魔性討伐軍の嫌な仕事
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強端樹は、魔性討伐軍の最年長で一番隊の隊長である。
発足当時からの初期隊員で隊員たちからの信頼も厚い。統一郎からも頼りにされていて、屋敷に出入りすることを許されている数少ない隊員の一人だ。
ちなみに一番隊隊長は、副長の佐助の次に重要な役職である。
彼は今薄暗い部屋の中で、猿轡をつけた男と対峙している。
「さて、と。いやーな仕事の始まりだ。これに比べれば殺人鬼討伐の方がまだ楽な仕事だね」
肩を鳴らしながら入室する樹。
部下に「お疲れー。あとは俺が引き継ぐよ」と労いの笑みを向ける。
「いやー頑張るねえ。こんなに我慢強い奴は初めてかも」
猿轡をつけて、両手足を拘束された状態で椅子に座らされている男。その10本の指を見て、樹は拍手する。
手の爪がすべて剥がされていた。
「息しづらいでしょ。ちょっと休憩しようか」
樹は猿轡を外してあげる。
騒いでも無駄とわかっているのか、男は黙り込んでいる。
「どうして俺らの拠点を襲撃したんだ?」
「どうして、だと……?」
ハハッ、と乾いた笑いをこぼす男。
その頭からは、一本角が生えている。
「自分たちがどれほど恨まれているのか、知らないとでも言うつもりか」
「……ああ。そういう」
自分たちが一部のあやかしの恨みを買っていることは、百も承知だった。
殺人鬼にも家族がいる。許されない罪を犯し処刑された殺人鬼も、誰かにとっては愛しい存在だ。
江戸の人間たちにとって英雄である魔性討伐軍も、殺人鬼にとっては忌々しい外敵でしかない。
「じゃあ、あれか? お前は殺人鬼の遺族か? それで憎しみ募らせてうちを攻撃したと?」
「ああ、そうだよ」
「ふーん。殺人鬼じゃないなら、うちとしてはどうにもできないなあ。討伐命令がお上から出ない限りは殺生禁止ってなってるしさ。世知辛いね」
樹は諦めモードを纏い、この後の流れを想像してみる。
殺人鬼じゃないなら殺すことはできない。この鬼は説教した後に帰すことになるだろう。
あー面倒くさいなあ。
「ま、しょうがないね。そういう決まりだからさ」
ニッコリと満面の笑みを浮かべると、樹は拳を思いっきり鬼の腹に埋める。
「ガハッ……! 何を……」
もうすぐ解放されると気が緩んでいた鬼は、目を白黒させる。
大嫌いな隊員の手前意地を張っていたが、爪を剥がされた10本の指が耐え難い激痛を訴えていたのだ。
「殺人鬼じゃないと、何されても殺しちゃいけないのがお上からの命令なんだよね。だからこれまでにもお前みたいなのがうちを襲撃してきたことが、まあ何回かあったわけ」
「ここ二年くらいはとんとなかったんだけどね〜」と呑気な声で言う樹。
「殺人鬼じゃない以上殺せない。殺したくもない。でも、だからってこんなことがホイホイあったらうちも困るのよ。だから、たっぷり"説教"して、お前さんたちに納得してもらった後帰らせる慣習になってるんだ」
樹は腰に差していた刀を抜き、これみよがしに鬼の前で振る。
着物の前をはだけさせ、あらわになった腹に切先をズブリと挿れる。
「うあああああ……!」
「ごめんな。痛いよな」
気遣わしげな声色とは裏腹に、切先は皮膚を突き破り、より深く中に入っていく。
中に入ったそれを、樹は"の"の字を描くように動かす。ゆっくりねっとり弄ぶように蠢く刃先に、鬼は涙をこぼした。
「これも俺らの大事な仕事だからさ。どんなに気が進まなくても、励まなきゃいけないよね」
「殺してやる……! どんなことをされても絶対に俺の心は折れないぞ!」
「これは長くなりそうだな。ああ、嫌だ嫌だ」
ここは拷問部屋だ。歯向かってきたあやかしを拷問や仕置きにかける暗い場所。
小春の手前、さっきは"あの部屋"などとぼかした言い方をしたが。
あんな心臓の弱そうなお嬢さんに、血生臭い話を聞かせるもんじゃないしね——樹はそんなことを思う。
久しぶりの仕置きは、長期戦になりそうな気配だ。
もう若くはない樹は「キッツイなあ……」と思うものの、部下にこんなキツイ仕事を投げるのは居た堪れない。
仕方ない。今夜はこいつと二人で頑張るしかないか。
樹は内心の落胆を悟られまいと、薄ら笑いを浮かべて虚勢を張る。
「今夜は一緒に過ごすことになりそうだな?」




