果たし状
「短子の行方がわかりました」
朝食もまだの朝早い時間に屯所にやって来た菊男は、自信に満ちた口調で言った。
「あいつはまだ江戸にいます。これを見てください」
菊男が統一郎に差し出したのは、一枚の紙切れだった。
『宿短子、愛宕神社にて我々と共に、諸君ら魔性討伐軍を待つ』
その文章の末尾に『愛宕山太郎坊(代筆) 愛宕山半助』とある。
「愛宕山に逃げたのか……天狗たちに匿ってもらっているとは」
愛宕山太郎坊は、愛宕山を住まいにしている天狗一派の長である。昔人間に酷い目に遭わされた経験から決して人里には降りてこず、同胞である天狗たちにも姿を見せることは滅多にないのだとか。
ちなみに江戸時代の愛宕山と言えば、高台からの見晴らしの良さから月見の名所だったと伝えられているが、この世界では少し事情が異なる。
「宣戦布告——ですよね」
菊男の言葉に、統一郎は顎を引く。
鎌倉時代までは天狗は必ずしも山に住まう者ではなく、普通に町中を闊歩していることもままあった。
しかしいつからか人々は、強大な力を持ち自在に空を舞う天狗を畏怖するようになり、天狗は数の多い人間たちによって山奥に押しやられることとなった。
そんな経緯がある天狗たちが、人間を嫌わないはずがない。
魔性討伐軍のことは、もはやゴキブリの如く忌み嫌っている。
実際、血の気の多い天狗に屯所を攻められたことも過去にあった。一人でやって来たのが幸いして、すぐに鎮火させられたが。
「短子を渡してほしければ、魔性討伐軍の者が愛宕神社に来い——愛宕山太郎坊はそう言っているんですよね」
「そのようですね」
「これは罠です!」
菊男が声を張り上げる。
「天狗の奴らは、この機会をいいことに討伐軍の方々を皆殺しにするつもりなんです! 皆さんは絶対に愛宕山に行ってはいけません!」
菊男は統一郎の手から紙切れをひったくると、それを手のひらの中でぐしゃぐしゃにした。
「皆さんの手を煩わせるわけにはいきません。短子は私の兄——身内の不始末は身内の者が対処するのが道理。私が愛宕山に向かいます。私が必ず短子を捕らえてこの手で引導を渡します」
肩をいからせて早口で言う菊男の剣幕に、佐助は「待ってください」とストップをかけたくなったが、統一郎が目線で佐助を制したので、黙りこむことに決めた。
「菊男さん。私もこの件で魔性討伐軍が出る必要はないと考えています。魔性討伐軍が出撃する必要があるのは殺人鬼が現れた時だけですから。その他の犯罪事件は奉行所に任せるべきと、私もそう思っているんです」
ですが、と統一郎は口元は来客用の微笑を浮かべたまま、目だけが笑っていない顔になる。
「ですが弟さんには私も言いたいことがあります。一度投獄されてしまうと、会って話すことも難しくなるでしょう。奉行所に引き渡す前に宿短子と話せれば、と思います」
一見穏やかな雰囲気だが長年誰よりも彼の近くにいた佐助には、統一郎の瞳の中で燃えている炎がハッキリと見えた。
佐助の脳裏によぎるのは、東雲家の当主を殺した晩の彼の姿である。
小春に不埒なことをしようとした男のことを、この人が簡単に許すわけがない。
奉行所に引き渡す前に殺すつもりだ。
聞きたいことを聞き終えてから、即座に殺すつもりだ。
涼しい顔をしている今も、奉行所の者に対する言い訳を考えている真っ最中かもしれない。
統一郎の刀が短子の心臓を貫く場面を想像して、佐助は歯を食いしばった。




