友と敵対するということ
「宿さんと初めて会った日、彼と少し話をしたんです」
七男の知らせを受けてあんこと共に屯所に行って、小春と短子を二人きりにしてしまった時のことだ。
あの時の自分の平和ボケっぷりを思い返して、佐助は唇を噛む。
「私は自分の非力さを嘆いていたんです。統一郎さんと佐助さんに助けてもらってばかりで、お二人に何も返せずにいる自分が情けないと、宿さんに愚痴のようなものをもらしてしまったんです。宿さんは私にこう言ってくれました」
——小春ちゃんにしかできないことだって、きっとあるよ。
私にしかできないこと。そんなことが本当にあるのか、今は全然わからないけど……。
「少しずつ力をつけていけばいい、できることから始めていけばいいよ——と宿さんはそう言ってくれたんです。大丈夫だよ、と励ますように笑いました。その言葉に私は勇気づけられたんです」
小春の脳裏には、荒れた手に油を塗ってくれた時のことも浮かんでくる。
「あの時の宿さんの優しさは嘘じゃなかったと思います。私にあんなことをしたのも、何か事情があるんだと私は考えています。だから……その……」
小春は膝の上の両手を握りしめて言う。
「次に宿さんと会った時は、戦う前にまず話を聞いてみてほしいんです」
「それは……」
約束はできない、と佐助は思った。
逃亡中の短子を見つけたら、戦闘になることは避けられないと。
向こうだって話し合う気はないだろう。庭で対峙した時、あいつは完全に俺のことを殺すつもりだった。
殺意を持って向かってくることがわかった以上、以前のように軽口を叩き合うことは不可能に思われた。
あの時間はもう失われたのだと。
佐助の芳しくない様子を見た小春の目にはたっぷりの水分がたまり、今にも雫が溢れ落ちそうになっていた。
それを見た佐助は、慌てて彼女の不安を晴らそうとする。
「大丈夫です。もう二度とあいつに遅れをとりません。次はあいつを無傷で捕まえてみせます。そうして一切合切を聞き出しますので——」
「そうじゃありません」
何が「そうじゃない」のか、佐助は怪訝に思う。
「私は、佐助さんと宿さんが戦わなければいけないのが辛いのです」
「辛い? なぜ——」
「だってお二人は友達じゃないですか」
小春の目から、涙が一滴流れた。
「佐助さん、ずっと苦しそうな顔をしています。見ている私まで苦しくなってくるくらいに」
佐助は思わず頬に手をやる。自分がどんな顔をしているのかは鏡を見ない限りわからない。
わからなくていいと思った。今の自分の顔を見るのが怖かった。
「友達に攻撃されること、ほんの数日前まで仲良く話していた相手に敵意を向けられることの辛さは、私も知っています。まあ私の場合は、私一人だけが友達だと思い込んでいたのですが……」
東雲家に引き取られてすぐの頃。東雲家の娘である珠生の態度が急変したことを思い出し、小春の胸がズキズキと痛む。まだ癒されない痛みに彼女は苦しんでいる。
その上で明るい方に目を向けようと、精一杯前向きに生きることを自分に課している。
「友達を失うことは辛いことです。とても。佐助さんに同じ思いを味わってほしくない……私はそう思ってしまうんです」
自分の言っていることは、綺麗事だと一蹴されてしまうのかもしれないと小春は薄々察していた。
世の中にはままならないこともある。素直な感情のみを優先させるわけにはいかない場面がたくさんあると、世間知らずの小春もそれくらいの事情は何となく察しているのだ。
それでも言わずにはいられなかった。
「私がこんなこと言っても、何も変わらないかもしれませんけど……」
「……そうですね」
短子の父親が殺されたことも、小春は統一郎から聞いて知っていた。十中八九短子が殺したのだということも。
事を丸くおさめるには、あまりに事態が殺伐としすぎている。
「……善処はします」
佐助は彼女を安心させるためとはいえ嘘はつきたくなかったので、曖昧な返答をするしかなかった。




