信じたくないっす
「まさかこんなに早く見つかるとはね……」
強端樹は、粉末状の薬が入った小瓶を指で挟むように持つと、月明かりに照らす。
医局で専属医師に調べてもらったところ、探し求めていた薬で間違いないという見立てが出た。
「ま、まだ宿先生が売人だって決まったわけじゃないっすよ!」
七男が気落ちした心を必死に持ち直そうとするように言う。
樹は「そりゃそうだ」と顎を引く。
「誰かに売りつけられて持ってただけかもしれない。でもなぁ……」
樹は眉間に縦皺を刻み、佐助の方を見る。
「だからって宿短子が悪人であることに変わりはないと思うぞ。あの男はお嬢さんに乱暴しようとしたんだ。なあ佐助。本人が確かにそう認めたんだよな?」
「……ああ。あいつは、小春を襲うつもりだったとハッキリ言っていた」
——俺は彼女の体を奪うつもりだった。残念だったな、あと少しだったのに。
あと少し発見するのが遅れていたら。小春の体は暴かれて、貞操は踏み躙られて、心には生涯消えることのない傷をつけられるところだった。
考えるだけで恐ろしい。短子の顔を思い出すだけで、はらわたが煮えくり返りそうだ。
なのに——どこか体の芯が冷えたように、激情に素直に身を委ねることができない。
燃えるような怒りと同時に、冷たい悲しみが胸を満たしている。
一つの感情に支配されるのも相当なエネルギーを使うのに、二つの感情が複雑にもつれあっているのだから、佐助の心的疲労はかなりのものだった。この苦しみの逃げ場所を探すも格好の落としどころは見つからず、佐助は途方に暮れていた。
「信じたくないっす」
最年少であり、まだこの仕事に足を踏み入れたばかりの七男が、素直な自分の気持ちを何の抵抗もなしに口にした。
「宿先生は色々と問題のある人ではあります。でも本当に悪い人のようには思えない。何か事情があるんだと、そう信じたいっす……」
状況がいかに短子の罪を示していても、七男は自分の直感を、短いながらも短子と交流した楽しき時間を、手放すことができなかった。
小春を襲おうとしたことには事情がある。父親を殺したことも、まず犯罪にしか使わないだろうという薬を持っていたことさえ。
樹はどこか羨ましそうに七男を見ると、その肩をポンと叩いた。
「それをハッキリさせるためにも、早く宿短子が見つかるといいな」
その言葉に、佐助も深く頷いたのだった。
***
「ただいま帰りました」
「……おかえりなさい。佐助さん」
一連の報告を終えた佐助は、統一郎の屋敷に帰った。
佐助が帰ってきたのを認めて、統一郎は屯所に戻っていく。拠点内は基本的に安全とは言え、しばらくは小春を家に一人にさせない取り決めが交わされた。
「大丈夫ですか、お体の方は——」
小春が佐助の手を見て、眉を下げる。
「俺は大丈夫です。人より頑丈なので。この通り不自由なく動かせます」
佐助は指の一本一本をバラバラに動かしてみせ、小春を安心させた。
「俺のことはどうでもいいんです。貴女は——」
容体を尋ねそうになって、急いで口をつぐむ。
言いたくないだろう。思い出したくないだろう。故に説明を求めるべきではなかった。
佐助は自身の軽率さを恥じた。
「大丈夫です。私はへっちゃらです! なのでそんな苦しそうな顔はやめてください!」
小春は大丈夫であることを示すように拳を胸の前で握ると、それを数回振ってみせた。
小春も一応医局で診てもらったのだが、どこにも怪我はなく(口内を除けば)、佐助が目にした以上のことはされていないと証明された。
「佐助さんが来てくれたおかげです」
小春は感謝の念を抱き締めるように、胸の前で両手を組んでみせた。
「佐助さんはいつも私を守ってくれますね」
照れくさそうにはにかんだ彼女を見て、佐助はやめてくれ、と思った。俺は満足に貴女を守れたことなど一度もないのだから。
今回だってあと少し発見するのが遅ければ、取り返しのつかないことになっていた。小春はその事態を想像することもできない。自分がどれほど紙一重の状況だったか理解できていないのは幸いだった。
「それが俺の役目ですから。感謝する必要はありません」
「佐助さんならそう言うと思ってました」
距離を感じさせる慇懃な口ぶりに、小春は寂しそうに目を伏せた。
「でも佐助さんがそう言おうとも、私は佐助さんに感謝し続けます。感謝するだけじゃなくて、恩返しがしたいと思ってしまいます」
「恩返し?」
「はい。私もあなたの力になりたい。一方的に尽くされるだけじゃなくて、私も私にできることをせめて佐助さんにしてあげたいんです」
「これは統一郎さんに対しても思っているんですけどね」と小春は言う。
「ちょっとずつでも力をつけていくつもりですから、待っていてくださいね!」
自分を襲った恐ろしい出来事などなかったかのように天真爛漫に笑う小春から、佐助は目を逸らしたかった。
あまりに彼女が眩しすぎたのだ。




