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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン


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浮かない表情

 ***


 かくして短子捕縛のために、魔性討伐軍と菊男は愛宕山に向かうことになった。


 佐助は、一般人である菊男もついてくることに難色を示したが、菊男の強さを思い知らされて彼がいてくれた方がいいと考え直した。


 本人が強く同行を希望していて、放っておいたら無断で後をついてきそうだったし……。


 菊男は足手まといにならないことを示すため、拠点内にある道場で隊員たちとの試合を望んだ。


 「すぐに終わらせますから」


 その言葉通り、10人用意した試合相手は次々にやられていった。さすが有名な武闘家一門の道場主。菊男にぶつけたのは全員新米隊員だったとはいえ、あまりに実力差があったため、佐助は副長として立つ瀬がないように感じた。


 「絶対に皆さんに迷惑はかけません。……弟の罪滅ぼしをさせてください」


 土下座せんばかりの勢いで頼みこまれ、統一郎は承諾した。「わかったわかった」と言わんばかりの、それよりも早く出発したいのが丸わかりの雰囲気だった。


 屯所をガラ空きにするわけにはいかず、腕に覚えのある40名の者が愛宕山に向かい、あとは留守番ということになった。


 愛宕山行きメンバーの中には、局長の統一郎と副長の佐助は言わずもがな、一番隊隊長の強端樹と、まだ新入り隊員ではあるが他中七男も入っていた。


 ついに愛宕山の入り口へと着いた時、先頭を歩いていた統一郎が振り返り、隊員一人一人の顔を見回す。


 統一郎の目線に、唇に、全ての隊員の意識が集中する。


 こんな大事な場面でなくとも、彼が話す直前には自然と皆そうなってしまうのが常だった。


 「いいか、お前たち」


 最後に隣にいた佐助を見た後統一郎は話し出す。


 凛とした声が特別な効果を伴っているかのように、やけに明瞭に聞こえる。


 「天狗どもは十中八九俺たちを襲ってくるだろうが、万に一つの可能性で攻撃してこないこともあるかもしれない。刀に手をかけるのは、必ず攻撃の気配を察知してからだ。こちらから仕掛けてはいけない」

 「はい!!!」


 39の声が力強く響く。


 全員激しい戦いに臨む心構えは万端である。——2名の者を除いて。


 「まず私が天狗に対話を持ちかけてみる。宿短子をこちらへ引き渡してくれないかと。話し合いが難しいと判断したら私は刀を抜く。それが戦闘の合図だ」


 統一郎が刀の柄に手をかけて言う。


 「私からの指示は一つだけだ。——誰一人死んではならない。お前たちに望むのはそれだけだ」


 統一郎は、そこでふっと表情を緩めると、慈愛のこもった眼差しを一人一人に向けた。


 「皆に力を貸してほしい。私にはお前たちの力が必要なのだ。これまでもこれからも、な。ここにいる誰一人いなくなってほしくない。いつの日か訪れる殺人鬼のいない平和な"人の世"を共に迎えるために、今日も生き残るぞ!」


 統一郎が拳を天高く突き上げると、隊員たちの綺麗に揃った連帯感バッチリの雄叫びが上がる。


 何か命懸けの仕事に取りかかる直前に、統一郎が激励の言葉を終えた後に拳を天に突き上げるのは、魔性討伐軍の恒例となっていた。


 決まった流れは連帯感を高め、緊張を和らげて士気を上げる効果がある。隊員たちの強張っていた表情が程よく柔らかくなっていき、雰囲気が良くなっていくのが五感で感じ取れた。


 そんな状況だから、浮かない顔をしている者が目立った。


 「どうしたんだ」


 いよいよ隊列を組んで歩き出した時、佐助は少し後ろにいた七男に耳打ちした。


 「体調が優れないなら、申告は今のうちだぞ」

 「体調はすこぶるいいっす。ただ……」


 佐助は七男の心境を察した。


 「宿先生は何を考えてるんでしょう」


 普段の彼に似合わず、思い詰めた表情をしている。


 佐助はここ最近共に行動していたおかげで、この部下の人となりというか、性質のようなものをある程度熟知していた。


 七男は他人が好きで、疑うよりは信じたいと衒いなく言える性格だ。


 親に愛され他人に大切にされながら育ってきたことが、少し話しただけでわかる。


 七男のいるべき場所はここで合っているのか考え出しそうになって、今は雑念に気を取られているわけにいかない、と佐助は視線を前方に戻した。


 「本人に聞けばわかるさ」


 佐助は前をゆく統一郎の背中を見る。


 誰が何を言ったところで、自分の中で一度決めたことを覆さない。それが統一郎だった。


 そんなところに惚れて、信頼して、五年間をこの人に捧げてきた。


 今さら他の生き方なんて考えられない。


 何も身構える必要なんてない。これまで通りにやればいい。これまで通り、この人の指示通りに。


 そのやり方で、着実に夢に近づいてきたのだから。


 殺人鬼のいない平和な人の世。


 それを手に入れるためなら、その日を迎えられるのなら、自分の全てを投げ出したって構わない。


 五年前に、そう心に決めたのだから。


 「あんこちゃんはどこに行っちゃったんでしょうね」


 七男が半分ひとりごとのように呟く。


 今朝、あんこは朝ごはんを食べると佐助の制止も無視してすぐに家を出ていった。


 小さな足でよくそんな速度が出せるものだと呆気に取られてしまうような、全力疾走だった。


 あいつは元々野良だったんだし、フラフラとどこかに行ってしまうこともあるだろう。


 それよりも今は仕事だ。


 いつどこから天狗が現れて戦闘が始まってもいいように、佐助は神経を尖らせて山の様子を窺った。


 ***


 その頃、あんこはある家の前にいた。


 そこは野良時代のあんこが何度か世話になった家である。訪ねると家の住人が嫌な顔一つせずにいつもご飯を持ってきてくれた。


 あんこは、その家の奥さんにお腹を見せて甘えるほど、気を許していた。


 あんこが甘えると、奥さんは優しく全身を撫でてくれて、可愛いねと褒めてくれた。孤独な生活を送っていたあんこにとって、仏様のようにありがたい存在に思えた。


 『でもごめんね。うちではあなたを飼ってあげられないの』


 夫が動物を嫌うからという理由で、彼女の家で飼ってもらうことは叶わなかった。


 あんこはこの家を訪ねると必ずあたたかい気持ちになるのだが、帰る時の虚しさもひとしおで、しばしば鼻を鳴らして寝床に帰った。日によって場所が変わる寝床に。


 「あ……久しぶりね。もう来ないのかと思ってたわ。また会えて嬉しい」


 庭にやって来た白い毛玉形態のあんこを見て、奥さんは顔を綻ばせる。


 しかし、その笑みは見えない手で無理やり口角を引っ張り上げたかのようにぎこちない。


 あんこが手の甲に擦り寄って甘えると、彼女は限界を迎えたようにわっと顔を覆って泣き出した。


 どうしたどうした、とあんこが慰めるように小さな舌でペロペロと手の甲を舐めた。


 「菊男さんが。菊男さんが……」


 香澄は、今朝机にあった書き置きを発見して、ずっと気分が塞いでいたのだった。


 『魔性討伐軍と共に短子を連れ戻しに向かいます』


 強い覚悟を持って愛宕山に向かった夫を思い、香澄はさめざめと泣いた。


 どうか彼が無事であってくれますように——。


 香澄は愛宕山の方角に向かって、必死で祈った。

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