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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン


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31/33

力がほしい

 短子があんこを連れて屋敷を訪れたのは、朝飯を食べ終えた頃のことだった。


 「あんこ!」

 「こは——んんっ! クーン!」


 危うく名前を呼びそうになったあんこが、思いっきり小春に抱きつく。


 小さい体なので、華奢な小春でも楽々キャッチできる。ちなみに現在は白いポメラニアンの姿に化けていた。


 「お前、どうやってここまで来た」


 佐助がジロリと短子を睨む。


 「入り口のところで七男に会ってさ。佐助のとこに行きたいって言ったら、奥にある屋敷にいるはずっす! って言うから来た」

 「誰も隊員を連れていないのはそのせいか……」


 普通、客人は隊員が案内するのが通例だ。侵入者かもしれないし。


 七男は新人なので、その辺がちょっと甘いのだ。あとで注意しなければならない。


 「お、その可愛い子が小春ちゃん? はじめましてー。俺は絵師の宿短子って言いますー」


 短子が挨拶すると、小春も挨拶を返す。


 「あなたが宿さん……」

 「お、俺のこと知ってんの? 嬉しいね」

 「昨晩、佐助さんから聞いたんです」

 「え〜? 佐助、変なこと小春ちゃんに教えてないよな?」

 「変な奴なんだから、変な説明になるのは仕方ないだろ」

 「うわ腹立つ」

 「それでお前、あの後どうしてたんだ」


 佐助は、小春の腕に抱かれているあんこに目をやる。


 あんこはあんこで「そいつに聞きな。ウチは小春の前では話しやしないよ」と言うように顎で短子を指す。


 「俺の家でご馳走食べさせてたら、お腹いっぱいになって眠っちゃってさ。いっぱい遊んで仲良くなったんだよ。なーあんこ?」


 短子が頭を撫でると、白い毛玉は「ワフッ!」とさも犬らしく返事する。


 「口笛を吹くと、遠くからでもすぐに駆けつけてくれるようになってさ。もう可愛いのなんの」


 短子がさっそく口笛を吹く。


 やけに高くてよく響く、離れたところにある屯所にまで届きそうな上手な口笛だった。


 すると、あんこは「ワンッ!」と鳴いて舌を出した。


 「いよいよ狸らしさの欠片もなくなってきたな……」

 「それ俺も思った。え、あんこって自認犬?」


 短子が首を傾げると、あんこは「ウチは正真正銘狸だよっ!」と反論するようにギャンギャン鳴いた。


 短子は「ごめんねー」と言って、宥めるようにあんこを撫でた後、小春に話しかけた。


 「小春ちゃん、こいつと一緒に暮らしてるんでしょ? 嫌なこと言われたりされたりしてない? 大丈夫?」

 「おい」

 「大丈夫です! 佐助さんはとても優しいです! 昨日だって一緒に寝てくれました!」

 「ぶっっっ!!!」


 佐助が勢いよく吹き出す。


 短子は「え……寝たって……え?」と目を白黒させている。


 あんこは「ずるいぞ!」と言いたげに、佐助にポカポカと犬パンチを喰らわせている。


 「え、何? 二人ってそういう関係? 行くとこまで行っちゃった関係?」

 「断じて!! 違う!!」

 「うわ声デカ」

 「そういう関係、とは?」


 佐助が顔を赤らめて必死に否定しているのを見て、小春は不安になってくる。


 「お前ちょっと来い」


 佐助が短子の袖を掴んで、庭の隅の方に連れていく。


 「彼女はそういうことを知らないんだ。彼女の前ではぜっっったいに下世話な話はするなよ」

 「マジ? 箱入り娘だったんだ」

 「……まあ、ある意味」


 大事にされてはいなかったけどな。


 「昨晩は彼女が心細いというから、同じ部屋で寝ただけだ。ただそれだけのことなんだから、いらない勘ぐりはやめろ」

 「ほ〜ん。へえ〜?」

 「なんだニヤニヤして。気色悪い」

 「別に〜? 佐助くん、昨日は眠れなかったんだなーって思って」


 トントン、と自分の目の下を叩いて、含み笑いをする短子。


 目の下に隈ができていることはわかっている。佐助は渋い顔になった。


 「佐助は純な男だからな〜。同じ部屋で女子と寝るのは刺激が強すぎるよね。それともあの子が特別なのか」

 「それ以上喋ったら殺す」

 「やだ〜。こわ〜い」


 短子がキャッキャッとふざけながら逃げる。


 「あのっ」


 小春が短子に声をかける。


 「お茶くらいなら私でも出せます。少し飲んでいきませんか?」


 ***


 お茶の淹れ方は、子どもの頃侍女に教えてもらった。


 短子を誘ったものの、統一郎の屋敷に勝手に客人を上げていいのか、と思い当たった小春は佐助の意見を仰いだ。


 佐助はこう言った。


 「縁側に上げるくらいなら大丈夫だと思います」


 かくして、日の当たる縁側に全員が集うことになった。


 小春の膝では、白い毛玉に化けたあんこが丸まっている。


 「短子さんは絵を描かれるんですよね」

 「うん。それなりに人気だよ〜。なんならここで一筆描いてあげようか」

 「いいんですか? 是非お願いします! 今紙と筆を持ってきますから」


 小春が奥に行ったのを見て、短子が小声で佐助に尋ねる。


 「あの子、永爽家の生き残りなんだってね。家族がやろうとしてたこと、あの子は知ってるの?」

 「なぜお前が永爽家の企みを知っている。公に発表はしていないはずだぞ」

