怪しい動き
「副長。あれ、宿先生じゃないっすか?」
七男が発した言葉に、佐助は七男の視線の先を見る。
佐助は七男を連れて、市中見回りの最中だった。
ちなみに今日はあんこはいない。アニマルセラピーを求めている隊員たちの餌食にされて、現在は屯所で大勢の隊員たちに撫でられまくっている。
「残念ながらそうらしい。別の道から行くぞ」
当然のように短子を避けようとする佐助だった。速攻で踵を返す。
「なんか、様子変じゃないっすか?」
七男が怪訝な顔で言ったので、佐助も振り返って短子の挙動を遠目で観察してみる。
短子はある屋敷の門の周りをウロチョロしていた。その屋敷は相当大きくて門構えから立派で、家主の権力と財力が窺い知れた。
短子は時折屋敷の中の様子を確かめるように、チラチラと視線を向けている。家の主に自分の姿が見えないように工夫している、コソコソした動きだった。
やがて短子は、逡巡しつつも門を潜っていく。
腰をかがめて、足音を忍ばせて。あまりにもやましさ全開だ。
「七男。先に行っていろ」
「了解っす」
見回りを七男に任せて、佐助は短子を追いかけることにした。
あいつチャラついた奴だとは思ってたが、まさか盗みに手を染めてるんじゃないだろうな。
佐助は祈るような思いで表札を見上げて、ホッとする。
表札には『宿』と記されていた。
なんだ、ただ実家に帰っただけか。
短子が見知らぬ人の家に泥棒に入ったわけではないことが確定して、佐助は胸を撫で下ろした。
しかし、すぐに新たな疑問が生まれてくる。
あいつ、実家からは勘当されてるんじゃなかったか?
本人がそう話していた。短子の実家は武術を教えていて、この辺では人気の道場だ。
色々あって実家を勘当されて、以来実家には顔を出していない——短子は佐助以外にもそうベラベラ話していた。
門を潜った時のコソコソした様子には合点がいったが、あいつは今さら実家になんの用があるのだろう。
もしかして本当に泥棒かもしれない、と佐助にまたしても疑いの気持ちが生まれる。
佐助は少し迷った末に、宿家の本家の門を潜った。
巨体を縮こませながら庭をゆっくり進んでいく。一応気配を消す訓練はそれなりに積んできたけれど、バレたらなんと誤魔化そう——と考えながら。
「おじちゃん!」
子どもの甲高い声が聞こえてきて、佐助はギクリとする。
待て、俺はまだおじちゃんと呼ばれるような年じゃないぞ。
佐助がそう思った時——。
「おじちゃんじゃなくて、お兄ちゃんって呼べっていつも言ってるだろ? 俺まだ20歳なんだけど!?」
うりゃうりゃ〜! という声の後に、きゃーっと女児の笑い声が上がる。
佐助が声のした方を覗き見ると、そこには信じられない光景があった。
短子が三人の幼児たちにまとわりつかれて、大口開けて笑っている。
三人の子たちは、いずれも七歳未満の幼い子どもたちに見える。全員女児だ。
佐助は知る由もないが、その三人の女児たちははな、なつ、つばめという名を持っていた。三姉妹で上からはな6歳、なつ5歳、つばめ4歳だ。
縁側には、幼き三姉妹と短子が仲睦まじく戯れている風景を微笑みながら見ている婦人がいる。
その婦人の腕には、赤子が抱かれていた。赤子は母親に抱かれて気持ち良さげに眠っている。
あの人は……?
佐助が婦人の顔をよく見ようと目を凝らした時——。
「ん?」
短子が怪訝な顔をして、視線をキョロキョロ動かす。
「どうしたの?」
婦人が尋ねる。
「なーんか人の気配がしたような……」
まずい!
短子が佐助の隠れている茂みへと近づいていく。
「あれ? 特になんもない」
「確かに生き物の気配がしたんだけどなー」と狐につままれたような顔をする短子。
「野良犬じゃない? 最近よく来るの」
婦人が言う。
「野良犬? 大丈夫なの、それ。危なくない?」
「大人しいから平気よ。それにすっごく体が小さいの。よく野生で生きていけるわってくらい」
「ねえねえ早く〜」
遊びを中断された三人娘が、唇を尖らせる。
短子は謎の気配のことはすっかり忘れて、つばめに高い高いをしてやった。
「あ、ズルい! はなもはなも!」
なつも両手を広げて催促してくる。
「モテモテで困っちゃうな。順番にやってやるから待ってな」
短子の屈託のない笑顔を、美しい婦人はにこやかに眺める。
「ねえねえ、おじちゃん」
「お兄ちゃんな。どうした、なつ?」
「私、おじちゃんと一緒に暮らしたい」
短子の口角が持ち上がった状態のまま固まる。香澄も同じ表情になった。
「なんでコソコソ来なくちゃいけないの? なんでお父さんにバレちゃいけないの?」
「なつ。短子さん困ってるでしょう」
母親にそう言われると、なつは口をつぐんだ。
しょぼくれたなつの脇の下に手を入れると、短子は自身の頭上まで彼女を持ち上げた。なつお気に入りの『超高い高い』だ。これをすれば大抵機嫌を直してくれる。
キャッキャッと歓声を上げる姉を前に、香澄の腕の中の赤ん坊が一瞬笑ったかのように思えた。




