伝えておきたいこと
「ワフッ!」
ポテポテと足音を鳴らして、白い毛玉が奥から出てくる。
あんこは佐助に突進すると、ポスポスと前足を佐助の脛に押し当てる。
気配から動揺が伝わってきた。あんこは庭で佐助と短子が睨み合っている間、ずっと寝こけていた。野生動物にあるまじき気の緩みっぷりである。
ウチが眠ってる間に何があったんだ! 教えろ教えろ教えろ!!
そんな心の声が聞こえてくるような犬パンチの連続だった。
佐助は「わかったわかった」というように頷くと、あんこを抱き上げた。
「もう遅いでしょう。そろそろ寝た方がいいのではないかと」
小春はすでに寝支度を整えていた。佐助が帰ってくるのを待っていたのだ。せめて顔を合わせてお礼を言わないと気が済まなかったから。
そろそろ寝た方がよろしいですよ、と統一郎は言ったが、小春は「佐助さんが帰ってきたら」と譲らなかった。
「はい。ではお先にお休みしますね。今日は本当にありがとうございました」
***
佐助があんこを連れて自室に入ると、あんこは「ああやっと喋れる!」と大きく息を吐き出してみせた。
「聞きたいことが山ほどあるよ。何があったんだか知りたくても、小春の前では喋れないからうずうずしてたんだ」
佐助と統一郎が宿家に行っていた間、樹が屋敷にいたのだが、小春の面前で質問責めにするわけにもいかず、あんこはキリキリと歯を鳴らすばかりだった。
「ねえ何があったの! あのおっさんが短子がどうとか言ってたのを聞いたけど、短子が小春に何かしたの? 何をしたの? 小春はなんで口の中を怪我したの? なんでお前はそんなに怖い顔してるの?」
「いっぺんに質問するな。ちゃんと説明してやるから」
佐助は、短子が小春を襲ったこと、現在実父を殺した容疑者として名が上がっていること、犯行現場に短子の物と思しき怪しげな薬があったこと——などなど、一切の事情を打ち明けた。
「ウチがかけられた薬を? 短子が持ってた? あいつも誰かから買ったってこと?」
「その可能性がある」
短子が売人でなかったとする。誰かから買い取った可能性を考える。
そうだったとしても、短子の潔白を証明する決め手にはならない。薬の効能を知って買い取ったのなら、それをいずれ使おうと考えていたことに他ならない。
薬を振りかけられた者は、発見した悪事を誰にも話せなくなる——後ろめたいことをする者しか使わないだろう道具を、短子は求めていたことになるのだから。
それこそ、実父を殺害した際に使う予定でいたのでは……薬が発見されたのは父親の部屋——犯行現場だった。
「父親を殺すなんて、そんなおっそろしいことを……」
あんこの化けの皮が剥がれる。白い子犬から茶色い子狸へ。そこだけ黒い前足を口元に当てて、プルプル震え出す。
「てか、小春にそんなことしようとしたの!?」
怒った勢いで、また化けることができた。ふわふわの白い毛を逆立てて、実に小さく可愛らしい牙を精一杯剥き出しにしてみせる。
その怒りようから、小春にはわからなかった事の重大さがあんこにはわかっているのだと、佐助は察し得た。
「やけに小春のことを聞きたがるなと思ったら、そういうことだったのか」
「なんだ? 予兆があったのか」
佐助が食いつくと、あんこは気まずそうに目を逸らした。
「前にあいつの家でご馳走してもらった時に、小春のことで色々聞かれたんだよ。小春は昼間は家に一人でいるのかとか、訪ねてくるような友達はいないのか、とか——」
今となれば侵入の下調べとしか思えない質問の数々に、佐助は眉間に縦皺を刻んだ。
「良いやつかと思ってたのに……団子とか大福くれたし」
あんこは、お菓子をくれる人間の全てが善人ではないと学んだようだ。
「すみません、佐助さん。今ちょっとよろしいですか」
ふいに廊下から小春の声が聞こえてきて、あんこは格子窓の隙間から器用に体を捻って庭に降りていった。
佐助が襖を開けると、不思議そうな顔をした小春がそこにいた。
「今誰かと話していませんでした?」
「俺のひとりごとです。——何か困りごとでしょうか」
「佐助さんに伝えたいことがあって。お部屋に入っても良いでしょうか」
夜遅く。自室に二人きり。そのワードに佐助の胸は一瞬ざわめいたが、何も後ろめたいことなどないではないか、と思い「どうぞお入りください」と小春を部屋に受け入れた。
「お伝えしたいことというのは宿さんのことです」
小春は出された座布団の上に正座すると、意を決したように言う。




