天狗大戦3
短子は立派な木の上、生い茂った葉に身を潜めるようにして、無表情で天狗と人間の乱闘を眺めていた。
その隣にもう一人誰かがいるのを認めて、佐助が目を凝らした瞬間、遠距離ながらも短子と視線が絡み合った。
今確かに俺と目が合ったと、佐助は感じ取った。
「宿短子だ!」
佐助が叫ぶと、隊員たちの間に戸惑いが広がる。
愛宕神社はまだ先だ。
しかし、向こうからやって来てくれたのであれば話は早い。手間が省けたことを喜ぶ一方で、相手がどんな出方をするかわからず、警戒心が募っていく。
「宿短子——」
普段の甘やかな声からは想像もできない、地獄の鬼の口から這い出してくるような声が、統一郎の形の良い唇から出てくる。
実際に敵意を向けられているわけでもない佐助にも、死の気配が迫ってくるように感じられて、思わず飛び退くように統一郎から距離を取る。
あまりの殺気に、数秒前まで激しく闘っていた隊員と天狗が「止め!」の声がかかった役者のように、動きを止めて統一郎に釘付けになる。
「う、うわあああ!」
それでも勇気のある天狗が、固まった体をぎこちなく動かし、統一郎の体を槍で貫こうとする。
真っ二つに切られた天狗の体が、地面に落ちていった。
「貴様ぁ!」
仲間を殺された天狗たちが、次々に冷静さを失って統一郎に襲いかかる。
愛宕山に、天狗の血の雨が降り注いだ。
足元に数多の死体を並べ、全身を真っ赤な雨に打たれながら佇む統一郎は、妖怪じみた恐ろしさと美しさが見事に融合していた。
「次は?」
統一郎は、鋭い眼光で茂みに隠れている天狗たちを見回す。ヒッ、といううめき声が耳に入る。
隠れていた天狗たちが、一斉に空に舞い上がる。しかし攻撃することはなく、大勢の天狗は一目散に山頂へ逃げていった。
撤退することにしたのだ。統一郎に怖気づいて。
「さて——」
邪魔者が消えて、ようやく本命の獲物に取りかかれる。
統一郎が短子に狩人の視線を向けた時、ふいに台風の中にいるような暴風が佐助たちを襲った。
佐助は慌ててそばにあった木に抱きつく。あまりの風圧に瞼すらも重たい。
「うわあああ!?」
聞き覚えのある大きな声がして、佐助はハッと頭上を見上げる。
「七男!」
七男が天空をクルクルと舞っていた。必死に空中で方向転換しようとするが、まったく歯が立たない様子。無様に両手足をばたつかせている部下を助けに行ってやりたいのは山々だが、佐助自身身動きが取れない。
歯噛みしているうちに暴風が次第に落ち着いてくる。
まずい!
凄まじい速度で落下する七男を、佐助は慌てて受け止めようと構える。
しかし、転落地点から地上までの距離は相当なもので、キャッチできたとしても重傷は免れなさそうだった。
佐助も七男も、無事ではすまないだろう。
それでも猶予はないし、他に方法は見つからない。やるしかないと佐助が覚悟を決めた時。
「うわっ!? や、宿先生!?」
短子がどこぞの木の影から出てきて、落下途中の七男を捕まえた。
七男が困惑している間に、短子は別の木の枝に着地すると、七男をそこに置き去りにして自分はまたどこかへ行ってしまう。
佐助が今起こったことを飲み込んでいた時——。
「危ねえ!」
陣呉の声に、佐助は我に返る。
「ボーッとしてんな副長! 死にたいのか!」
「すまん!」
佐助に斬りかかろうとしていた天狗を、陣呉は「死ねやコラ!」と槍で貫く。
部下に守られている場合ではない。
今は目の前の戦いに集中しなくては。
佐助は自身の頬を張り飛ばして、刀を持ち直す。
そんな佐助の姿を、冷たい眼差しで見ている短子がいた。
「来てくれるとは思わなんだ。それもお前がな」
万感の思いを込めてそう言いつつ、地上へ降り立ったのは一人の天狗。
「愛宕山太郎坊……」
統一郎がその名を呼ぶと、待ち侘びていた再会を喜ぶように太郎坊が頷いた。
「お前は天下の魔性討伐軍の局長様だろう。今回も部下たちに行かせて、お前は屯所に籠るのかと思っていたぞ」
煽るように——いや、実際に煽っているのだ——顎を持ち上げて統一郎を見据える太郎坊。
一年前の次郎坊討伐の際、ちょうど次郎坊を倒した時に太郎坊が応援に駆けつけた。
時すでに遅く。あと一歩のところで間に合わなかった太郎坊は、息子の亡骸を抱きしめて喉が枯れるような絶叫を轟かせた。
討伐を証明するために、殺人鬼の死体は持ち帰ることが最上とされる。奉行所に引き渡った死体は、善良なる江戸の民を安心させるために利用される。
江戸の町の中でも最も多くの民が通る橋の下の河原——橋の上からよく見える場所に、討ち取った殺人鬼の首が晒されるのだ。
いつものように死体を回収しようとした統一郎だが、激昂した太郎坊に阻まれてしまった。
この上さらに息子に屈辱を味わせるわけにはいかないと、太郎坊は我が子の亡骸を抱えて飛行し、統一郎たちから逃げおおせた。
「一年前は次郎坊を連れて帰ることを優先させたため、お前たちを屠ることが叶わなかった——しかし今回は違う」
気づけば太郎坊の背後には、先ほど統一郎の気迫で逃げていった天狗たちが控えている。
「お前たちは今日ここで全員死ぬ。その後儂たちは町に降りて、魔性討伐軍と奉行所の連中も皆殺しにする。そうしたら再び我らの世だ。こんな山奥での生活を強いられる日々はもう終わりだ」
この世界で天狗が最も力を持ち、栄えていたのは室町時代である。
その頃の天狗は町中を自在に飛び廻り、飛行中に目に留まった若い娘を引っさらい、神をも恐れぬ傍若無人ぶりで人々から畏怖されていた。
あちこちの村で祀られ、生贄を捧げる代わりに雨を降らせたり、神通力で人を助けたりしていた。
人々から崇められ、敬われる偉大な存在だったのだ。
それが近年の人々はめっきり信仰を失い、神に縋るよりも自らを鍛える、という逞しい考えに移行していった。
天狗は数を増していく人間に押し切られるように、数を減らして力を失っていった。
「行くぞお前ら! 天狗の世を蘇らせるのだ!」
太郎坊の掛け声に、背後の天狗たちは再び士気を取り戻す。
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