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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン


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彼の正体

 ***


 「話したいことがあるんです」


 そう言われた小春は、襖を開けて中に京士郎を招き入れた。


 「一目見て、あなたが最上の女性であることがわかりました」


 京士郎は畳の上に正座すると、小春を見つけた瞬間のことを語り出す。


 「必ず手に入れたいと思いました。あなたのことしか考えられなくなった。あなたは一瞬で私の心を奪ったんです」


 情熱的な口説き文句の数々に、耐性がない小春は茹蛸のように真っ赤になる。


 「口説かれたことがないんですか? それほど美しいのに」

 「美しいだなんてそんな……。ここ五年は不自由な身の上でしたから。家の者でない男性と二人きりで話すこと自体、これが初めてです」

 「そうですか。初心でしたか。——それはいいことを聞いた」


 京士郎がニタアッと笑うと、彼の口が耳まで裂けた。


 「処女は美味いからなあああ……!」


 京士郎の体が、メキメキと巨大化していく。座っているのに天井に頭が届きそうな身の丈へと変化する。


 顔ももはや人間のそれではなかった。耳まで裂けた口、顔の半分を占めるほどの大きな豚鼻。ギョロリとした四角い目。


 彼はあやかしだったのだ。


 「一目見てわかったよ! お前は今まで喰ってきた女たちの中でも、一番美味いだろうってなあ! 最高の"獲物"を見つけたって! 喰いたくて喰いたくてたまらなくなった!」


