないかもしれない。佐助の心に不安が生まれた時——。
「誰が雑魚だって!?」
どこか笑うような声が聞こえて振り向くと、二番隊隊長の早川陣呉が、青筋をピキピキ立てながら口角を上げていた。
「確かに局長にはかなわねーけどよ! 俺たちだって結構役に立つんだよ! 舐めてっとあっという間にお陀仏だぜ!?」
陣呉は槍の先を天狗の襟に引っかかると、服ごと敵の体を持ち上げて、グルグルと槍を回し始めた。
凄まじい回転に、天狗は吐瀉物を仲間の顔に吐き散らしながら、声にならぬ声をあげる。
吐瀉物をかけられた天狗たちの間に一瞬の隙が生まれ、隊員たちは陣呉が作り出してくれたその隙を見逃さなかった。
次々に倒れていく天狗たち。当然隊員たちにも吐瀉物もといゲロが降りかかっているわけだが、無我夢中で戦う隊員たちは、汚物ごときが体につこうが口に入ろうが気にしている余裕はない。
そんなものを気にした者から、隙をつかれて殺される。それが極限の戦場というものだ。
数多の死戦を潜り抜けた戦士たちは、ちょっとやそっとのことでは戦いを中断したりしない。たとえ一瞬でも。
太郎坊と対峙している統一郎も余裕たっぷりというわけにはいかず、部下たちを気にする暇はないようだった。
羽団扇だけは使わせまいと、統一郎は切れ間なく攻撃を繰り出している。
太郎坊はここで俺たちを皆殺しにするつもりでいる。口上を終えた以上、渾身の一撃を躊躇う必要はないだろう。
愛宕山首魁である太郎坊の渾身の天狗風は、ここにいる全員を吹き飛ばすほどの勢いのはずだ。
天狗たちは空を飛べるからいいが、飛行術を持たぬ人間が舞い上げられてしまえば最後。死屍累々の光景が目の前に広がるだろう。
統一郎に加勢したいが、自分を集中攻撃してくる天狗たちを捌くのに手一杯だ。
佐助が魔性討伐軍の二番手であることは全員知っている。一年前の戦いでその実力を痛感している天狗たちは、こぞって佐助を潰そうとしてくるのだった。
息が上がる佐助の脳裏に、ふと今朝の小春の声が蘇った。
いってらっしゃい。
すっかり耳に馴染みつつあるその言葉が、今日は特に身に沁みた。
——おかえりなさいも言わせてくださいね。
そうだ。必ず彼女に会わなければならない。
何も知らないが何かを察している彼女は、無事に俺が帰ってくることを願っている。
帰ってきた俺に、おかえりなさい、と言うのを待っている。
だから俺は、必ず無事に帰らなければならない。
彼女の顔を曇らせたくないから。
彼女に笑っていてほしいから。
「うおおおお!」
佐助は雄叫びを上げると、天狗の長い鼻を切り落とす。悲鳴を上げる敵を立て続けに数人切り伏せていく。
空中に避難しようとする天狗たちを卵井が撃ち落としていく。陣呉が長槍で引っ掛けた天狗を吹っ飛ばし、別の天狗にぶち当てる。
大木から降りてきた七男も、先輩たちに続いてこんな日のために磨き上げてきた剣術を披露していく。
最初は勢いのあった天狗たちも、このままでは押し切られると不安に思い始めた。
形勢が不利になったと見た一人が「太郎坊様!」と統一郎と刃を交えている首魁に叫ぶ。
「どうか羽団扇の許可を!」
羽団扇。それを使われては強風が止むまでの間、ろくに身動きが取れなくなる。それに地面に踏ん張っているのも結構な膂力を使い、今の疲労が蓄積した隊員には酷な戦術だった。
太郎坊も負けては元も子もないと考え「許可する!」と返そうとした時だった。
「それには及ばないよ」
そう言って地面に着地したのは、宿短子だった。