 「職業上顔が広くてさ。あやかし界隈の噂とかも耳に入るんだ。——で、どうなわけ」

 「……知らない。教えるつもりもない」

 「ま、その方がいいよね。にしてもお前の上司も奇特な人だよな〜」


 短子は、うーんと伸びをして青天を仰ぐ。


 「見知らぬ他人を引き取って世話しようなんてさ」


 統一郎がどういう目論見で小春を引き取ったのかは、本人と佐助しか知らない。


 「一目惚れしちゃったのかな? 小春ちゃん、可愛いもんね〜。あ、でも……そうか」


 短子が「そういえば」と思い出す。


 「お前もそうだったな。局長に拾われて、それからずーっと一緒に暮らしてるんだから」


 統一郎には人を拾って世話する癖があるのか? と短子は思った。


 その時、小春が紙と筆を持って戻ってきた。


 「どんなのがいい? なんでも描いちゃうよ〜」

 「えっとそれなら……あんこを描いてくれませんか」

 「ほい。さらさら〜っと」


 筆を瞬く間に動かして、あっという間に丸まっているあんこを描き上げてしまった短子。


 「どんなもんだい」

 「わあっ……すごいです! すごく可愛い……」


 佐助とあんこも覗き込んでみる。


 短時間で描き上げたとは思えないほど、それはよく描けていた。


 あんこは「本物(ウチ)の方が可愛いし」とでも言うように、小春の膝にぐいぐい柔らかい頭を押し付けている。


 「大切にしますね」


 小春は胸に絵を抱いて、微笑んだ。


 そんなに喜んでもらえるなら、絵師冥利に尽きるってものだ。短子は満足げに頷いた。


 「副長〜!」


 その時、七男の声が庭に響いた。


 佐助が玄関の前に行くと、七男が困り顔で立っていた。


 「どうしたんだ」

 「副長! おはようございます! 局長が副長を呼べって言っているようで——」


 何やら伝えたいことがあるらしい。


 佐助は厄介ごとの気配を察した。


 七男の困り顔を見るに、面倒な仕事が舞い込んできたのか。


 「わかった。すぐに行く」

 「お願いします! じゃあ俺は先に戻るっす!」


 佐助は小春たちのもとへ戻り、これからすぐに屯所の方へ行くと告げた。


 「お前も来い、あんこ」


 あんこは名残惜しそうに小春を見ていたが、渋々佐助の肩に飛び乗った。


 「いってらっしゃい、佐助さん」

 「はい。いってきます。——おい。お前も早く帰るんだぞ」

 「へいへい。わかりましたよっと」


 佐助を見送った後、短子は「じゃあそろそろ帰っかな〜」と伸びをしたが——。


 「宿さんは佐助さんとは長い付き合いなんですか?」


 小春が質問してきたので、短子はそれに答えた。


 「二年くらいの付き合いになるから、まあ長いっちゃ長いか。どうしたの? 佐助のこと気になっちゃう?」

 「いえ……佐助さん、あまり自分のことを話したがらないので。だから、あんな表情もできるんだなって、ちょっと驚いただけです」


 短子を相手にしている時の呆れたような、でもどこかリラックスしているような表情。


 それは小春には一度も見せたことのない顔だった。


 「小春ちゃんは、佐助のことどう思ってんの?」

 「そうですね……私は佐助さんに憧れているんです。羨ましいとも言い換えられますね」

 「羨ましい?」

 「はい。佐助さんってすごく立派な体格をしていますし、魔性討伐軍の副長なんですから、きっと強いんでしょう?」

 「そうだね。めちゃくちゃ強いと思うよ。戦ってるとこ見たことないけど」

 「佐助さんくらい強くて逞しい体があれば、どこへでも行けるんでしょうね……」


 佐助のガッシリした体格を思い浮かべて、小春はため息を吐く。


 「小春ちゃんは非力な自分が嫌なんだね」


 短子が自分の劣等感をズバリ言い当てたので、小春は驚いた。


 「は、はい。そうなんです。私、本当に弱くて……何もなくて」

 「まあ、佐助みたいな強さは手に入んないだろうけどさ」


 短子は目を伏せてしまった小春を見て、子どもに言い聞かせるような優しい口調で言った。


 「でも小春ちゃんにしかできないことだって、きっとあるよ」

 「私にしかできないこと……?」

 「そ。佐助になくて小春ちゃんにあるものだってあるはずだよ。てかあいつ、ダメなとこめちゃくちゃあるし。小春ちゃんが思うほど良いもんじゃないよ」

 「そんなことは……」

 「今は役に立てないって思うことの方が多くてもさ、時間が経てばわかんないよ」


 現在、小春の中には地獄の五年間が重たくのしかかっている。


 罵倒され蔑まれた日々の中で、自分は何もできない穀潰しだという印象を強く植え付けられてしまった。


 「大丈夫だよ」


 短子が小春に向けて、ニカッと笑う。


 「少しずつ力をつけていけばいいよ。できることから始めていけばさ。そしたら、そのうち『何もない』なんて言えないほど強くなってるよ」

 「少しずつ……そうですね」


 小春は胸のつかえが取れたようで、晴れやかな表情に変わった。


 「あ、でも佐助みたいにムキムキにはならないでほしいな。可愛くないから」

 「そうでしょうか。必要とあらば私はムキムキにもなりたいです!」

 「え〜やめてよ〜」


 顔を見合わせて、笑い合う二人。


 「宿さん」

 「ん?」

 「……ありがとうございます」

 「俺は何もしてないよ〜」


 佐助に短子みたいな知人がいて良かったと小春は思った。

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