 理性が消えると同時に、口調も本来の荒々しいものに変わる京士郎。


 小春は咄嗟に逃げようとするが、部屋の出入り口を京士郎の巨体が塞いでいて逃げられない。


 悪あがきは何の成果も残さず、小春は巨人の両手によって持ち上げられる。頭が天井にぶつかった。


 「本当は式を挙げるまで我慢しようと思っていた。ご馳走は楽しみに取っておこうと。でももう我慢の限界だ! 今ここで喰う!」


 グワッと口を開けた時に見えたノコギリのような歯に、小春は絹を裂くような悲鳴を上げた。


 京士郎は頭からバックリいこうとするが——。


 「ぐわあああ! 熱い! なんだこれは!」


 見れば小春の頭から赤い光線が放たれており、それが京士郎の肌を焼いていた。京士郎は酷く痛がっているが、小春自身はなんともない。


 「あっ——」


 小春の体が宙に投げ出される。まずい叩きつけられる! と咄嗟に受け身を取ったが、小春の体は温かいものに包まれた。


 「怪我はありませんか」


 目を開けると、赤毛に特徴的な吊り目の青年が視界に飛び込んできた。


 その青年は小春の顔を見た瞬間、なぜかギョッと目を見開き、食い入るように小春を見つめた。


 しかし、今は雑念に気を取られている場合ではないと思ったのか、慌てて京士郎の方へと鋭い視線を向ける。


 「近頃、町内で若い女性ばかりが行方不明になっているのはお前の仕業だな」


 別の声が聞こえてきて、小春は乱入してきたもう一人の男を見た。


 そこには、まさに麗人と呼ぶに相応しい人物が在った。


 涼しげな切れ長の目元。月明かりによく映える雪のように白い肌。スッと通った鼻筋に形の良い唇。黒曜石のような瞳。


 まるで芸術品のように整った完璧な顔立ちだった。


 絹のように美しく長い黒髪を後ろで一つに束ねた男性は刀を手に持ち、悶える京士郎を睨んでいる。


 小春は、その男性に見覚えがあるような気がした。


 「佐助(さすけ)。小春さんを安全な場所に」

 「はい」


 佐助と呼ばれた男は、小春を抱き抱えたまま畳を蹴り、ひとっ飛びで庭に着地した。人間離れした跳躍力である。


 黒地に金色の『魔性討伐軍』と背中に書かれた羽織を見て、小春は助けが来たのだと理解する。


 「大丈夫です。もう何も心配いりませんよ」


 背後の小春に背を向けたまま、柔らかい声で呼びかける討伐軍の男。


 「この男は二度と悪さなどできませんから」


 そう言うと、流れるような動作で刀を一閃する。


 たちまち断末魔と血しぶきが上がる。

 化けの皮が剥がれた京士郎が倒れていく。地響きのような音が響いた。


 「失礼します」


 赤毛の男——佐助が小春の前に出て、彼女が浴びるはずだった返り血を代わりに浴びる。


 「はは。髪だけでなくて肌まで赤くなったのか、佐助」

 「そういう貴方はほとんど浴びていませんね」

 「肉を切った刹那、すぐに避けた。お前なら小春さんを血の一滴からも庇ってくれると信じていたからな」


 麗人は唖然としている小春のそばに片膝をついて、つむじのあたりを眺めやった。


 「よかった。刻印が発動してくれたみたいですね」

 「あ、その声はひょっとして——」


 小春は、ようやくこの麗人が誰であるか思い当たった。


 昨晩、橋の上で出会った不思議な雰囲気の人だ。


 頭に手を乗せて何やら呪文を唱えていた彼を思い出す。あれは何かのまじないだったのか。それが私を"殺人鬼"から守ってくれた——。


 「魔性討伐軍の人が来たということは、京士郎さんは"殺人鬼"だったんですか?」

 「ええ。ここ一ヶ月ほど、町内で若い女性が行方不明になる事件が頻発していたのはご存じですか」

 「はい」

 「その犯人が仲馬京士郎さんに擬態していたあやかしであることを突き止めたんです。討伐令が出されたので屋敷を奇襲してみたら、貴女が捕食されるところに出くわした、というわけです」


 美しい彼は『殺人鬼討伐要請』と書かれた紙切れを懐から取り出すと、小春に見せた。


 そこには仲馬家長男に成り代わっている"殺人鬼"を討伐せよという旨、討伐対象のこれまでの罪状が記されていた。


 「先日山で見つかった死体が仲馬京士郎さんであることが判明いたしまして。変化能力を持つあやかしが京士郎さんのふりをして生活しているのだと気づき調べてみましたところ、埃が次々に出てきました」


 罪状欄を見る限り、このあやかしは過去50人以上女性を攫って喰い殺している。小春は体が冷たくなるのを感じた。


 「あなたたちが来てくれなかったら、どうなっていたか……本当にありがとうございました。佐助様。と——」

 「私は鬼頭統一郎(きととういちろう)と申します」

 「鬼頭様。助けてくださり本当にありがとうございます」

 「善良な民を危険なあやかしから守ることが私たちの仕事。お礼を言われるようなことではありません。……それよりも」


 小春の目を覗き込む統一郎。


 「また会いましたね、小春さん」

 「あ……覚えてたんですね。あの、どうして私の名前を?」

 「偽仲馬家長男が一週間後に花嫁を迎えるという話を小耳に挟んでおりましたので。貴女の顔も名前も部下の報告で知っておりました」


 ——明日になれば貴女を取り巻く状況が変わっていることでしょう。


 あれは、明日になれば花婿は消えているから大丈夫だという意味だったんだ。


 「婚姻の日はまだのはずですが、何故小春さんは仲馬家に?」

 「あ……それは——」


 小春は、半ば強引にこの屋敷に連れてこられた経緯を語った。


 珠生から暴行を受けている場面を見られたこと。それを見た京士郎(偽)が保護の目的で自身の屋敷に連れてきたこと。


 「私を気の毒に思ってくれたのかと思ったんです。多少の強引さに戸惑いはしたものの、親身になって心配してくださったことは本当に嬉しかった……なのにその心遣いが愛情からではなくて、食欲のためだったなんて……」


 小春はこの五年間というもの、誰かに優しくされたことがほとんどなかった。


 だから好意こそ抱く段階ではなかったものの、京士郎の優しさは心に沁みていたのに——。


 「あの家に帰りたくない……」


 気づいた時には、そう口に出していた。

 その瞬間にハッと我に返り、慌てて続ける。


 「すみません。なんでもないです。さっきの言葉は聞かなかったことに……」

 「わかりました」

 「え?」

 「すべて私に任せてください」


 まずは一応怪我がないか診てもらいましょう、と統一郎は立ち上がる。


 「佐助。私は用事を済ませてくるから、お前が小春さんのそばについていろ」

 「承知しました」


 では参りましょう、と佐助に手を引かれて、小春は呼んでおいた籠に乗せられる。


 いつの間にか、仲馬家の周りを魔性討伐軍の隊員たちが取り囲んでいた。


 「"殺人鬼"は討伐した。中に局長がいるから行ってこい」


 佐助が隊員の一人にそう言うと「はいっ!」と彼は返事して、それからほとんどの隊員が屋敷に入っていった。彼らはこれから京士郎の死体の後始末をする。


 佐助の他に二人の隊員が籠を担ぐため残った。

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